第36話 届け、届け

「ピーニャンめちゃくちゃ拡散されてますよ!」

「……え?」


 促されディスプレイを見ると、私は腰を抜かしそうになった。件の記事はSNSにて、大拡散されていたのだ。

 それどころかピーニャンという単語がトレンドワードの上位に位置している。その流入もあり、PV数もうなぎ上りだった。


 休憩に入る前にはトップページでもSNSでも勢いはすっかり落ち着き、あとは下降していくだけのように見えた。

 それが、なぜ突然こんなことに。


 よく見てみると、ピーニャンに関する投稿の多くには、可愛い女の子の絵が載せられているようだ。


「おそらくこの投稿がきっかけになったみたいだね」


 中村さんが指し示したのは、ポケニューSNSへのピーニャン記事投稿に対するひとつのコメント。


「誰か擬人化してくれよ」


 実はこれは十数万のフォロワーを有する人気アカウントによる投稿だったようだ。

 これにSNSで活動しているイラストレーターたちが反応。プロアマ問わず、皆が思い思いのピーニャン擬人化イラストを描き、ネットの海に解き放っているようだ。


 これには日本のみならず、海外のアカウントからも「ジャパンがまたやった!」などとコメントが寄せられ、世界的に反響を呼んでいるらしい。


 台風のピーニャンはたった数時間で、ネットの人気者になったのだ。


「す、すごいですねぇ、ネットの力って」


 この騒ぎを前に、他のどの感情よりも驚きが勝ってしまった。私の口からしみじみと、そんな言葉が出ていく。

 すると中村さんとオーランドさんは目を剥く。


「何言ってるの、蒼井さんが仕掛け人でしょ」

「そうですよ。何を他人事みたいなこと言ってんすか」

「えっ、いやいやそれは違いますよ。ピーニャンがここまで拡散したのはどう考えても、擬人化の提案を提案したこの人のおかげでしょう」

「でも最初にピーニャンに注目したのは蒼ちゃん先輩ですよ。つまりすべての始まりは、蒼ちゃん先輩じゃないですか。インフルエンサーですよ、マジで」


 想定以上におだてられ、私はもう恐縮する他ない。

 正直なところ、実感として私が広めたという意識を持てない為、喜んで良いのかもわからなかった。

 そこへ玉木さんもやってきた。無表情でノートPCを押し付けてくる。


「ほら、おまえが作った記事のコメント欄、見てみろ」

「ええ、それは……私、金森あずさ事件からコメント欄を見るのが完全なトラウマに……」

「いいから見ろや」


 半ば強制である。私は一度深呼吸し、恐る恐るコメント欄に向き合う。

 そこには大多数のポジティブな意見があった。「やるじゃんポケニュー」「よく調べた」「ピーニャン可愛い」など。

 しかし中には「災害をおもちゃにするな」など厳しい意見もちらほら見られ、「ひぃ」と身震いしてしまう。


「あ、このコメント。良いこと言ってくれているね」


 中村さんが指差したのは、とある1件の長文コメント。


「ピーニャンというキャッチーな部分を注目させ、台風10号の接近を意識させたのは見事。補足情報でしっかり対策も載せてるし。一見くだらないものに見えるけど、こういうところから人の意識、ひいては世界は変わっていくと思う」

「……っ」


 ジワリ、と視界が歪んでいく。


「ほんとっすねぇ。蒼ちゃん先輩が昨日言っていた記事の向こう側まで、きちんと届いた証拠じゃないすか」

「オーランドの案にしていたら、これが批判コメントに変わっていたかもね」

「でも僕の案なら、これ以上に賛否両論の大反響を呼んでましたよ、きっと!」


 中村さんとオーランドさんは2人で顔を見合わせて笑い合う。

 ただ玉木さんはというと、どこか意地悪そうな笑みを浮かべながら、私を見つめて離さない。

 本当に玉木さんは、悪い人だ。なんて迷惑な観察眼だろう。


「っ……すみません、私ちょっとお手洗いに……」


 彼らの視線を背中に感じながら、私は早足でトイレへ向かった。




 個室トイレに入ると、水風船に針を刺したかのように、涙が溢れ出してきた。

 しまった、メイク直しも持ってくるべきだった。一体どんな顔をしてみんなの元へ戻れというのか。何なのだ、本当に。


「あぁもう……止まれ、止まれ……」


 大人になってここまで大泣きしたことが、いまだかつてあっただろうか。

 いや、あった。ほんの数日前、自宅で号泣していたじゃないか。あずさちゃんの音楽を聴きながら、あずさちゃんに心の中で何度も謝りながら。

 ただ、あの時の涙と今の涙がまるで異なる代物だと、自覚するほど更に溢れ出す。


 もしかしたらネットニュースによって世界は、良くなるのかもしれない。

 あるいはネットニュースのせいで世界は、良くならないのかもしれない。


 それでも私は明日もこれからも、闘い続ける。どーでもいい記事ばかりの、軽く見られがちなネットニュースの世界に身を捧げていく。


 ディスプレイの向こうにいる人々に向けて、思いを届け続けるのだ。

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ネットニュースで世界が良くなるわけがない 〜配属先にいたのは、芸能人の不倫が大好物な人たちでした〜 持崎湯葉 @mochiyuba

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