キャラクターアーク篇
「キャラクターアーク」とはなにか
本連載ではこれまで創作に関するいろいろなトピックを扱ってきましたが、その中でもとりわけ丁寧に解説したトピックが「キャラクター」と「構成」です(「キャラクター篇」「物語の構成篇」それぞれ8回に分けて解説)。
過去の解説の中で何度か「キャラクターの変化」について言及してきました。例えば「キャラクター造型に必要な5つの質問(つづき)」という回では、キャラクター造形に必要な(5つの)要素の一つとして、キャラクターが「どのように変わるのか(内面的変化の軌跡)」を描くこと、を挙げました。
https://kakuyomu.jp/works/1177354055193794270/episodes/16816410413977395970
このキャラクターの変化のことを「キャラクターの
キャラクターアークについては、一冊まるごとを費やして「キャラクターアーク」について解説した『キャラクターからつくる物語創作再入門 「キャラクターアーク」で読者の心をつかむ』という本が出ているくらい重要な概念で、しっかりと説明しようと思うと、とてもここに収まりません。
したがって、今回はポイントだけ説明することにします(のちの連載で「キャラクターアーク」についてはしっかりと解説したいと思います)。
上の宣言からずいぶんと時間が経ってしまいましたが、今回から「キャラクターアーク」について解説していきたいと思います。
連載の初期の段階でいきなり「キャラクターアーク」について解説しても、おそらくすんなりとは理解してもらえなかったのではないかと思います。ひととおり「キャラクター」と「物語の構成」についての基本的な知識を習得したこのタイミングで、「キャラクターアーク」について学ぶことがベストだと思っています。
さて「キャラクターアーク」について考える際に、必ず覚えておかなければならないことがあります。それは「キャラクター」と「物語の構成」の関係についてです。この連載で何度も引用してきたロバート・マッキー著の『ストーリー ロバート・マッキーが教える物語の基本と原則』の中から、おそらく本書でもっともよく引用される一節を紹介しましょう。この連載でもすでに何度か引用しました。
プロットか、登場人物か。どちらが重要だろうか。これは芸術が生まれて以来の論争だ。アリストテレスはこのふたつを秤にかけ、まずストーリー、つぎに登場人物だと結論をくだした。この意見は長きにわたって優勢だったが、小説の進化とともに振り子は反対側へ振れた。十九世紀になると、構成とは人間性を表現するために設計された器にすぎず、読者が求めているのは魅力的で複雑な登場人物だという考えが多く見られるようになった。今日に至っても議論はつづき、結論は出ていないが、その理由は単純だ。空疎な議論だからだ。
構成と登場人物のどちらが重要かという問いには意味がない。というのも、構成が登場人物を形作り、登場人物が構成を形作るからだ。このふたつは等しいものであり、どちらが重要ということはない。
――『ストーリー ロバート・マッキーが教える物語の基本と原則』
「構成が登場人物(=キャラクター)が形作る」、「登場人物が構成を形作る」とはどういうことなのでしょうか。この謎を解くカギこそが「キャラクターアーク」なのです。ここでは「キャラクターと構成は同じもなのだ」ということをまずしっかりと認識しておいてください。
「キャラクターアーク」を理解するのは、それほど簡単なことではありません。じっくりと時間をかけて解説していきたいと思います。最終的にはロバート・マッキーが述べていたことが理解できるようになっているはずです。
「キャラクターアーク」は、初学者にはあまりなじみのない概念ではありますが、この知識を習得することで、ライバル(=他の創作者)に大きな差をつけることができるようになるはずです。なぜなら、何の知識もなく小説を書き始めた人がもっとも陥りやすいのが、この「キャラクターアーク」の欠如だからです。
キャラクターに関しては完ぺきな「履歴書(キャラクターの外見や趣味、家庭環境から過去の出来事まで)」を作り込み、物語の構成は「起承転結」や「三幕構成」のテンプレートを採用する、そうすればあっという間に素晴らしい物語ができる…。そう思っている作家志望の人は多いのではないでしょうか。
確かに「キャラクター」も「構成」もしっかりと練られています。しかし、そのような人に限って「キャラクター」と「構成」それぞれを別個の独立したものとして考えてしまっていることが多いのです。それでは決して物語はうまく機能しません。マッキーのいうように「キャラクター」と「構成」を「同じもの」としてとらえることが大事なのです。「キャラクターアーク」を描くということは、キャラクターと物語の構成とがしっかりとシンクロし機能するということを意味します。
