「機械的」ではない「自然」なストーリーとは
この「物語の構成篇」では、ハリウッド式の「三幕構成」理論をベースにしたメソッドを紹介してきました。日本にも「起承転結」「序破急」などの独自の構成用テンプレートがあることからも分かるように、「物語の構成=三幕構成」というわけではありません。
構成については、いろいろなテンプレートが存在し(そして今後もいろいろと出てくるでしょう)、それぞれに長所や短所があります。これから小説を書いてみようという方は、まずはいろいろな方法があることを把握したうえで、自分に合うものを使ってみるがよいのではないでしょうか。
さて「物語の構成篇」の最後となる今回は、あえて「三幕構成」ではないメソッドを紹介したいと思います。参考図書は、
『ストーリーの解剖学 ハリウッドNo.1スクリプトドクターの脚本講座』
ジョン・トゥルービー=著
です。
著者のジョン・トゥルービーは、”脚本のお医者さん=スクリプトドクター”として名を知られ、ウォルト・ディズニー・スタジオ、ソニー・ピクチャーズ、フォックス、HBOなどが製作する多くの作品でストーリー・コンサルタントやスクリプトドクターをつとめています。
彼の代表著作『ストーリーの解剖学』は648頁の大著(鈍器本)で、かなり読みごたえがあるのですが、ストーリーに必要なすべての要素について、かなり細かくレクチャーしてくれていますので(かつ事例も豊富)、ストーリーについて徹底的に学びたいという方にはオススメです。
早速、『ストーリーの解剖学』から引用してみましょう。
三幕理論によれば、あらゆる映画のストーリーは三幕で構成されているということになる。第一幕は序盤、第二幕は中盤、第三幕は終盤だ。第一幕はおよそ30ページ、第三幕も30ページほど、そして第二幕はだいたい60ページ。また、この三幕構成のストーリーには、2〜3個の「プロット・ポイント」(何を意味するものであれ)がなければならないとされている。要はたったのこれだけ。簡単でしょう? それではこの理論を使ってプロ級の脚本を書いてみよう!
今の私の説明は三幕構成を要約したものだが、実はそれほど大幅に要約したわけでもない。こういう初歩的なアプローチには、アリストテレス以上に実用的価値がないことが分かるだろう。しかし実用価値がないということ以上の罪は、この理論がストーリーを機械的に扱っているところだ。三幕に分けるという発想は、章の終わりごとに幕が下ろされる、いわゆる伝統的な芝居の決まりごとからきた発想だ。映画や長編・短編小説、いや、演劇の舞台でさえも、現代ではもはやそんなことをする必要はまったくなくなっている。
――『ストーリーの解剖学 ハリウッドNo.1スクリプトドクターの脚本講座』
なぜ三幕構成には「実用価値がない」のでしょうか。本書によれば、「ストーリーを機械的に扱」うからです。
そもそも「名ストーリーは自然なもの」であり「観客が自然だと感じられるものでなければならない」というのが本書の主張です。
「機械的」と「自然」という相反する言葉が出てきました。本書によれば「三幕構成」を使うと「自然な」ストーリーは作れない、ということになります。この批判については、三幕構成擁護派からの反論がいくつもあるのですが、ひとまずそれは置いておいて、ここでは本書の主張とメソッドを見ていくことにしましょう。
映画脚本であれ、長編小説であれ、戯曲であれ、短編小説であれ、どんな分野のストーリーテラーにも使える実用的な劇作論を私は本書で示そうと思っている、ということだ。本書でやろうとしていることは、
◎名ストーリーは自然なものであるという事実(機械ではなく成長・発展する生きた人体のようなものだということ)を示すこと。
◎執筆するジャンルを問わず、そのジャンルで成功するために有用で精密な手法を用いた厳密な技巧としてストーリーテリングを扱うこと。
◎オーガニックな執筆プロセスを網羅すること―つまり、自身の独創的なストーリー・アイデアから自然な形で成長・発展するキャラクターやプロットを創りだすこと。
どんなストーリーテラーでも直面する難題のひとつは、今挙げたひとつ目とふたつ目の矛盾をどのように乗り越えるかということだ。ストーリーを構築するためには、ずらりと並んだ膨大な手法を擁する何百、何千もの要素を駆使しなければならない。それでいて、ストーリー自体は観客が自然だと感じられるものでなければならないのだ。
――『ストーリーの解剖学 ハリウッドNo.1スクリプトドクターの脚本講座』
では、その「どんな分野のストーリーテラーにも使える実用的な劇作論」について具体的に見ていきましょう。
自然なプロットとはそもそも何なのでしょうか。本書『ストーリーの解剖学』は、自然なプロットの特徴を次のようにまとめています(一部抜粋して紹介)。
《自然なプロットの特徴》
◎自然なプロットは、主人公のキャラクター・チェインジの理由を説明する一連の行動を見せてくれる。
