第6話 痣のある少年

 ここまで下りてきた甲斐があった。

 奥に進めば進むほど、アルスの目が輝く。


 地下水が流れるせせらぎ。

 鮮やかなあおに色づく地底湖と滝。

 今のポポの親子ともいえる発色植物。

 キノコ類。

 鉱物の原石……それらが蝟集いしゅうした景色はたまらなくうれしくなる。

 いままで見たことがないほど、美しかったからだ。


 まるで国賓を最大限にもてなそうと、時間をかけて形作られた傑作を鑑賞した気分になる。凝縮した神秘と未知が綯交ないまぜになった景色が微笑んでくれ、今まで待っててくれた――これが彼女が待ち望んだ探検の醍醐味なのだ。


 だが、足元の岩盤だけは冷笑してくる。地下水脈から滲出してきたせいで、滑りやすくなっている。硬い地面の上で転べば、とても痛いはず。

 下だけではない、冷笑してくるのは。

 足元よりもさらに厄介なのは……、予告なく来る“殺気”。


「来るの?」

 突然手の中の光が点滅した。

 ポポの“予知”を信じ、何かを探すように首を動かす彼女。

 


 毎度おなじみになってきたがくる前に見つけ出したい――あった!

 少し離れた場所にある、くぼんだ壁を隠れ蓑にする。飛び込んだ直後、奥から壊れた笛の音、そして――ぞくりとするような


 目前の暗晦あんかいから強風が吹き、容赦を知らない強さで岩肌を乱雑に洗った。通路全体を痛烈に非難して……止む、何事もなかったように。


 奥に行けば行くほど、この風は強くなり、さらに攻撃力――不快な音と冷気――をともなった。

 大音量で叫ぶ音は耳をふさげば我慢できるが、問題は後者だ。

 間に合わず、全身に浴びてしまえば瞬時に凍傷を負ってしまうほどに冷たいのが厄介なところ。

 おまけにその強さは振り出し――『最初の広場』――にまで戻ってしまう位だろうと軽く予想できる。


 突風中は先に進めない。

 止んだ時のみ、進むことが出来る――まるで“ゲーム”だ。

 風が来るかどうかは、ほとんどポポの勘に頼ることになるが、『完全に予知』しており、アルスは難なく逃れることができている。


 濡れて滑りやすくなる地面に足をすくわれないよう気を付け、手から射出された一縷いちるの光を照らして、てくてくと進んだ。


 

 やがて十数回もの“ゲーム”をクリアしていくと、墨色に満たされ続けた通路は緩やかな曲線を描いてもぐっていく。

 滑らないように歩を進める。岩の地面はどんどん角度が急になってきて、段差が生じ始めた。下へ続く階段らしい。

 え、まだ先があるの?――と、無意識のうちに畏怖してしまうが、怖気おじけづくことなく最深部へ。

 すると――、



「ただののくせに、死にてぇのか?」

「……ふぇ?」


 最下層へと続く大ぶりな螺旋階段の中腹にて、このような声を聞いたような気がした。

 止まって聞き耳を立てるが、続きは聞こえない。


「ただの気のせいかぁ」

「ボケてねぇでさっさと降りて来いよ」


『かくれんぼ』は終わりだ――と相手は続ける。

 どうやら階段を降りた先に誰かがいるようだ。

 両手を解いてポポを外に出す。大きくなった相棒と顔を見合わせるアルス。

 


 ――どうする、ポポ。

 以心伝心は成功したようだ。ちかちか光る。

 ――『敵意はなさそうだから何とかなる』って? よし、信じる!


 宣言どおり、ポポが先導するようにふわふわ降りていって、恐る恐るアルスがついていく。降りると少しだけひらけた空間があった。

 その中央に、誰かが立っていた。アルスより年上だが、それでも子供。せいぜい十歳程度の少年にしか見えない。


 しかし、ほの白く灯った二つの瞳は、獰猛さと冷徹さが籠められている。

 その証拠として、少年の小さな身体を切り裂いた跡のような浅黒い痣がさんざん浮かび上がっていたのだ。


 相手は眼光鋭く、アルスたちを射抜こうとした――が、

「綿毛と……子供?」

 少年は疑問混じりな言葉を吐き落とした。

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