ぜひこの機会に「キャラクターアーク」についての理解を深めていただければと思います。
構成と登場人物は密接に結びついている。ストーリー内の出来事の構成は、重圧のなかで登場人物がどんな選択をし、どんな行動をとるかによって決まる。登場人物のほうは、重圧のなかでどう行動するかを選ぶことによって本性が明かされ、変化していく。一方を変えれば他方も変わる。出来事の設計を変えるなら、登場人物も変えなくてはならない。心の奥底を変えるなら、構成も作り変えて登場人物の変化した内面を表出する形にしなくてはならない。
たとえば、深刻な危機にある主人公が真実を打ち明けるという重要なシーンがあるとしよう。けれども、脚本家は最初の原稿に納得していない。熟考を重ねてこのシーンを書きなおした脚本家は、主人公が嘘をつくことにし、この正反対の行動に合わせてストーリー設計を変える。初稿から第二稿へのあいだに、主人公の表向きの人物像に変化はない。服装も職業も変わらず、同じジョークで笑う。だが、初稿では正直者だったのが、第二稿では嘘つきになっている。出来事を正反対にすることで、脚本家はまったく新しい人物を生み出すことになる。
これとは逆のプロセスをたどる場合もある。脚本家は主人公の本質を突然深く見抜いて、まったく新しい心理的要素を加えることを思いつき、正直な男を嘘つきへと変える。すっかり変わったこの人物を描き出すためには、特徴を書き換える程度ではとうてい足りない。辛辣なユーモアの感覚を持たせれば人物の厚みが増すかもしれないが、それでは不十分だ。ストーリーが同じなら、登場人物も同じままだ。登場人物を作り変えるなら、ストーリーも作り変える必要がある。新しくなった登場人物は新しい選択をし、異なる行動をとり、新しいストーリー――その男だけのストーリー――を生きていく。最初に手を加えるのが登場人物であれ構成であれ、結果として同じところに行き着く。
だから、「性格劇」ということばはあまり意味を持たない。あらゆるストーリーは登場人物の性格が主導するものだからだ。出来事を考えるのと登場人物を考えるのは、合わせ鏡のようなものだ。登場人物を深く表現するには、ストーリーをしっかりと設計しなくてはならない。
鍵となるのは、ふさわしいかどうかだ。
――『ストーリー ロバート・マッキーが教える物語の基本と原則』
さて、今回はイントロダクションとして、キャラクターアークについてのごく初歩的な知識について学んでいきましょう。
過去の連載でも何度か触れましたが、あらためて「キャラクターアークとは何か」について考えてみます。キャラクターアークは、書籍によっては「弧」や「キャラクターチェンジ」という言葉で表現されることもあります。
キャラクター・チェンジとは、別名キャラクター・アーク、キャラクター・ディベロップメント、変化域などとも呼ばれているもので、ストーリー全体の進展にともなうキャラクターの発展・成長を表す言葉だ。これはおそらく、執筆プロセス全体を通して最も難しく、最も重要なステップではないだろうか。
――『ストーリーの解剖学 ハリウッドNo.1スクリプトドクターの脚本講座』
キャラクターアークという言葉の意味がわかっていただけたでしょうか? つまり「キャラクターの変化の軌跡を描く」ということです。では、具体的にどのようにその変化の軌跡を見せていけばよいのでしょうか。「キャラクターは変化しなくてはならない」ということを知識として知っていても、それを実際に物語の中に落とし込むのはなかなか難しいものです。
『ゲド戦記』『闇の左手』などで知られる世界的なSF・ファンタジー作家、アーシュラ・K・ル=グウィンは次のように述べています。
変化は、物語の生まれるあらゆる源泉に共通する要素である。物語とは、何かが進行すること、何かが起こること、何か誰かが変化することだ。
――『文体の舵をとれ ル=グウィンの小説教室』
また『新宿鮫』シリーズなどで知られる大御所ベストセラー作家、大沢在昌さんも『小説講座 売れる作家の全技術』(KADOKAWA)中で同様のことを述べています。
では、どうすれば小説で人間を描くことができるのか。
小説というのは、ストーリーの進行によってキャラクターに変化を生じさせるものだと私は思っています。物語の始まりと終わりで主人公がまったく変わらないという小説は、まずない。ストーリーが進むにつれて主人公は変化する、ストーリーが登場人物を変化させていく、この変化の過程に読者は感情移入するんです。主人公の感じる怒りや悲しみ、喜びを、読者が共有する、これは非常に大事なポイントです。