◎自然なプロットでは、各出来事は因果関係で結ばれている。
◎自然なプロットでは、各出来事がどれも必要不可欠である。
◎自然なプロットは、プロットの組み立てが、作者から押し付けられたものではなく、メイン・キャラクターから自然発生的に生み出されたように見える。
◎一連の出来事に統一性と完全性がある。
ちなみに「キャラクター・チェインジ」というのは、本連載でのちに解説する「キャラクター・アーク」と同じものです。
【キャラクターアーク篇:「キャラクターアーク」とはなにか】
https://kakuyomu.jp/works/1177354055193794270/episodes/16816700427341651891
「三幕構成」理論によれば、ストーリーは「発端(=第一幕)」、「中盤(=第二幕)」、「結末(=第三幕)」の「3」幕で構成されていると考えます。
また「三幕構成」の「ミッドポイント」で第二幕は二つに分割できる、という考え方に従うと、物語は「4」幕で構成されていることになります(『工学的ストーリー創作入門』など)。
そして『SAVE THE CATの法則』の「ブレイク・スナイダー・ビート・シート(=BS2)」では、物語は「15」のビートで構成される、と考えます。
「3」「4」「15」といろいろな数字が出てきて、混乱してしまいそうですが、今回紹介する『ストーリーの解剖学』では、ストーリーの「22段階の道程」が示されます。
《ストーリー構造の22段階の道程》
1 自己発見、欠陥、欲求
2 亡霊とストーリー・ワールド
3 弱点と欠陥
4 誘因の出来事
5 欲求
6 仲間または仲間たち
7 ライバルおよび(または)謎
8 仲間のふりをしたライバル
9 最初の真実の発見と決断―欲求と動機の変化
10 プラン
11 ライバルのプランとメインの反撃
12 駆動
13 仲間による攻撃
14 疑似的敗北
15 第二の真実の発見と決断―執拗な衝動、欲求と動機の変化
16 観客による真実の発見
17 第三の真実の発見と決断
18 門、ガントレット、死の国への訪問
19 決戦
20 自己発見
21 道徳的決断
22 新たなバランス状態
「三幕構成」をテンプレートとして使う際の最大の難点は、真ん中に相当する第二幕に、具体的に何をどのくらいの分量で書けばよいのか分かりづらい、ということでした。真ん中に「ミッドポイント」を置けばよい、といううことは分かるものの、ストーリーの最大ボリュームとなる第二幕についてもう少し何か指針が欲しいところです。
そこで『SAVE THE CATの法則』の「ブレイク・スナイダー・ビート・シート(=BS2)」では、創作者が迷わないようにより細かくストーリーの要素を分割しました(15のビート)。
今回は「15」よりも細かい「22」です。『ストーリーの解剖学』は、フィルムアート社から出版されているすべての創作指南書の中でも、もっとも細かくストーリーを分解している本です。これだけ細かくストーリーを分割するということは、むしろどの本よりもストーリーを機械的に扱っているのではないか、という疑問が出てきそうですが、本書では次のように説明しています。
22段階の道程がとてもパワフルな理由のひとつは、これが「何を」書くべきかを教えてくれる公式や類型のようなものなのではないところにある。これが教えてくれるのは、ストーリーを「最もドラマティックな方法で」観客に見せるための方法だ。これは、あなたのプロット全体に徹底的に正確な地図を提供し、あなたが最初から最後までしっかりと安定したストーリーを築き上げて、実に多くのライターが苦しんでいる分断されて機能しない中盤を回避することを可能にしてくれるものだ。[……]
一見すると、22段階の道程を使うと、自然なストーリーではなく機械的なストーリーができそうに見え、創造性が阻害されそうな印象を受けるだろう。多くのライターがあまり周到すぎる執筆計画を立てることを恐れている理由のひとつもそこにある。しかし、だからといって書きながらストーリーを作って行こうとすると、最終的に行き詰ってしまうものだ。22 段階の道程を使って、計画の立てすぎと無計画という両極端を回避すれば、創造性は確実に向上するはずだ。22段階の道程はストーリー執筆の公式ではない。22段階の道程に足場を提供してもらう代わりに、書き手であるあなた自身は創造性を研ぎ澄まして、確実に自然にストーリーを展開させなければならないのだ。
――『ストーリーの解剖学 ハリウッドNo.1スクリプトドクターの脚本講座』
計画を立てすぎることにより創造性が阻害される可能性があるが、だからといって無計画のままだと「分断されて機能しない中盤」が生じてしまう。それを回避するためにこの「22段階の道程」が役に立つ、と本書は説いています。
