主人公は変化を嫌う

 今回から「キャラクターアーク」について詳しく見ていくことにしましょう。


 前回、「キャラクターアーク」には全部で3種類あることを確認しました。


 数回に分けて、まずは「①ポジティブな変化のアーク」について解説していきます。①をしっかりと理解することで、残りの②と③についての理解も早まるはずです。


 ここからは『キャラクターからつくる物語創作再入門 「キャラクターアーク」で読者の心をつかむ』を中心に解説していきたいと思います。


 本書では、ポジティブな変化のアークを「最も好まれ、共感を得るアーク」であると解説しています。ネガティブ(マイナス)がポジティブ(プラス)へと変化する、この変化の軌跡を体験することこそが物語を読む(観る)最大の魅力なのです。

 他の創作本のキャラクターアークに関する記述も、基本的にはこの「ポジティブな変化のアーク」のことを指していることがほとんどです。つまり「ポジティブな変化のアーク」は、物語におけるキャラクターアークの基本形といえるでしょう。

 主人公はどうやって自分の欠点を克服するか。それがストーリーの核だ。

 だ。内面の悪魔を設定しないとアークは生まれない。心の中の悪魔と戦い、人物は変わる。

――『工学的ストーリー創作入門 売れる物語を書くために必要な6つの要素』


 では、早速キャラクターアークの基本形である「ポジティブな変化のアーク」について学んでいきましょう。


 人は変化を嫌います。人生を変えたいと思っていても、いざとなると心が揺れる。そして結局、「このままでいる方が楽だ」と思う自分に気づきます。

 それはストーリーの登場人物も同じで、変化に対してかたくなに抵抗します。むしろ、ストーリーにとってはその方が好都合。なぜなら、抵抗はコンフリクト(葛藤、対立)を生むからです。そして、コンフリクトからはプロットが生まれます。このことだけを見てもキャラクターアークとプロットが関連しているのがわかりますね。その関連性がはっきり見えない場合でも、プロットは人物の内面の変化を映し出しているはずです。

 プロットは主人公の七転び八起きの軌跡と呼べるでしょう。ほしいものが手に入らず、何度も挑戦する人間の姿を映し出します。

 ポジティブなアークは優先順位の変化の軌跡でもあります。プロットが進むにつれて、ほしいものがなぜ手に入らないのかに気づいて変わるのです。何度も失敗する原因は、次の二つのどちらかです。

a それをほしがること自体が間違いだから。

b 自分の考え方や方法がことごとく間違っているから。

――『キャラクターからつくる物語創作再入門 「キャラクターアーク」で読者の心をつかむ』


 上の引用では重要な2つのポイントが指摘されています。


・主人公は変化したがらない(変化を嫌う)

・それゆえ主人公は変化に抵抗する


 抵抗はコンフリクトを生みます。この連載の「物語の構成篇」でも何度も触れてきた「コンフリクト(=葛藤・対立)」です。キャラクターを考えることは、キャラクターアークを考えることであり、葛藤や対立を生み出すという点で物語の構成を考えることでもあるのです。

 前回引用したロバート・マッキーの言葉「構成と登場人物のどちらが重要かという問いには意味がない。というのも、構成が登場人物を形作り、登場人物が構成を形作るからだ。このふたつは等しいものであり、どちらが重要ということはない。」の意味が少しずつ理解できてきたのではないでしょうか。


 さて次に、キャラクターアークを考えるうえで重要な概念が登場します。それは、人物が信じ込んでいる「噓」です。


 アークは「人物が信じ込んでいる噓」をめぐって展開します。今の生活がどうであれ、どんな人物も自分に「噓」をついています。

 。人物にどこか不完全なところがあるのは、生まれた境遇や住む環境のせいではありません。強制収容所にいるから心を病むとは限りませんし、豪邸に住んでいるから幸せとも限りません。逆に、裕福な暮らしの人物が、希望もなくみじめな思いをしているかもしれません。

 人物の不完全さとは「内面」の未熟さを指します。自分や世界に対して間違った思い込みがある状態です。次節で詳しく説明しますが、この未熟さが人物を悩ませる障害となってプロットが展開します。

 最初は心のよりどころにしていたものが、ストーリーが進むにつれて決定的な弱点に変わっていく、という流れです。

――『キャラクターからつくる物語創作再入門 「キャラクターアーク」で読者の心をつかむ』


 主人公が信じ込んでいる「噓」はキャラクターアークの基礎であり、理由や原因となります。そして、主人公の世界が抱える問題点でもあります。これがうまく設定できたら、次はそれをどう正していくかを考えることになります。


