第3話 暗い森の中

 空腹で目が覚めた。

 頭上に見えるのは、見なれた我が家の天井ではなく、一切光のない森の枝葉。闇に金の満月が浮かんでいる。

 痛みが残る首をさすりながら、体を動した。周りに、古びたキャラクターや動物の人形が、いくつか置かれている。

 自分の友達たち。一緒に来てくれたんだ。

 人形を抱えると、その子はキンキンと叫び声をあげて、両親や双子のきょうだいを呼んだ。

 返事はない。誰もいない。夜風が体に当たる。

 寒くて、暗くて、お腹がすいて、怖かった。

 暗闇の片隅で、ひとりぼっち。



 偶然、木々の間に建つ、崩れかけの小屋を見つけた。

 寒いので中へ入り、うずくまって人形たちを抱き、声を押し殺して泣いた。

 すきっ腹はグゥグゥ鳴り、食物を要求している。寂しくて頭が砕けそうだった。怖くて胸がさけてしまいそうだった。このまま闇に溶けて、消えてなくなってしまえれば。

 両親のことも、きょうだいのことも、憎くはない。悪いのは自分。異常な自分の罪は、生まれてきたことそのものなのだから。

 でも、少しだけ、ほんの少しでもよかったから、抱きしめられて、好きだよって、言われたかった。

 赤ちゃんの頃、一度だけ両親が抱き上げてくれたっけ。ぬくもりの感覚を、一日たりとも忘れなかった。その日以外、与えられたことはなかったから。

 一度だけの感覚をたよりに、双子のきょうだいがしてもらうように、両親が自分を抱きしめてくれるのを想像した。

 母の柔らかそうな胸に顔をうずめ、父親の大きな肩にしがみつき、2人が目を合わせ、笑いかけてくれるのを想像した。

 大好き、かわいいと、甘くて優しい言葉を、惜しげもなく浴びせかけてくれるのを想像した。

 想像の中の両親の姿を、胸にいだいた大好きな人形たちにすり替えてみたりした。

 想像するだけなら、誰にも迷惑をかけない。だからいいだろう。

 少しだけ空腹や寂しさがやわらぐ。想像に集中すれば、目から流れる涙も勝手に止まった。


 ゴトッ ゴトゴトッ


 不意に物音がした。

 誰か来た? 動物? 人?

 その子は物かげにかくれ、息をひそめ、様子をうかがった。

 ボロ小屋に入ったのは、薄汚れた男。

 疲れきったように、床へ身を投げだす。汚らしい臭いが充満した。彼はシワの寄った目から、涙をひと筋垂らした。

 ホームレスという言葉を、その子は知らない。でも、一目であわれに思った。なぐさめてやりたかった。同時に、なぐさめたら、自分を気に入ってくれるだろうかと考える。

 自分に関心を向けさせたくなった。

 どうしたらよいのだろう?

 ふと、抱いている人形たちに意識を向ける。

 身を切るような思いで、自分の大事な人形たちを差し出せば、あの男は喜んでくれるだろうか?

 その子は自分が好きなこと、好きなものは、ほかの人も好きなのだと思っていた。自分と他者の心や考え方は、まるで異なるのを、よく理解していなかった。

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