こちら銀猫骨董品店
奥州寛
第1話
「トモー、カラオケ寄っていかない?」
「ごめんね、ちょっと……」
「あ、そうか、まだハナちゃん見つかってないんだっけ?」
「うん、だから、また今度ね」
「りょー……そういえばさ、こんな噂を聞いたことある? 何でも見つけてくれるけど、代わりに不幸が訪れる女の子の話」
「なにそれ、また雑誌の受け売り?」
「違うって、学校で噂になってるんだよ」
「はいはい、また明日ね」
「もー……」
学校の帰り道。私はいつも通り、愛犬のハナを探している。
まだ一か月は経っていないし、この辺りに居るはず……そう考えて探し回っているけれど、あの子がいた痕跡はおろか、目撃証言すら無い状態だった。
「……あれ?」
気が付いたら私はアンティークショップの前で、ぼーっとしていた。
狭いショーウィンドウから古めかしいティーカップや、年季を感じさせる柱時計が覗いていて、両隣の雑居ビルの隙間で押しつぶされているような印象がある。
ドアには看板がかかっており、可愛らしくメルヘンチックな飾り文字でこう書かれていた。
「銀猫骨董品店」
猫という文字が丁度猫を模した形をしていて可愛らしい。私は特にアンティークに興味もないのに、自然とドアを開けていた。
「わっ……」
お店の中は、まさに時間が止まったような、セピア色の光で満たされていた。一つだけある柱時計が一定のリズムで時間を刻んでいなければ、何一つ動く物のない店内だ。私はその雰囲気に圧倒されてしまった。
(すごい、どのくらい古い物なんだろう?)
恐らくブリキ製のロボット模型を見て、私はそんなことを考える。色は煤けているけど、錆は全く見当たらない。買った時からずっと使われていないみたいな綺麗さだ。
見回すとティーセットなどの陶器も、欠けや継ぎはぎの跡がなく、新品同然の綺麗な形のまま古さだけが積み重なっている。
一体どんな手入れをしているんだろう? そう思った私は手近なティーカップを一つとった。
「きゃっ!?」
持ち上げた瞬間、ぼとりとティーカップが崩れ落ちた。風化してしまったように、パリンと割れることもなく、さらさらと細かい砂になってしまう。
「誰だい?」
女の子の声が聞こえる。声からして私と同じくらいか、少し年下……顔を向けると、ベージュ色をした髪と色素の薄い肌を持つ女の子が、気だるげな表情でカウンターから私を見ていた。
「あっ、ご、ごめんなさい! カップ……」
「ん? ああ、いいよいいよ、古い物を扱ってるんだ。そりゃあ壊れやすいさ。ボクは銀猫、君は?」
銀猫と名乗った女の子はまったく気にした風もなく、カウンターを軽々と乗り越えて私の顔を覗き込んだ。
そんな突飛な名前なんてあり得ない。そう思ったけれど、似合っている気もする。不思議な雰囲気の彼女に、私は自分の名前を教える。
「よ、萬屋友子(よろずやともこ)……です」
「ふうん、良い名前だね、今日は何を探しに来たんだい?」
「いえ、その……」
薄い唇をさらに伸ばして笑いかける銀猫さんに、なんとなく苦手意識を持ちつつも、私は何か目的があってここに来たわけじゃないことを伝える。
「なので、お金を持っているわけでもないですし、何かを探している訳でも……」
「そんなわけないじゃん」
申し訳ないけどすぐに出ていこう。そう考えていた私は、銀猫さんのはっきりとした物言いにびくりと反応する。
「ここは欲しい物、探してる物がない人は入ってこれないんだ。何でもいい、探し物とか探し人、無い?」
彼女の言う事は訳が分からなかったが、不思議と本当の事を話しているような気がした。
……そういえば、どんな無くし物でも見つけられるっていう不思議な女の子の話、もしかしてこの子が?
