第7話 ???

「子供と綿毛だけで、よくここまで来れたな」


 片手で短剣を弄びつつ、痣のある少年がお世辞を含んだ称賛を送る。眼光炯炯がんこうけいけいと相手を見定めるように、彼女たちを目でなめ回した。


 一方、彼女の方――アルスはとても呑気だった。


「そのかっこう、寒くないの?」

「――んあ?」

 突拍子のない質問に、少年は眉をひそめる。

 アルスはさらに言う。

「だって、寒そうなかっこうなんだもん! こう……前のほうとか、手やら足やらがぼろぼろの穴だらけ! スースーするでしょ? ――ねぇ、寒くないの?」


 何言ってんだ、こいつ――相手の顔がそう言っている。


「時間稼ぎか何かか? 随分露骨だが」

「ふぇん……ポポ、全然話聞いてくれないよ……」

 照明代わりのポポがポフ、とアルス側に近づく。耳打ちをするようにアルスの耳をこすり、彼女は首を傾ける。

 何度か頷いて、目が輝いた。少年そっちのけで何かひらめいたらしい。


「なるほど! 服をあげればいいんだね!」

 ポフン……とまた跳ねる。彼女はイキイキと命令した。


「――ということで、ポポ、『脱皮』して!」

 彼女の声に身体を震わせて、光の玉がピリリと亀裂が入る。卵の殻が割れるように、上から下へと縦方向に分厚い皮が剥け、新たな身体がぴょこんと飛び出した。

 光を失った古い方をキャッチして見せる。


「どうこれ、ポポのはあったかいんだよー! だから」

「要らねぇ」

「でも!」

「要らねぇ」

「それでも!」

「要らねぇって言ってんだろ」

「……むぅ」


 渋々アルスは折れた。

 ふくれっ面を見せながら、ポケットにあった刃物を取り出し、袖口を作る。


 ☆


「こっから先に何の用がある?」


 寒くないと固辞されたので、ポポの毛皮を自分で着ながら――実際寒かった――アルスは「用?」とオウム返しする。少し考えてから自信満々に答えた。


「用は、ない!」

「なら、去れ」

 少年は厳しい口調で続ける。


「ここから先は自殺行為だ。俺を誘き寄せるだけなら、そこまでしなくたっていいはずだ」

「むう、それなんだけどねぇ」

 首をひねりながら、もう一度説明を試みる。

「アルスたちは古井戸から落ちてきただけなんだってば」

「んなもん信じられっか」

「逆に何で君はここにいるの? 君も落ちてきたクチ――」

「生まれてからずっとここにいる、それだけだ」

「それも『信じられっか』だけどねぇ……」


 やはりいつまで経っても話が平行線だ。


「ポポ、どうしよ?」

 脱皮したところで普段通りのポポだ。洞窟の照明がポンポンと跳ねる。


「『気にしなくていい』? なるほど! じゃあ、さっさと先に進もう!」

 ポポの決定に首肯して、アルスは気持ちを切り替える。少年の存在をかなぐり捨てるようにずんずん歩く。


「おい」

「さぁて、一番奥には何が有るかなぁ」

 目線は奥に向けられている。とうに二人旅の気分だ。


「ちょっと待てよ」

「ポポも楽しみだよね~、アルスも楽しみ♪」

「おい待てって!」

 アルスは手を掴まれた。


「なに? 言っとくけどアルスたちは無関係だよ」

「それはいい。なら聞くが、何の用もないなら、なぜ先に進む?」

 放してくれるなら言うけど、と念を押す彼女。少年は約束するように頷く。


「うーん、そうだなぁ……」

 片方の手を顎にやって少し考えた。そういえば何でここに来たっけなぁ~、と根本を考えるとすぐに答えに辿り着く。


「『苦しそうな声が聞こえたから、助けてあげたい』――かな?」

 何かに凝然とする彼を気にせず、アルスは大ぶりな身振り手振りを使って説明してみた。


「この上の方にね、それはそれはでっかい湖と、ほんのちょこんとしかない島があるわけ。その上にはね、こんなしなびたちっちゃな井戸があるんだけど、そこから『びゅー』とか『びょー』とかって聞こえてくるわけ。

 最初は隙間風かなぁって思ったんだけど、それにしたって聞こえる時と聞こえない時があったから、何かあるって思うでしょ? ――これって多分だれかが苦しんでる声だと思ったの。


 だからこの先に、何か棲んでるのかって思って、それで来てみただけ。多分君じゃなさそうだから、助けを求めてるのはさらに下みたいだね」


 じゃ、そういうことで――という風にアルスは歩き出した。

 少年が引き留めるように掴まれた手はとうに緩み、アルスは自由になったのだ。

 沈黙を貫く少年を置いて、奥に向かっててくてく歩く。

 ふわふわとポポもついていって、少年のいるぽっかりと開いた空間は徐々に光を失っていく。

 

「なぁ、ここには一人で来たのか」

 薄闇に埋もれるように彼はいった。憤然と言い返す。


「一人じゃない! ポポも一緒だよ!」

 ポポが大きくなって躍り出る。広場に居座る薄闇を、黒き闇を過ぎ去って光の範囲を広げる。少年は考え込み、

「『救済の精霊』――か」

「――む?」

「なるほど、大体わかった」


 ―― 一人で納得された……。

 初めて少年に笑みが零れ、どういうこと?――と思っていると、足許が光った。ポポ以外の光の紋様が円形に広がり、少年と彼女は円の内側に包み込まれた。


「何」


 これ?――と、彼女が思うや否や、辺りは焔に包まれた。


 ※現実が邪魔をしてくれて執筆できません。

  今週は忙しいので、多分週末更新とかになります。

 

 

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