死別してしまった婚約者が転生したJC(13)といつの間にかアラフォーになってしまった僕(38)の、2回目の恋の話

京野うん子

死別してしまった婚約者が転生したJC(13)といつの間にかアラフォーになってしまった僕(38)の、2回目の恋の話


 『生まれ変わっても一緒になろう』


 そんな言葉でプロポーズをした。真っ白な細い薬指に指環を嵌めると、彼女は涙でくしゃくしゃになりながらも頷いてくれた。


 綺麗な女性だった。

 料理は僕の方が上手かったけど、代わりに彼女は綺麗好きで、頼んでもないのに僕の独り暮らしの部屋をよく掃除していた。

 忘れられないのは「へけちゅ」っていう特徴的なくしゃみの音。小さくて可愛らしくて女の子らしいそのくしゃみが僕は大好きだった。これからはそのキュートなくしゃみも独り占め出来る、そんな風に、未来に期待していた。

 だけど、そんな未来が来ることはなかった。


 プロポーズの一ヶ月後、彼女は信号無視の車にはねられこの世を去った。

 もう12年も前の事だ。

 

 その間に世間は目まぐるしく事が変わっていったが、僕の心は取り残されたまま。

 未だに彼女を愛しているまま。

 このまま彼女に心を捧げて独りで死んでいく、そう思っていた。


 再会したのは37歳になって迎えた四月の事。


 僕より二つ後の駅で彼女は電車に乗ってきた。

 パリッとした真新しい制服。吹奏楽部が有名なあの私立中学の新入生だろう。毎朝僕の隣に座る。

 ショートカットがよく似合っていて、可愛らしい子だった。

 よく目が合った。

 お互いの持ち物が気になっていたのだとその時は思っていた。

 フルートのケースだ。

 僕の職業はフルート奏者である。所属している楽団の事務もこなしながら奏者としても活動をしている、一応、プロって奴だ。オーダーメイドした革のケースは如何にも高級そうで、中身もさぞ高いのだろうと窺える。

 一方、彼女は可愛らしいピンクのケースだった。ちらちらと視線を感じるのも、フルート奏者として僕の事が気になっているのだとはじめは思っていた。


 変化があったのはゴールデンウィークが明けた頃。


 彼女の通う私立中学は楽団事務所の一つ先の駅にある。だからいつも僕が先に降りるのだが、その日は彼女も一緒の駅で降りた。珍しいなあなんて思いつつ、しばらく彼女の前を歩いていた。改札を抜け、やがて人が少なくなった所で唐突に話し掛けてきた。


 「あの、か、桂木啓介さん、ですよね?」

 

 「はい、桂木ですが、何か?」


 プロのフルート奏者と言っても、テレビや雑誌に出るような有名人ではない。それでもこんな中学生が僕の名前を知ってくれているのかも嬉しくなる。


 「ご結婚されていますか?」


 「え? 独身だけど?」


 「じゃあ恋人は?」


 「いないけど」


 何だ? ひょっとして、僕のファンってやつか?


 「じゃあ、北島遥の事を覚えていますか?」


 は? 何故その名前が出てくる? 目の前の少女に不信感を覚えるが、それよりも婚約者の名前を聞いて口から出たのは、12年間募らせた愛しさだった。


 「覚えてるも何も、今も好きなのは遥だ。彼女の事が忘れられなくて未だに独り身なんだから」


 「本当? 本当に私の事好き?」


 次第に少女は顔を涙でくしゃくしゃにしていく。それは見た事のある顔。愛していた顔。遥とは似ても似つかない、全く同じ表情かお


 「私? 君は一体……うわっ!」


 少女は僕の胸に飛び込んでギュッと強く抱き締めてきた。


 「良かった……啓介に他に彼女出来てたらどうしようってずっと悩んでて、啓介、啓介、啓介!」


 声色は全然違ったが、僕の名を呼ぶその声は紛れもない遥の声だった。

 僕の婚約者、北島遥はその記憶を持ったまま、野中美波という女の子に生まれ変わっていたのだ。



 そうして、僕に中学生の彼女が出来た。

 犯罪者とか言うな。誰がロリコンだ。たまたま相手が中学生だっただけだ、ってロリコンは皆おんなじ事を言ってそうだな。

 二人で色んな場所に行った。僕達の二回目の初デートは、初めて二人で行った水族館。あの頃を思い出して、初々しく手なんか繋いだりして。

 彼女の両親にも会いに行った。遥の、ではなく美波ちゃんのだ。前世の記憶がある事は両親には話していたらしい。僕の事も相談していたそうだ。お父さんは同い年の僕に困惑しながらも、交際の事を認めてくれた。性的な事は美波ちゃんが18歳になるまでしない、そう約束した。あ、キスは高校生で解禁にしてもらった。どちらにせよしばらくは禁欲生活だが、今までもそうだった。今は心が満ち足りている、肉体的な我慢などいくらでも出来る。

 次のデートは初めてキスをした観覧車のある公園に行った。あの時と同じように観覧車に乗って、一番上まで上がった所で美波ちゃんがキスをねだってきたけど、お父さんとの男同士の約束がある。毅然とした態度で誘惑をはね除けた。帰ってからちょっとだけ後悔した。


 それからも色んな場所に行った。色んな話をした。離れ離れになった12年間を取り戻す様に、寄り添って、濃い時間を過ごした。

 ちなみに、僕が彼女の事を美波ちゃん、とちゃん付けするのは理由がある。街中などで美波、と呼び捨てにすると周囲に親子だと思われるのだ。これが遥には嫌なようで、彼女からちゃん付けで呼んで欲しいと頼まれたのである。

