お題:プロローグ 【ヒロイック/スカーレット】プロローグ


                    ◇


 物語を語り出すには、その始まりの部分から語り出すのが最も順当な書き出しであると、普通であればそう思う。

 けれど今のこのあたし、【紅い髪の少女スカーレット】たる龍原深紅タツハラ・ミアカには、この物語の始まりをどこと定義するのが一番いいか、最早全く解らないのだ。


 後のあたしの両親であるところの二人と我冬市子ガトウ・イチコが初めて出会った中学時代を最初とするのが一番らしい形かもしれないし、

 この三人が再会を果たした大学時代の方がより適切な時期かもしれない。


 それとも三人が真理学研究会なる怪しい機関に勧誘されたのが全ての始まりかもしれないし、

 そこで幻思論エアリアリズムなる新規理論が提唱されたときの方が全てを変える第一歩だったのかもしれない。


 他にも紅真意クレナイ・シンイがイデア降誕実験なる碌でもないことに挑戦したときであるだとか、

 あたしの母親だったらしい女性が連続殺人鬼の犠牲になった瞬間であるだとか、

 あたしの幼馴染であるところの葵坂茜アオイザカ・アカネが真理学研究会の秘密研究室に迷い込み、そこで未起動の自動人形と遭遇したタイミングであるだとか、

 物語の始まりと言えるような運命のターニングポイントは、その以前に幾らでもあったのだと、今のあたしは知っている。


 そう、真理学研究会にまつわる話など関係なくとも、スタート出来る場所は無数にある。

 とある天体に宇宙移民と異種族たちが降り立った瞬間であるだとか、

 後に大空洞と呼ばれる場所に巨大な隕石が墜落してそこから異形の生命が溢れ出した瞬間であるだとか、

 黒鉄血盟帝国B.E.E.Rの皇帝が帝城地下であるものを発見した瞬間であるだとか、

 帝国軍が誇る六枚翼ゼクスフリューゲルの第六鋼翼の空白が遂に埋まった瞬間であるだとか、

 それとも帝国の片田舎の土地にとある宿屋が開店した瞬間であるだとか、

 一体何の話であるのかそれだけでは解らない言葉が並び立つようなプロローグは、どこからだって始められる。


 なんならこの際、宇宙の開闢から始めてしまっても構わないのだ。

 この話は一切そこに冗談抜きで、全ての始まりと滅びに関わる、全存在を巡る大サーガの一編なのだから。


 けれども。

 それらの瞬間にあたしはいない。

 あたしが関わる物語であったけれども、けれどあたしが主役になった瞬間はあの一点からしかあり得ない。


 だから、あたしはあたしの始まりから、この物語を始めようと思う。


 それでは物語を始めよう。

 時は七度目の魔王戦間際。

 舞台は異世界と呼ぶべき場所で。

 楽しく愉快なファンタジー。

 魔王と帝国のヒロイック・サーガ。

 三千と十七年を数える壮大な準備を越えて辿り着いた物語が、

 主役の降誕を最後のピースとして、ありふれた形で幕を開けた。


                    ◇


 龍原深紅タツハラ・ミアカがふと気がついた時、彼女は森の中にいた。

 十七歳の少女である。高校生らしいセーラー服に、腰まで伸ばした長い黒髪。

 自認は都会っ子であって、自然と親しむような趣味はあいにく持ち合わせたりしていない。


 ……あー、何かしらこれ。幻覚見るようなことやった記憶はないんだけど。


 未成年飲酒をした覚えはない。少なくとも昨夜に関しては。

 危ないお薬に関しても同様で、むしろそういうのに手を出す輩を素面でしばき倒す方が深紅のいつもの立ち位置である。


 なので、目の前の光景はまごうことなき現実である。

 生い茂る木々の隙間から差し込んでくる陽光の眩しさも、

 木の葉を揺らす湿った風の涼しさも、

 鼻腔をくすぐるかのような腐葉土の匂いも、


 地球上に存在するのがおかしい生き物が、こちらを向いて臨戦体勢にあるのも、

 否定ができない絶対現実光景である。


「……冗談でしょ、オイ」


 呟く。そんな都合のいいことはないと、少女の本能は解っていた。


 生き物は獅子と恐竜を混ぜ合わせたかのような外見をしていた。

 哺乳類の柔らかさと、爬虫類の鱗の堅牢さを併せ持つ怪物だった。

 誰がどう見ても肉食生物。

 弱者を喰らうプレデター。


 龍原深紅はケンカの覚えぐらいなら多少はある。

 ナイフを持った不良相手に返り討ち決めた経験だって実は一度や二度ではない。

 しかし相手はクリーチャー。

 対人の経験なんて全くもって意味をなさないと、その体格がつげている。


 怪物の顎が開く。

 怪物の足が地を離れる。

 眼前の少女を狩り殺そうと喰い殺そうと、その筋肉が躍動する。


 その牙が、無力な少女に届く、わずか十分の一秒の間に。


「成程、これが我様の幸運の星か!」


 陽気な声が耳朶を打った。

 そこから一瞬遅れるように、爆風が深紅の横を通り過ぎていった。

 怪物の顔面に誰かが一撃を叩き込んだのだと気づいたと同時、首元をぐいっとひっぱられる。


「えっ、はっ、………何!?」


 首元を掴んでいた手は、掻き抱くように腰にまわって。

 抱きしめられた彼女を追い越すように、いくつかの影が怪物相手に飛びかかっていく。

 剣と拳が爪と牙と戦いを繰り広げる様を、深紅は呆然と眺めていた。


「おい老人。こいつでちゃんと合ってるんだろうな」

「ムフォーフォーフォー」


 獏に昆虫の手足を生やして僧衣を纏わせたような生き物が、肯定とも否定ともつかない笑いを漏らす。

 怪物同様に意味不明な存在を認識して、深紅の認識が現実へと戻る。


「……助けてくれたってことで、いいのよね?」

「理解が早いな。聡明なようで我様超感動」


 そこで始めて、深紅は相手の姿を確認した。

 西洋貴族のような豪奢な外套。鮮血色した紅い金髪。

 両目は真紅と深蒼のオッドアイで、口元には矢鱈と鋭い犬歯が覗く。

 そして頭上には王冠のように、悪趣味な髑髏が逆さまになって飾られていた。


「異なる世界の稀人よ! 我が名は【魔王】カーマイン!

 第七の座として君臨し、万象をこの手に収める終焉存在カッコカリ!」


 冗談のような称号を名乗る男は、ぽかんとする深紅を置き去りにして高らかに叫ぶ。


「貴様の命は今この我様が救ってやった! 即ち今から貴様の身柄は我様のものだ!

 異論はないな、いや、ある筈がないだろう。何故なら我様の契約に異を唱えられる存在など、どんな宇宙にもいられる筈がないのだからな! そうだろ老人!」

「ムフォーフォーフォー」

「ちょっばっアンタ一体何を言って」


 常識的な反応しかできない深紅を、酒樽を運ぶように担ぎ上げて、魔王を名乗った男は笑う。

 明るく激しく傲慢に威丈高に、そしてなにより楽しそうに。


「これから宜しく頼むぞ、我が幸運の星。

 貴様が我様と共にある限り、運命と名のつく全てのものが、我様と貴様を祝福しよう」



*いつか続く

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