その314 アンフェアな賭け


 ……死んでない?

 思いも寄らない言葉に私はぽかんとしてしまう。


 一体、ヘンリーは何を言っているのだろうか。

 この話はずっと幽霊騒動のはずなのだけど……。


「ああ! 『死んでいません』じゃなくて『死んで、(この世に)いません』って意味ですか!」

「いえ、そういうインチキ占い師のテクニックではなく」

「芯出ませんよと言い間違えましたか?」

「試験中の恐ろしい失敗でもなく」

「シンディならうちのクラスにいますが……」

「シンディ・マセンヨでもなく!」


 思いつく限りのあらゆる聞き間違いの可能性を口にしてみたけれど、そのどれもが否定されてしまった。

 ということは、本当にポチは死んでいない……?


「よく考えて見てください。彼が幽霊の特徴を見せたことがありましたか?」

「ええっと……こ、個室から出たり消えたりしてましたよ!」

「それ以外は?」

「……特にないかもしれません」

「つまり、このトイレの異常は幽霊ではなく──この個室にこそあるんです」


 言われてみて気付いた。

 噂の影響で端から幽霊だと思って接していたけれど、そういえば幽霊である証拠がない!

 謎の儀式で現れるというのが如何にも怪異っぽさがあって、それで疑う気なんて起きなくなったのだけど、なるほど確かにそれは『個室』主体の能力であって、『幽霊』主体の能力ではなかった。

 おかしいのはこのトイレの方だったのか!


「でも、飼い主のピーターさんと話した時は結構悲しげな雰囲気出してましたよ!?」

「あれはですね……みんなにそうやってからかっているそうなんです」

「からかいなんですか!?」


 そんな! ピーターさん、涙ながらに話してくれたのに!

 言ってはいないけど! 死んだなんて言ってはいなかったけれども!


「あの後、更に追及を重ねてみたのですが……それによると、なんとポチは幾度となく自分の記憶を自分で消してしまい、その度にこのお気に入りの個室に入り、自分を人間だと勘違いしてしまうそうなんです」

「まさかの常習犯!?」

「それでもう毎度記憶を戻しに行くのも面倒なので、学院長からの許可を取って以降はピーターさんも基本放置しているそうです」

「そんな適当な!」

「まあ、ある程度したら『トイレワン』である事実に気付いて自分で帰ってくるらしいですよ」


 じ、自分で気付けることだったのかー!

 そりゃあ『トイレマン』と一文字違いというだけのことなので、色々な違和感に勘付けば気付けるのかもしれないけれども……。

 それじゃあ私たちのここしばらくの苦労はなんだったというのか!


「ちなみにピーターさんは変身魔法が得意な方らしくて、その影響でポチも変身魔法を有しているようですよ。魔法犬ですからね、彼は」

「へ、へぇ……」

「更に言うとpoochには『賭けで負けた人』という意味もありまして、あそこ、夜は賭博場でもあるんです」

「へぇ……その情報必要でしたか!?」

「もしかしたら私たちの行動で賭けが発生しているかもしれません。ポチが幽霊か騙されるかどうかで。だからあんなにからかっていたのかも……」

「だとしたら流石に怒りますけどね!」


 その場合、私が騙されているに賭けた人が大儲けしていることになる……それはなんかムカつく!

 犬で大儲け、略して犬儲けですか!!!!

 ……いや、あからさまに騙されていたからオッズがマズいだろうし、大儲けにも犬儲けにもならなかったかな。


 でも考えて見れば、旧校舎に通っていた生徒にしてはピーターさんの年齢は若かった。

 変身中のポチとちょっとしか違いがなかったもんね……あれは変身魔法で若作りしていたのか。

 完全に若くしないのはお酒や賭博を生業としているから面倒なことにならないよう、ある程度で止めているのかもしれない。


「思えばナタ学院長がゲームを仕掛けてきたのも、賭博に引っ掛けていたのかもしれません」

「そういえばあの人全部知っている上でやってるんですもんね!? ぐぬー! 試合に勝って勝負に負けた気分です!」

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『真実の魔法』で嘘がつけなくなった悪役令嬢は、素直に好きを口にして過保護に愛される 齊刀Y氏 @saitouYsi

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