「えっと……じゃあ、ハナ……犬を探しているんですけど」
噂に対する好奇心からか、本当に彼女が見つけてくれると思ったのか、私には分からなかった。だけど、彼女にはそれを話させる奇妙な魅力があった。
「なるほど、飼い犬ね……いいよ、手伝ってあげる」
ハナは私が小さなころから一緒に暮らしているゴールデンレトリバーで、数週間前から迷い犬として捜索依頼を出していた。
銀猫さんは小さな引き出しをごそごそと漁って、中にある大きめの宝石を取り出す。その形は奇妙で、大きな逆紡錘形の透明な本体と、そこから延びる一本の紐によって出来ていた。
「これ、気になる? これはね、振り子。ペンデュラムって言った方がそれっぽいかな? ……いわゆるダウジングだね、さあ、探しに行こうか」
「えっ、ええっ!? 何ですかそれ!?」
「だから、ダウジング用のペンデュラム。安心して、安物じゃないから」
微妙にずれた返答を貰って、この上なく不安な気持ちになる。今どき中学生でもやらないようなおまじないやオカルトで、本当に見つけられるのだろうか?
「写真ある? ……ああ、最近はスマホが普通だったね。とりあえず見た目と特徴を教えてよ。探せるもんも探せないでしょ?」
私の心配をよそに、銀猫さんはいそいそと出かける準備をはじめ、ドアに掛かる看板を裏返した。そこには表と同じように可愛らしい飾り文字で「準備中」の文字があった。
交差点に差し掛かるたびに振り子を垂らして、揺れを確認しながらジグザグ、ぐるぐると道をたどっていく。あの骨董品店からは確実に離れているけれど、ハナがいる場所に近づいているとも思えなかった。
「そうだ、友子ちゃんに一言ことわるのを忘れていたよ」
「?」
「ボクは見つけることはできるけど、それがそのまま幸せになる……って訳じゃないんだ。ごめんね」
唐突に銀猫さんは、振り子の揺れを確認しながらそんなことを言った。
「それって……?」
「いつも言われるのさ、探し物が見つかったけれど、それを帳消しにするような不幸があったり、悩みの相談を受けたら望まない方向に解決したり……そういう事があると、みんなボクを責めるのさ」
彼女の表情には変化がなく、声の調子にも変化は無かった。それでも私は、何故か銀猫さんが今にも泣きだしそうに感じられた。
誰かのためになりたい、人を幸せにしたい、感謝されたい……その為に努力してきたのに、それが誰かを不幸にする。そんな経験を何度もしてきたような、そんな気がした。
「それは……きっと、みんな誰かに責任を押し付けたかったんだと思う。辛い出来事が自分のせいで起きたとしたら、それはとても悲しいから」
相手が悪くないと分かっていても、相手を責めてしまう。それは誰にでもある。普通なら後々になって謝る事も出来る。だけど、この人はきっと謝ってもらう事すらできなかったのかもしれない。
「じゃあ君もボクを責めるかい?」
「分からないです。でも、きっと、責めたとしても……銀猫さんが本当に悪いとは思っていないはずです」
正直、抽象的な「もしそうなら」の話は苦手だった。
それでも何とか答えようとしたのは、恐らく真面目に探している彼女の期待に応えたかったからだった。
銀猫さんは私の返答に「うん、なるほど」と短く返事して、道を曲がった。
「うん、いいね……」
さっきまでとは打って変わって、銀猫さんの垂らす振り子は常に同じ方向を指していた。
「あの、本当に見つけられるんですか?」
もう随分と日が傾いて、朱色に染まりゆく街並みの中で、私は銀猫さんに問いかける。長い間歩き回ってその結果、行ったことのない隣町まで来てしまっていた。
「安心して、ダウジングはよくやってるからね」
振り子の時と同じように、微妙に答えになっていない受け答えをして、銀猫さんは振り子の反応する方向へ歩く。私は少しの期待と、少なくない不信感を持って彼女について行く。
「そういえば、お店は大丈夫なんですか?」
遠回しに「もうやめて帰ろうよ」と伝えてみる。見つかる希望が見えないのもあったが、結構長い時間二人で歩き回っているし、私自身お金を持っている訳じゃない。だからこんな長時間お店を空けてもらうのは、正直なところ気が引けてきていた。
「大丈夫大丈夫、来る人なんて滅多にいないし、探し物の手伝いはボクが好きでやってるから、友子ちゃんは遠慮しなくていいよ、もうすぐそこだしね」