(中略)
変化の過程に読者は感情移入する。これをしっかりと意識して小説を書くべきです。物語のあたまと終わりで主人公に変化のない物語は、人を動かしません。もう一度言います。「物語のあたまと終わりで主人公に変化のない物語は、人を動かさない」。これから物語を作るときには、主人公にどんな変化を起こさせるのかということを意識してストーリー作りに取りかかってください。キャラクターとストーリーが有機的につながるとは、まさにこういうことなんです。
――『小説講座 売れる作家の全技術 デビューだけで満足してはいけない』
アメリカで年間150冊以上の小説を売り込む敏腕文芸エージェントもまったく同じことを述べています。つまり「変化の過程に読者は感情移入する」ということです。
変化についてはしつこいほど書いてきました。それには理由があります。読者の感情を最も強く揺さぶることができる方法だからです。
変化はだれもが通らなくてはいけない普遍的な経験です。避けることはできません。人生を歩むなかでかならず訪れます。変化は必要ですが、困難で苦痛をともなうものであり、人それぞれに異なります。ストーリーの登場人物に変化が訪れるとき、読者は自分自身が経験した大きな感情の動きを思い浮かべます。登場人物に共感を覚えると言いつつ、実際は自分自身について考えているのです。
変化には小さなものも大きなものもありますが、最も大きな影響を生むのは、善への転換です。変化には瞬間的なものもあります。視点人物が知見を得る、突然の飛躍をとげる、的を射た質問をする、新しい見方で物事を見る、軌道を修正する、など、あらゆる方法で読者の予想範囲を飛び出すときです。
大小を問わず、あらゆる変化は読者のバランスを失わせるものであり、感情を引き出す技巧という観点から見ればすばらしいことです。
一般に、人間のなかで変わるものとは、信念か行動、あるいはその両方です。けれども、変化が読者の感情を揺さぶるのは、変化そのものよりも、変化を起こすことのむずかしさや、変化への抵抗からくるものです。変化を起こすのが困難であればあるほど、変化が起きたときの感情面での効果は大きくなります。
――『感情を引き出す小説の技巧 読者と登場人物を結びつける執筆術』
小説の冒頭とラストを比較してキャラクターが変化していればよいのだな、と安易に考えてしまうと、次のようなことが起こってしまいます。
前にも少し触れたが、一般的に考えられているキャラクター創作の標準的なアプローチは次のような感じだ。まず1人の人物に焦点をあて、その人物の弱点をできるだけ列挙した上で、その人物のストーリーを語り始め、ストーリーの終盤にその人物を変化させようと試みる。これ私は「電気スイッチ型キャラクター・チェンジ」と呼んでいる。最後のシーンで、まるで照明のスイッチを入れたように、パッと一瞬にして主人公が「変化」するからだ。この方法が決して上手くいかないことはもうお分かりだろう。というわけで、それ以外の方法を考えてゆくことにしよう。
――『ストーリーの解剖学 ハリウッドNo.1スクリプトドクターの脚本講座』
「ラストで突然主人公が変化する」ことも、変化であることには違いありません。ただ、読者がそれで感情的に惹きつけられるかどうかは別の話です。何のためにキャラクターを変化させるかといえば、それは読者を惹きつけ、感情移入を促すためなのです。
本連載の「物語の構成篇」では「三幕構成」を紹介しました。そこでは、物語が「はじまり」「真ん中」「終わり」の三幕に分けられることを確認しただけでなく、
・それぞれの幕で何を描けばよいのか
・それぞれの幕のボリュームはどのくらいか
など具体的な「幕の中身」や「サイズ」についても学びました。
実は構成と同様に、キャラクターの変化も「どこで何を描けばよいのか」という点に関してはっきりと決まっているのです。次回以降で解説しますが、キャラクターアークは「ストーリーの最後に生まれるのではなく、むしろ出だしに生まれている」ものです。出だしをどのように設定するかによって、どのような変化が可能になるのかが決まってくるのです。つまり、どこで(特に序盤で)何を描くのかが非常に重要になってくるということです。
また「どう変化するのか」についてのバリエーションには、全部で3種類あることも明らかになっています。
さて今回はキャラクターアークについてのイントロダクションをお送りしてきました。次回以降、キャラクターアークを描くための、より具体的な方法について解説していきたいと思います。
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