「22段階の道程」は公式やテンプレートではなく、あくまで「足場」であり、「22」という数字にこだわり過ぎる必要もない、とも述べています。
ストーリーの種類や長さによっては、段階の数が22よりも多かったり少なかったりするかもしれないからだ。[……]
ストーリーはアコーディオンのようなものだと考えよう。どこまで縮められるかには限界があり、7段階の道程よりも少なくなることはあり得ない。それが自然なストーリーにおける最低限の数なのだ。
――『ストーリーの解剖学 ハリウッドNo.1スクリプトドクターの脚本講座』
本書によればこの中でも絶対に必要不可欠な「7段階」があります。さきほどの「22段階の道程」のうち絶対不可欠な「7段階」に「◎」をつけてみました。
《ストーリー構造の22段階の道程》
1 自己発見、欠陥、欲求
2 亡霊とストーリー・ワールド
3 弱点と欠陥[◎]
4 誘因の出来事
5 欲求[◎]
6 仲間または仲間たち
7 ライバルおよび(または)謎[◎]
8 仲間のふりをしたライバル
9 最初の真実の発見と決断―欲求と動機の変化
10 プラン[◎]
11 ライバルのプランとメインの反撃
12 駆動
13 仲間による攻撃
14 疑似的敗北
15 第二の真実の発見と決断―執拗な衝動、欲求と動機の変化
16 観客による真実の発見
17 第三の真実の発見と決断
18 門、ガントレット、死の国への訪問
19 決戦[◎]
20 自己発見[◎]
21 道徳的決断
22 新たなバランス状態[◎]
7つを抽出すると次の通りです。
《ストーリー構造に不可欠な7段階の道程》
1 弱点と欠陥
2 欲求
3 ライバル
4 プラン
5 決戦
6 自己発見
7 新たなバランス状態
繰り返しになりますが、(『ストーリーの解剖学』によれば)「ストーリーは自然なもの」でなければなりません。そして、キャラクターが「成長・発展」してこそ「自然」といえます。つまり、キャラクターの成長に必要最小限の段階、それがこの「7段階」ということなのです。
この7段階の道程は、言わばストーリーの核やDNAにあたるものであり、あなたがストーリーテラーとして成功するための基盤となるものでもある。なぜならの道程は人間行動をベースにした道程だからだ。つまり誰でも人生における問題を解決するためにたどらなければならない段階の数々なのだ。
――『ストーリーの解剖学 ハリウッドNo.1スクリプトドクターの脚本講座』
この「7段階」さえ押さえておけば、キャラクターの成長については最低限描くことができます。ただし、(「三幕構成」理論の欠点でもあった)物語の中盤について、迷わないようにするためには残りの15段階をうまく活用することが必要です。
7段階の道程はストーリーの序盤と終盤のものばかりだ。それ以外の15段階は、ほぼすべてがストーリーの中盤に見られるものだ。多くのストーリーの上手く行っていない箇所こそが、この中盤である。
――『ストーリーの解剖学 ハリウッドNo.1スクリプトドクターの脚本講座』
『ストーリーの解剖学』では、第3章まるごと使って各段階について解説したうえで(「第3章 ストーリー構造に不可欠な7段階の道程」)、第8章であらためて22段階すべての段階について解説しています(「第8章 プロット」 。
ここで紹介すると膨大なボリュームになってしまうので、詳しく知りたい方はぜひ本書をご覧ください。
本書で繰り返し言及される「自然なストーリーではキャラクターが成長する(=キャラクターの成長こそがストーリーである)」という考えは、実は本連載でこれまで紹介してきた他の本でも述べられています。
多くの場合、キャラクターの成長は「キャラクターアーク」という概念で説明されています。
【キャラクターアーク篇:「キャラクターアーク」とはなにか】
https://kakuyomu.jp/works/1177354055193794270/episodes/16816700427341651891
構成とキャラクターアークを組み合わせて(というより同じものとして考えて)優れたストーリーを作ろう、というのが基本的なハリウッド的な脚本メソッドの考え方です。
そう考えると『ストーリーの解剖学』とその他の本では本質的な部分では同じことを言っているといえなくもありません。
今回は、「物語の構成篇」の締めくくりとして「三幕構成」ではないメソッドについて紹介しましたが、これ以外にもさまざまな考え方(やテンプレート)が存在します。
最初から、ひとつの方法に固執するのではなく、いろいろな考え方に触れ、それぞれの長短をピックアップしながら自分にあった方法を探ってみるのがよいのではないかと思います。
最後に、これまで紹介してきたメソッドをまとめて図示したものを貼っておきます。ぜひご活用ください。
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