そう言うと、銀猫さんは振り子をいそいそと仕舞って、路地を指差した。
「そこの路地でじっとしているね、全然動いて無いのが奇妙だけ――」
「ハナッ!!」
銀猫さんの言葉に、私は思わず駆け出していた。路地の奥に見慣れた色の毛並みが見える。居なくなって、ずっと探していたハナがそこにいると思うと、居ても立ってもいられなかった。
ハナ、ハナ……ずっと一人で寂しかったでしょう? やっと見つけてあげられた。私はハナの元気な姿を想像して、その路地へと飛び込んだ。
「無事!? 元気だっ……」
その姿を見て、手を触れた瞬間、否が応でも理解してしまった。
乱れた毛並みと閉じられた瞳、固く硬直した身体は冷たく、微かに動いているお腹も、浅く弱々しい呼吸をしているだけだ。この子がハナじゃないと思いたかった。
しかし、それでも首輪とそれに付いた名札が、どうしようもないほどこの子がハナだと証明していた。
「ハナッ! だめ、だめだめっ! 死なないで、すぐ病院に連れて行くから!」
冷たく、想像以上に軽くなっていたハナを抱き上げて、私は銀猫さんと一緒に動物病院まで駆けだした。
「ふぁ……」
暖色系にまとめた店内は、相変わらずボクの眠気を誘う。数日前に犬を探しに行って以来、ずっとボケーっとしているような気がする。
誰かを助けた後は、いつもこんな調子だ。
もっと早く相談に来てくれれば、もっと簡単に見つけられていれば、いっそボクに頼まなければ、もしかするともっといい結果があったかもしれない。
友子ちゃんは飼い犬を見つけて幸せだっただろうか? 動物病院の先生に「手遅れだ」と言われ、彼女は泣いていた。その姿が幸せだとは、ボクには到底考えられなかった。
例えばボクが手伝わなければ、見つけなければ……
彼女はきっと、もっと時間をかけて犬を探して、いつかは諦めただろう。それは結果として同じだけど、泣く事は無かった。
『魔術で誰かを幸せにすることはできない』
昔、誰かに言われたことを思い出す。躍起になって否定してきたけれど、最近はふとした時にその言葉を受け入れてしまいそうになる。
「はぁ……」
このお店も畳み時かな……生活には困らないし、いっそ引き払って――
「銀猫さんっ!!」
「うおうっ!?」
ネガティブな方向に思考が傾きかけた時、勢いよく店のドアが開かれた。ティーセットがカタカタと揺れて、その凄まじさを語っている。
「やっと見つけた……探しましたよ、ここ」
「友子ちゃん? どうやってここまで……」
そこまで言って思い当たる。そうか、彼女はボクを「探している」からここに来れたんだ。
何をしに来たんだろう? 犬が死んだ責任はボクにあるって言いに来たのかな? それとも生き返らせてほしいとかそういう話かな? しかし、彼女の言葉はそのどちらとも違っていた。
「ありがとうございました!」
「ええっ?」
全くの予想外で、どう反応していいか分からない。でも、ずっと求め続けていた反応だった。
「い、いやよく考えてよ、君の飼い犬、死んでるんだよ? ボクが探さなければ君は幸せな記憶だけであの子とお別れできたんだ」
「でも、それだったらハナの最期を看取ることが出来なかった……私はそっちの方がつらいです。だから、ありがとうって伝えたくて」
「……」
きっと、彼女は無理をしている。
ずっと一緒だったパートナーが死んだんだ。そのショックは推し量るのもおこがましいだろう。それでも彼女は、ボクに感謝をしてくれた。長い長い生活で、それは初めての事だった。
ボクは立ち上がり、彼女に近づく、さっきまで泣いていたのか、目の周りが少し赤くはれていた。
「お礼を言うのはボクの方だよ」
「えっ?」
「たぶん、いやボクにとっては確実に、今日は人生最高の日だ」
背伸びをして、友子ちゃんの身体を抱きしめる。
我慢して、無理をして、それでも感謝を伝えてくれた。そんな彼女にボクは抱きしめることしかできない。それがとても歯痒かった。
せめて、せめてこの気持ちと感触を忘れないように、強く抱きしめて、ボクは少しだけ涙を流した。
こちら銀猫骨董品店 奥州寛 @itsuki1003
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