第8話 焔と光


≪???視点≫


 燎原りょうげんの火が辺りを魅了する。

 すべての闇を喰らいつくさんとして広がり、瞬時に影が負けた。闇の絶叫と迸る火柱――彼らは火の海に沈んだ。


(ふん、何だ…… 一撃じゃないか)

 “その人物”の口はほころんだ。たまたまいた部外者が標的を攪乱してくれたおかげで隙を作れた。洞窟を這いずりまわった甲斐があるもんだ。爆炎魔法一つで沈んでくれたのだから――運がいい。


 やはり達成感がある、容赦なく『人を焼き殺す』のは。

 彼は禁忌魔法に憑りつかれた魔導士“落ち”で、人を殺し尽くしてしまったため、帝国を追い出されたのだ。そして今のがその力を買い、雇われた。


『こいつを殺してこい』


 主は魔導士の姿を認めるや否や、ぼろぼろの紙を見せてくる。

 帝国では俗に“勇者”と呼ばれる家系の、悠然と剣を構える少年の手には賞金首として描かれたこれまた少年と同年代の男が載せられている。

 写真写りはあまりよくなく、真っ暗闇で撮られたものらしい。服はぼろぼろで、ほぼ半裸。だが、その裸肌の大半は蒼い線模様の痣で蹂躙され、呪印が施されたように禍々しい。その人物の眼光は鋭く、胡乱げに、またあらゆるものに憎悪したような眼をしている。


『場所は追って伝える。は行く所があるんでな』


 勇者一行は魔導士の下から転移魔法陣を描き、瞬時に去る。

 二度と会うことはないだろう――とでもいうように、期待するそぶりもなかった。偵察くらいはできるだろう、その程度しか能がないと切り捨てた印象を受けた。


(ちっ、クソガキが。オレサマのことを何だと思ってやがる……!)


 年下の彼に命令されるのは癪だったが、まあいい。結果オーライだと思った。これで五千万ラグルはいい商売すぎる。


 その人物が放った焔より遥か後方にいる焔魔導士。

 爆心地から離れているとはいえ、爆音が耳をろうし、両耳を手で覆った。追って衝撃波が岩壁を叩いた。びくともしなかったが。


 もくもくと残りかすを焼き払う黒い煙。それが隙間風によって少しずつ払われる。跡形もなく消え去っただろう――にたにたとした笑みを浮かべ、恍惚感を味わおうとした――


(な――!)


そこには爆発前と変わらぬ姿があった。幼女と白いもふもふ、その前に陣取るようにして立つ標的……傷一つついていない。


(どういうことだ……?)


「おい、この程度の攻撃で俺を仕留めたつもりか?」


 残り火を払うようにバッと手を広げ、叫ぶ標的。何をしたのか分からなかった。ただ、完全に俺の攻撃を防いだことは分かる――くそ、どうやった! 勇者の刺客は歯ぎしりして上等な紅のローブを巻き込んで拳を作った。

 痣のある標的はいった、嘲笑するかように。


「『日雇い』風情が、いい気になるなよ」


 その顔には誰かを護る眼をしていた。憎たらしいほど、殺したくなる顔……

 


「何? 何?」

「――まあ、普通囮ってのはこういう風に使うよな」

 ぎゅう、とポポに抱き着いたアルスに落ち着いた声でいった。


「……囮? そういえば囮って何?」

「気にしなくていい。『こっち』の話だ」


 アルスと綿毛は見つめ、同時に首をかしげる――何のこと?

 

 別の方角を向いて、彼は叫ぶ。誰もいなくとも、

「おい、この程度の攻撃で俺を仕留めたつもりか?」


 反響して隅々まで浸透する声。

 だが、地底内を行きかう冷風が答えるだけで誰も返さなかった。息をひそめたように。

「逃げたの?」

「いや」

 即答した。

「まったく、どうやら相手さんはかくれんぼがしたいらしい。俺にはバレバレだが、機会をうかがっているらしいな」

「うう……まだ狙ってるの?」

「そうなる。巻き込んで悪い」


 さらに強く抱きしめるアルス。

 殺されるのではないかという彼女の恐怖が伝わったのか、抱き着かれた綿毛が最高潮に光り輝いた。

 爆炎で負けた闇を跡形もなく消し去り、辺りに色が宿っていく。

 蒼い氷の結晶。どうやら元々は氷の洞穴だったらしい。道理で寒いことだ、と白い息を吐きだす彼女。まだまだ怖い感情は拭いされなかったようで、目をつぶりながら宣言するようにいった。


「ポポー! 何とかしてー!」


 するとポポの中央からにょきっと巨大な機械が現れた。

 ガトリング式のじゅう砲台だ。


「『古代兵器』……やはりあのだな」

 少年の目がほのかに輝きだすと同時に、光の収束が始まった。砲台の先端に精霊由来の力が集まり、白銀の玉が出来上がる。まだまだ集まるようだ。

 一部アルスに当っているがあまり効果がないように見受けられた。


 ほんの数秒でこぶし大の大きさに縮小、そこから光線を放ち、一直線に進む。下から上へ、まるで薙ぎ払うように光速の一閃を放って、光の筋は消える。遅れて壁が割れた。

 地面が怒るような爆発音とともに大地は蹂躙。縦型の風穴を開け――その隙間に暗殺者がいた。


「――っ、なんで」

 ――ここが分かった!? 慌てたような声を発する。

「ほぅ、感知までできるのか」

 気付かなかったの?――とポポははずみ、少年は頬の痣を掻いた。

「――残念ながら。正確な場所までは厳しくてね。しかし今の……?」

 一方、

「さぁ! ポポ‼ あの相手をギタギタのメタメタの、ニギニギしてしまうのだ‼」


 アルスはポポの背に隠れ、目をつぶったまま命令した。

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トロコフォアの喘鳴 ライ月 @laiduki_13475

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