第4話 餓鬼
その子は思い切って、物言わぬ大切な友人たちを、男のほうへ投げた。
ポトリと傍らに落ちた人形を、彼は怪訝そうに拾った。こっちにも目を向けたので、その子は今までやってきたように、精一杯口角を引き上げた。大きくて鋭い歯が剥き出しになる。
笑い顔を作れば、きっと自分に好意的な関心を向けてくれる。人はそういう生き物だ。
が、予想に反し、男は絶叫した。慌てた様子で小屋から転げ出る。
なぜ? なぜわたしを好きにならない?
せっかく見つけた男を逃したくなくて、あとを追いかけた。
月の下の森の木の根に、走る男は躓き、倒れた。
これ幸いにと、彼に飛びついた。勢いに任せ、骨ばった男の体に歯を突き立てた。男の絶叫が森に響く。
なぜ男に噛みついたのか、その子にもよくわからない。単なる衝動だ。噛みちぎり、口内が温かい肉や血で一杯になると、食べても食べても満たされなかった心の穴が、わずかなりとも埋まる感覚がした。
夢中で男を貪った。抵抗し、泣き叫び、押し除けようとする男は、始めこそ暴れていたが、しばらくすると動かなくなった。
気づけば、その子がのしかかった男は、肉のカスがまだらについた骨になっていた。
生涯で感じたことのない充足感は、あの空の満月のようだ。
今まで味わったことのない、心地よい眠りにつく。
翌朝、その子は飢えて森をさまよっていた。
一度知ってしまった、あの温かさや柔らかさの感覚が、口内から離れない。知ってしまったあとは、飢餓感がなおのこと深まった。
ふと、木々の幹の間から、人が歩いているのが見えた。猟銃を持っている。
その子は喜びに歯を剥き出して、人間のもとへ駆けた。
人間は仰天し、猟銃を撃つも、弾丸はその子のゴツゴツした体に、傷の一つもつけられなかった。
森の中でさまようその子は、ときどき人間を見かけると、飛びついて貪り食った。動物では食う気になれなかった。どうしても人でなくては。
人間を貪ると、たとえようのない、深い深い満足感を得られた。彼らがどんなに痛がったり、怖がったりしても、苦痛にまで想像が及ばない。仮に知ったところで、人を食うことをやめられない。血肉のぬくもりの快感は、強烈だった。
森はいつしか、おそろしい餓鬼が住んでいると噂されるようになった。
周辺の住民は、絶対に足を踏み入れてはならないと、訪れる者へ警告するようになった。
餓鬼 Meg @MegMiki34
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