第2話 飢えた子ども

 双子は幼稚園へ入る年頃になった。

 かわいい子は、順調に体が大きくなり、肉づきもよかった。言葉も覚え、活発に歩き回る。明るい子だったので、幼稚園で友達もたくさんできた。

 不気味な子は、体の発育も、言葉も、3歳程度のまま、止まった。ただ食事の量だけは、おそろしいまでに増えた。大人3人がかりでも腹を壊しそうな量の食物を、平然と平らげる。

 幼稚園の子供たちは、不気味な子をおそれ、あるいは奇異に思い、のけものにした。その子が輪に入ろうとしても、子供たちはクモの子を散らすように逃げた。

 当初、人形あそびだけで、不気味な子はわりあい満足していた。が、先生たちは、その子に慄きながらも職務をまっとうしようと、その子を小さな模擬的人間社会になじませようとした。つまり園児のあそびの輪に、むりやり入れさせようとした。



 人が苦手なその子も、先生に期待されているのを感じて、一生懸命気に入られようとした。

 精一杯笑って、おどけて、跳ね回って。

 飛び出す腹以外はガリガリに痩せた、土気色の肌と鋭い牙を持つ子が、そんな行いをしてすりよってきたなら、あなたはどうする?

 案の定、ますますきらわれ、無視され、のけものにされた。

 不気味がられこそすれ、好かれることは決してない。血を分けたかわいいきょうだいでさえ、双子のその子を避けるばかり。

 得られば得られないほど、人はソレを欲しくなる。

 他者の好意という影を、その子は追いかけ、踏んで地面に縫いつけようとした。物言わず、表情も変えず、心を持たない人形では、もはや飽き足らない。飢えは満たされない。

 せめて先生たちには気に入られようと、その子は先生の命令には、必ず素直に従った。

 けれど彼ら大人も、一向に周囲になじむ気配のないその子を、次第に見放すようになった。




 小学校に通う年齢になった。

 晴天の下、桜が散る並木道を、ピカピカのランドセルを背負ったかわいい子は、両親に手を引かれて歩く。

 今日は待ちに待った入学式。友達が100人できるといいな。



 同時刻、不気味な子がなにをしていたかと言えば、リビングで山積みのスナック菓子を無限に食べながら、人形あそびをしていた。

 あいかわらずの土気色の乾いた肌。膨れた腹以外、体は痩せこけている。幼児の頃と、体型はあまり変わっていない。言葉もうまくしゃべれない。

 ただ、かつてより、歯が鋭く大きくなった。食欲も強くなった。魚のような目も、ギョロリと飛び出し気味になった。

 険しい表情の両親からは、絶対に外に出るなと言いつけられた。なぜなのか、その子に理由はわからない。

 スナック菓子の塩や油にまみれた手で、幼児の頃に与えられた、ボロボロのキャラクターだの、動物だの、サンタだの人形を動かし、遊ぶ。

 人形だけは、いつもやさしくほほえんで、その子を避けもいじめもしない。その子が動かせば、そろってその子を慰めてくれた。

 慰められればられるほど、飢餓感という穴は深くなった。のぞきこめばきっと、闇は奈落の底より濃い。


「あなた。ほんとうにやるの?」

「しかたがないじゃないか。このままじゃあの子も不幸だ」


 玄関のドアの向こうから、聞きなれた男女の声が聞こえた。

 ああ、とうとうこの日が来たんだ。

 なにも言われずとも両親の意図を感じ、その子は穏やかな気持ちで悟った。

 リビングに両親が入る。目を伏せ、拳を強く握っている。双子のきょうだいはいない。入学式とやらの後、新しい友達と仲良くやっているのだろう。

 その子は人形をかかえたまま、できうるかぎり口角をあげて、両親に駆け寄った。

 最後くらい、抱きしめてくれるかな。好きだって言ってくれるかな。きょうだいにしていること、自分にもしてほしい。

 両親はただ、その子を突き飛ばした。

 倒れると、父がその子の首に手をかけ、万力のような力で締めあげた。

 喉が折れ、痛い。息ができない。でも、首にかかる指のぬくもりは、あったかい。


「せめてぬいぐるみだけでも……」


 おぼろげな母の声。やっぱり二人は最後の最後に、あったかいものをくれた。



 あらゆる色が、視界から消えた。

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