第34話 僕と暴君⑤【完】
北棟の物置部屋。
倒れた西園寺たちをそのまま放置し、俺とリリアナは二年十組の教室を後にした。
教室を出ると、溢れ返った生徒たちの好奇の目に晒されたが、面倒事は全て放り投げた。まあ、暴力沙汰を起こした以上、停学は覚悟の上だ。
そう考えると午後の授業に出るのも馬鹿らしくなった。
俺はリリアナと一緒に部屋に戻って、弁当の残りを食べている。テーブル越しに向かい合うようにお互いの定位置に座る。
殴られた時に口の中を切ったらしく、若干血の味がした。
リリアナは野菜入りのおかずを舐め回すように見つめると、恐る恐る口に運んでは
リリアナは食事をしながら、一年前に彼女が起こした『いばら姫事件』の
入学早々、彼女はその
まるで見世物小屋のチンパンジーみたいな学園生活に、彼女は苛立ちを
停学が明けて登校すると、根も葉もない噂が広まっていた。西園寺の取り巻きなのか、リリアナに対して
なるほど。つーか、
しかし、これで二人は恋人同士って、どうやったらそんな話になるんだよ。誇張どころじゃない。無から有を生み出してるじゃん。よくもまあ、リリアナが停学中に『いばら姫事件』なんて大嘘を広めたもんだ。
西園寺の執念に呆れを通り越して、もはや感心してしまう。
「それにしても、よく電話一本で貸しビル
俺がまじまじとリリアナを見つめると、彼女は箸を進めながら淡々と答える。
「まさか、さすがの私でもそれは無理だよ」
「はあ?」
もしや、ハッタリだったのか? いやでも、現に西園寺にも電話があって、あいつは相当動揺していた。
俺は納得いかない顔で聞き返す。彼女はこちらを
「言っただろう。ここは私に任せろと。お前が何て答えようが最初から対処するつもりで動いていたんだ」
「えっ、いつからだよ?」
俺がそう尋ねると、彼女はしれっと、さも当然のように言い放つ。
「お前が階段から落ちた日から」
「おい、なんだそりゃ……」
思わず身体の力が抜けて、ぐったりとソファにもたれ掛かる。俺は最初からこいつの掌の上で転がされてたってわけかよ……。
「まぁ、あの件は一年前の話だし、確信はなかった。思い過ごしで終われば良かったんだが。それに、お前が自力で解決できるようなら、私も手を出すつもりはなかったよ」
リリアナは
ちょっと待て、そういえばやけにタイミング良く教室に入ってきたような……。
「お前、まさか……」
「ん? 何のことだ」
俺は疑いの眼差しで、じっとリリアナを見つめる。彼女は心当たりがない様子で、小首を傾げていた。
まぁ、もう終わったことだ。ボコボコで全身痛いし、余計なことを色々考えるのは止めだ。
俺は仕切り直すように一つ咳払いをして本題に入る。
「で、お前が見つけたやりたいことってなんだよ?」
食事を終えたリリアナは、満足そうにしていた。それから、両手を上げて大きく伸びとすると、深く息をつく。返事を待っている俺を見て、
「あぁ、今日で引きこもり生活は終わりだ。テツロー、付き合ってくれ」
えっ? なんだって?
「はあぁっ? つ、つきっ、付き合うって……」
おっ、俺とお前が?
思いも寄らない彼女の告白に、俺は完全にパニックに
「この一年、学生のうちにやれることを全てやりたい。青春ってやつだ。だからテツロー、私に付き合ってくれ」
「……なんだ、そういうことかよ。期待させ――」
そう言いかけて、俺は慌てて口を
……いやいや、別に期待なんてしてないし。ガッカリなんてしてないし。ホントだよ、マジで。
俺はそう自分に言い聞かせて、心を落ち着かせる。そんな俺を見て、リリアナは不思議そうな顔をしていた。すると、急に背筋をしゃんと伸ばして、真っ直ぐな眼差しを俺に向ける。
その真剣な眼差しにあてられて、自然と俺も姿勢を正して、彼女を見つめ返す。
「テツロー。この一年、お前の時間を、青春を。私にくれないか?」
これが俺が望んだ彼女の言葉で、そして彼女が俺に望んだ願いだ。ならば、彼女にも俺の言葉で俺の想いを伝えるべきだ。
「……だったら、お前の青春も俺に――」
「いや、私のものは私のものだ。お前が私に合わせるんだ」
「だからっ! お前はどこのジャイアンだよっ!」
リリアナは断固拒否するように、ぷいっと横を向く。俺は呆れ果てて、がっくりと肩を落とした。
……この女。毎度毎度、人が真剣に話をすれば、すぐこれだ。
「それにやれること全てって結局何も決まってねぇじゃねぇか。なんかほら、一つでもないの? 具体的なやつ。もうそれにしようぜ……」
俺は半ば投げやりな気分でため息をつく。彼女は足を組んで
「うーん、まだ何も思いつかなくてな。それにたった一つで満足するほど、私は安い女ではないからな?」
「……てめぇ、やっぱり聞いてたんじゃねぇか!」
「ふむ、何のことだ? 私にはさっぱりだ」
先程とは打って変わり、リリアナはとぼけた顔を作って、嬉々として尋ねる。
……嬉しそうにしやがって、居たなら殴られる前に助けろよ。まったく、ほんと可愛くねぇ女だ。
不覚にも、付き合うという言葉に浮ついてしまった自分に激しく後悔する。
くそっ、何が恋に溺れてラブラブちゅっちゅだ、馬鹿馬鹿しい。そもそも、こんな女に、絶対に何があっても俺は……。
いや、『眠り姫の
俺は
「……なあ、テツロー」
「あん? なんだよ」
俺が
「ありがとう。私を見つけてくれて」
その言葉に、心温まっていくのを感じて自然と顔は
――そう、イメージや幻想なんかじゃない。本当の彼女を。
「馬鹿、俺は迷い込んだだけだよ」
俺は
「あぁ、そうだったな」
彼女は無邪気な笑顔を俺に向ける。その微笑みに悔しいかな、俺はどうしようもなく
誰もいない北棟の物置部屋で二人っきり。
確かにあの日、俺は一人の少女とおとぎ話のような運命的な出会いをしていた。
まぁだからと言って、今更少しデレたって駄目なもんは駄目だっ! そんなものでは俺の心は動かない。
絶対に、何があっても、俺は、いや――
――僕は暴君に恋をしないっ!
……こともない。
完
僕は暴君に恋をしないっ! ……こともない。 百地 @tutiyaman
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