第96話 ではしばしご歓談ください(まだ和やか)
野菜と肉が彩り良く連なるバーベキュー串が、炭焼きコンロの上でジュウジュウと余計な水分や脂を焼かれて仕上がっていく。
炭と肉がコラボした匂いだけでもたまらないのに、そこに調理用ハケでバーベキューソース塗って焦がすと、誰もが喉をゴクリと鳴らさざるを得ない。
一日中遊びまくって腹ぺこな高校生の胃袋にはクリティカルもいいとこだった。
「うめえ……! マジで美味いなこれ!」
「おいしいいいい! こんなのもう止まんないって!」
「毎度毎度出所不明の特技を持ってますね新浜君は……もぐもぐもぐ」
「おいおい、喉詰まらせないようにゆっくり食えよお前ら」
バーベキュー串を夢中で貪る級友たちに、俺は苦笑しながら注意した。
今日は頭空っぽの子どもでいようと決めた俺だが、こうして年若いこいつらが心から美味そうに食っている様を見ると、大人のサガとしてつい嬉しくなってしまう。
「ふう、紫条院さん味はどう――」
「あ……」
最も反応が気になる少女へ視線をやると、白いブラウスに着替えた天使(ソースが飛ばないかちょっと心配である)は今まさに串の両端をつまんで真ん中からかぶりついているところだった。
その夢中で味わっている事を如実に示す微笑ましい食べ方に俺は頬を緩ませたが、紫条院さんの顔はみるみる内に紅潮していった。
「あ、う……は、はしたない食べ方をしているところを見られてしまいました……あんまり美味しくてつい……」
と言いつつも、紫条院さんは手で口元を隠しつつモグモグと肉を頬張っていた。
いかに上品な教育を受けてきた令嬢と言えど、やはり空腹と美味のダブルパンチには食欲を抑えきれないらしい。
「はは、気に入ってくれたみたいで良かったよ。なんか皆が任せてくれたから俺が焼いちゃったけど、これでマズかったら総スカンだったろうしな」
「いえ、マズいどころか凄く上手ですよ! しっかり焼けているのにお肉も野菜もパサパサになっていなくてとってもジューシーです! 新浜君ってバーベキューの達人だったんですか!?」
「はは……まあ、ちょっとね……」
まさか社畜時代にひたすらオッサン達の肉焼き係をやっていた成果とは言えず、俺は複雑な気分で言葉を濁した。
本当にあの頃は上司達を奴隷主人みたいに怖れていたからな……野菜にオリーブオイルを塗って焼きすぎを防ぐとか、火を熾す時に強火ゾーンや弱火ゾーンを作っておくとか、ちょっとでも不興を買わないように色々勉強したもんだ。
「もう私何本でもいけそうです! あ、このトウモロコシはもう良さそうですし、頂いちゃいますねっ」
ジュースを合間に交えつつも、紫条院さんは旺盛な食欲でコンロ上で美味しそうな匂いを立てる品々を攻略していく。
可憐な少女が「んーっ!」と美味しさを噛みしめる様も、「はふっはふっ」と懸命に食べる姿もとても可愛い。『美味しい!』という気持ちを素直に表現してくれる姿は無垢な天使そのものであり、いくらでも食べ物を与えたくなる。
「よお、新浜! 食ってるか!」
「ん? ああ、心配しなくても俺も食ってるぞ」
紫条院さんがコンロ前に次の食べ物を確保しに行ったのを狙ったように、銀次が缶ジュースを片手に上機嫌で話しかけてきた。
「いやー、しかし本当にリア充みたいなバーベキューだな! 美味くて楽しくてどっち向いても綺麗な女子ばっかで…………な、なあ、いい加減幸福すぎて心配になってきたんだが、これって夢だったりしないよな?」
「それがな、実は夢なんだ」
「えっ!?」
「ふふ、考えてみろ銀次。夢でもなきゃこんなキャッキャウフフ成分高めの天国なんて俺らが味わえる訳ないだろ? お前はこれから目を覚まして特に何事もなかった夏休みに涙し、手つかずな宿題の山に絶望するんだ……」
「や、やっぱり夢だったのかよ!? うわああああああ、覚めたくないいいいいい! というか主にキャッキャウフフしてたのは新浜で、俺はそこまで良い目を見てねえじゃんかよおおおおお!」
男子高校生らしさ全開の馬鹿なジャレ合いに、俺は声を上げて笑ってしまった。
肉体年齢相応の馬鹿に戻れるこいつとの会話は、大人と子どもが入り交じった俺という存在を良い方向に安定させてくれる。
「あ、そうだ。キャッキャウフフと言えば……お前午後はどうだったんだ?」
「え、どうって……?」
「紫条院さんとの事に決まってるだろ。わざわざ女子たちと共謀して二人っきりにしてやったんだぞ?」
缶ジュースをグビっとひと飲みし、銀次は興味津々と言った様子で聞いてくる。
女子だろうとオタクだろうと、他人の恋愛沙汰はやはり気になるらしい。
「やっぱあれってお前らの仕業だったのな……」
まあ、おそらく首謀者は風見原だろうが、筆橋や銀次も嬉々として協力したのは想像に難くない。
「なんだよ、余計なお節介だったか?」
「いや、まあ……結果を見れば感謝するしかないって感じだな……」
お節介と言えばお節介だが、そのおかげで紫条院さんと穏やかに海を楽しめる時間が生まれたので、結果としてブラボーとしか言いようがない。
おかげで俺の脳内紫条院さんフォルダ(夏編)は、ベストショットの山で潤いまくりである。
「お、おお……と言うことは、ま、まさか、き、きき、キスとかしたのか……!?」
「聞いてるお前が顔真っ赤になってどうすんだよ……」
前世の事を考えると俺が言えた筋合いではないが、本当にこいつは童貞の鑑のようなピュアさである。というか、そのラブ話に期待を膨らませつつドキドキしてる女子中学生みたいな顔やめろお前。
(まあ、正直に報告できる訳もないけどな……)
思い出すのは、午後に紫条院さんと過ごしたひとときだった。
一緒に寝そべって晴れ渡った空を見上げたり、横たわったままお互いの顔がごく近くにある事実に揃って顔を赤らめたり、海に落ちてしまった紫条院さんを助けようと、あの柔らかいくていい匂いのする身体を抱き締めてしまったり……。
(絶対言えるか……! いくら大人メンタル補正があっても恥ずかしいものは恥ずかしいんだよ!!)