 遥が美波ちゃんの人生でフルートを始めたのも僕が原因らしい。どうやら僕と同じ趣味を持ちたいと思ったからだそうだ。遥は楽器なんて全く触った事がなくて、たまに僕のコンサートに聞きにきてくれたけど、Jポップしか興味の無かった彼女はよくわかっていなかったっぽい。今では両親の影響もあり、クラシックも好きだという。美波ちゃんもフルートの奏者になって、いつか二人で同じ舞台の上に立てたらなんて、そんな夢を描いた。


 幸せだった。

 僕も幸せになれるのだと思った。

 高校生になったらあの観覧車でキスをして、18歳になったらもう一度プロポーズしよう、そう未来に期待してた。

 でも、やっぱり未来ってのは残酷で。容赦なかった。


 秋が過ぎ、冬に差し掛かったある日。

 遥と何度も行ったショッピングモールでデートをしていた時の事だ。学生の頃にプレゼントしたコートによく似ていた物がウインドウに飾ってあって、「クリスマスにまた買ってあげようか」と何気なく美波ちゃんに言った。


 「また? って、このコートがどうかした?」


 「二十歳のクリスマスにプレゼントした、あのコートに似てない?」


 「え? コート? なんて貰ったっけ? ……あれ?」


 前世の記憶が段々と薄くなってきていた。日が経つにつれてどんどんと忘れていき、年が明けると僕の仕事や年齢も思い出せなくなっていた。

 両親や学校の事は覚えている。忘れていくのは前世と関わりがあった僕の事、遥としての人生。美波ちゃんは美波ちゃんとしての人格を取り戻しつつあるようだった。まるで野中美波の人生に桂木啓介は不要だとでも言うように、僕の事を次第に忘れていった。


 そしてバレンタインの日。初めてキスをした公園で待ち合わせた。

 

 「ケースケ、はいチョコ、手作りだから」


 もう美波ちゃんは僕の事を名前と、なんとなく好きだとしか覚えていなかった。


 「もう、会うのはやめようか」


 別れを切り出したのは僕から。


 「何で? 嫌だよ。せっかく12年越しでケースケに会えたのに」


 「夢を見ていたんだ。僕も、君も。一年間の、幸せな夢」


 「ヤダよ、生まれ変わっても一緒になろうって言ってくれたじゃないですか!」


 25才も違うんだ。こんなおっさんにいつまでもしがみつく必要なんてない。美波ちゃんは若い。僕なんかと違って未来がある。


 「ごめんね遥。僕の事は、そのまま忘れてくれ」


 例え遥が美波ちゃんからいなくなっても、僕は遥の事を忘れないから。だから、君は安心して僕の事を忘れてくれ。

 そっと、美波ちゃんに背を向けて歩き出す。遥が何か叫んでいたけど、構わずに歩き去った。


 「ケースケ! ケースケさん! ケース……あれ? 私なんでここにいるんだろう?」


 

 

 

 次の日から、いつもの電車に彼女は乗ってこなくなった。僕と顔を合わせないように時間をずらしているのだろう。それでいい。元々僕みたいなおっさんが中学生と付き合うだなんて、妄想にも程がある。突拍子もない妄想、幸せ過ぎて笑ってしまう。


 3月は美波ちゃんと会うことは無かった。

 そして、再び変化があったのは四月。

 美波ちゃんがいつもの電車に乗ってきた。

 目が合う。しかし、反応はない。僕の革のフルートケースを一瞥して、何でもないように隣に座った。

 恐らく、もう僕の事は全て忘れてしまったのだ。知らない人。そっと、彼女のこれからの幸せを祈る。もう話す事もないだろう。野中美波として幸せになって欲しい。そう願った。

 そう願ったのに。


 「へけちゅ!」


 懐かしいくしゃみの音。

 可愛らしくて大好きなくしゃみの音。独り占めしたかったもの。


 「うわ、やっちゃった……」


 両手で口を抑えたみたいだけど勢いよく口内の物が出てしまったようだ。両手はベタベタになっている。拭くものを出そうと鞄を開けようとするが汚れた両手で鞄に触れるのを躊躇っていた。

 スッとポケットティッシュを差し出す。


 「どうぞ。花粉症?」


 「す、すいません! ありがとうございます。今まで花粉症なんて無かったんですけど」

 

 「花粉症ってずっと平気だったのに突然なる人もいるからね」


 もう、自分に嘘をつくのはやめよう。


 「そうなんですね、明日からマスクしてこようかな。あの、そのフルートケース凄いですね! 私も部活でフルートを吹いているんです」


 そう言って彼女は微笑む。

 遥とは似ても似つかない、全く同じ笑顔。恋い焦がれたもの。


 決めた。

 もう一度、この子と恋をする。

 ロリコンと蔑まれるかもしれない。

 いい歳したおっさんが中学生に本気になるなんてさぞ滑稽だろう。

 笑いたければ笑え。


 だけど。


 君がそこ・・にいるなら。


 「これ、オーダーメイドした特注品なんだ。良かったらさ、電車の中だけでも話し相手になってよ。一応フルートでご飯食べてるから、フルートの事なら相談に乗れるし」

 

 「プロの人なんですか? 私で良ければお願いします。私、野中美波って言います」


 「僕は桂木啓介。よろしくね美波ちゃん」


 一ヶ月ぶりに彼女の名前を呼んだ。噛み締める様に、大切に。遥が望んだ呼び方で。





 これは婚約者としての前世の記憶を失った中学生、野中美波と、アラフォーになってしまった僕、桂木啓介の、2回目の恋の話。


 『生まれ変わっても一緒になろう』


 その約束を果たす為に。



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