「ま、まあキスとはいかなくても、おかげでまたちょっと仲が深まったよ」
「そっかあ……良かったなあ新浜……」
「……? 銀次?」
え……お前、なんで涙ぐんでるの……?
「いやよお……以前までのお前を知ってる俺としてはめっちゃ感慨深くて……あの女子とまともに会話できなかったお前が、あんな学園のアイドルみたいな紫条院さんと頑張って距離を詰めて……ホントにすげえよ……ひぐっ……」
「お、おう……ありがとう……?」
俺の困惑気味の礼が聞こえていない様子で、銀次はずびっと鼻まですすりながら、目元を濡らしていた。なんかどうも、今日のこいつは感極まりすぎである。
まるでダメダメな息子の結婚式で感涙する父親のような有様だが……女子にツンツンされるだけで真っ赤になって海老みたいに飛び跳ねるお前が言うんかい。
「ふふふ……何やら楽しそうな話をしてますね新浜君」
「え……風見原?」
横から俺に話しかけてきたのは、私服に戻ってメガネ少女に戻った風見原だった。
いつもなら何を考えているのかよくわからない仏頂面を浮かべている少女だが、今この時は口元にイタズラっぽい笑みを浮かべており、気分がかなり高揚しているようだった。
「ジュースの肴に聞きたいんですけど、ずばり新浜君は春華のどんなところが好きなんですか? 今日くらいはべらべら喋るべきかと思います」
「ちょ、おいっ!?」
思わずこの会話が周囲に漏れていないか確認するが、幸い紫条院さんは少し離れた場所で次のバーベキュー串を鼻歌交じりで楽しげに焼いており、こちらの声が聞こえている様子はなかった。
「まあまあ、そう嫌がらずにこの恋愛クソ雑魚女にそういう潤いのあるラブ話を提供してくださいよ。こういうのは最上のエンタメ……もとい、親しい友達同士のラブなんですから、とっても心配なんですよぉ」
「今エンタメって言いやがったな!?」
普段の風見原は寡黙でマイペースな不思議少女という印象なのだが、何故か今のこいつは他人の恋愛話が大好きなゴシップ系OLのような様子である。
なんかもう、場酔いというか悪ノリがすごい。
「さあ、キリキリ吐いてください。でないと、このままバーベキューパワーでテンション上がりまくった私が、新浜君の胸板をなで回しますよぉ?」
「きぃやああああ!? ほ、ホントに触る奴があるか! やめろ馬鹿!」
風見原に胸を撫で回され、俺は女子のような悲鳴を上げてしまった。
開放感のあまり普段隠されていた一面が出たのか、悶絶する俺を見て風見原はニヤリと嗜虐的な笑みを浮かべる。
こ、こいつ! 銀次と同じく生まれて初めてのリア充的バーベキューが嬉しすぎて感情が明後日の方向に暴走してやがるのか!?
「ああもう、言うから放せって! どこが好きかって全部だ全部! 嫌いな所を挙げろと言われても困る!」
セクハラ魔人と化した風見原を引き剥がし、音量をセーブしつつ俺はヤケクソのように言葉を叩きつける。
(くそ、流石に超恥ずかしい……! 銀次といい、俺を辱める大会かこれは!?)
だがその言葉に偽りはない。
他の奴はどうか知らないが、俺にとって紫条院さんはその全存在を引っくるめて愛しい存在であり、容姿から性格まで何もかも好ましくてたまらないのだ。
「なるほど……! つまり新浜君はクソ重たい男って事ですね!」
「やかましい! 言われなくてもちょっとは自覚してるよ!」
高校時代のクラスメイトをオッサンになっても想い続けて、死の間際まで当時の写真見てたとか見方を変えればちょっと怖いしな!
正直、紫条院さんに告白してフラれたら、人生の再起を図るのにどれだけの時間が必要か想像もつかねえ!
「けど、仕方ないだろ!? 俺だってその……こんなに気持ちがブワーってなるなんて想像してなかったんだよ!」
タイムリープの直後は、ただ告白して青春に決着を付ければ俺の未練は満足するだろうと思っていた。
だが、紫条院さんと再会して接点を持つほどに俺の心は燃え上がっていった。
あの娘によく見られたい、あの娘と一緒にいる時間を増やしたい――そんな気持ちがジェットエンジンのように自分を突き動かすだなんて、一度死ぬまで本当の恋愛を知らなかった俺にとって未知の体験なのだ。
「あははは! それでこそですよ新浜君! 春華はマジで天使なのでその辺のチャラ男にくれてやる事はできませんからね! 今後もその調子で漬物石みたいなクソ重男でいてください!」
「クソ重男って言うなぁ!」
どうやらストライクの答えだったらしく、普段は全く見せないニッコニコな顔になった風見原の重い男認定に、俺は叫んだ。
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