人物の「噓」の例

『マイティ・ソー』…強い者が正しい。

『ジェーン・エア』…相手に服従しなければ愛してもらえない。

『ジュラシック・パーク』…子供は面倒で手がかかる。

『ウォルター少年と、夏の休日』…大好きな人たちは噓をつく。

『トイ・ストーリー』…気に入られなければ価値がない。


 この「嘘」は、別の本で紹介されている「内面の悪魔」という概念とよく似ています。こちらも紹介しておきましょう。


 内面の悪魔は誰にでもある。自然に解決する程度のものもあれば、セラピーを受けても効果がないものもあり、仕事や家庭生活の問題を生む。僕らはそれを「人生の浮き沈み」として片付ける。

 たいていの人は自分のバックストーリーを知らないか、気にしない。それが普通だ。隠れた心理に目を向けるのは配偶者や恋人ぐらいだろう。カウンセラーやソーシャルワーカーの仕事もそうだ。重度の場合は刑務所の精神衛生専門家の出番となる。

 だがストーリーは実生活とは違う。デクスターのようにリアリティの最暗部を描くと成功する。実体験から着想を得てもいいが、大胆に闇を描いてもかまわない。読者は闇の裏側をすべて知りたくなるだろう。

 深い作品と、それほどでもない作品の差はバックストーリーにある。

 内面の悪魔が引き起こすことよりも、いかに悪魔と折り合いをつけるかがドラマを生む。犯罪者やサイコパスが抱える悪魔は一般人のものと大差ない。ただ、悪魔の扱い方が大胆で恐ろしいだけだ。

 どんな人物描写にも内面の悪魔が使える。

その対処の仕方が人物のアークになる。

――『工学的ストーリー創作入門 売れる物語を書くために必要な6つの要素』


 そしてこの内面の悪魔の例として「臆病、わがまま、依存症、恐怖、虚栄心、傲慢、憎しみ、恨み、偏見、自信のなさ、愚かさ、天才、伝統、貧困、無知、社会的意識の欠落、純朴さ、道徳観念の欠落、性的逸脱……人の期待に反すること」などを挙げています。


 ネガティブなものがポジティブへ変化するのがポジティブな変化のアークです。主人公の初期設定である「ネガティブな状態」がしっかりと描けていないと、変化を描くこと自体もまた困難になります。

 どんな種類のネガティブを設定しようかと悩んでいる方にぜひ使っていただきたいのが『性格類語辞典 ネガティブ編』という本です。本書では、人間の「欠点」について考えられる要因や、関連する行動・態度・思考などを通して、キャラクターのネガティブな属性について学ぶことができます。

【『性格類語辞典 ネガティブ編』目次】


『キャラクターからつくる物語創作再入門』でポジティブな変化のアークの例としてたびたび取り上げられているチャールズ・ディケンズ作の『クリスマス・キャロル』の主人公スクルージは「人の値打ちは稼ぎの額で決まる」と信じています。英国で「スクルージ」といえば「ケチな人/守銭奴」の代名詞にもなっています。


『クリスマス・キャロル』のあらすじ

並はずれた守銭奴で知られるスクルージは、クリスマス・イヴにかつての盟友で亡きマーリーの亡霊と対面する。マーリーの予言通りに3人の精霊に導かれて、自らの辛い過去と対面し、クリスマスを祝う、貧しく心清らかな人々の姿を見せられる。そして最後に自分の未来を知ることに。

――光文社古典新訳文庫版『クリスマス・キャロル』の内容紹介より


 さて『クリスマス・キャロル』の主人公スクルージのネガティブな面は「けち」であることです(実はスクルージの欠点はそれだけではないのですが)。『性格類語辞典 ネガティブ編』にも「けち」という項目があり、ここを読めば「けち」属性のキャラクターの描き方(行動やセリフなど)がかなり具体的に記述されています。そしてもちろん「克服方法」も紹介されています。

 もし、主人公の「嘘」として何を設定すればよいのかわからないという方は、ぜひ本書をパラパラとめくってみてください。必ず役に立つ情報があるはずです。


 さて「嘘」の次は「WANT」と「NEED」について触れておきましょう(詳細に立ち入ると長くなるので詳しくは次回)。

 本連載の「キャラクター篇」で、主人公に「欲求と目標」を与えることが必要だと解説しました。


キャラクター造型に必要な5つの質問(つづき)

https://kakuyomu.jp/works/1177354055193794270/episodes/16816410413977395970

 ヒーローにゴールを与え、そのゴール目がけて積極的に行動させることが、読者をヒーローの味方につける早道、そして物語に食いつかせる早道になります。

(中略)

 というわけなので、自分に聞いてみましょう。

「このヒーローは、何を求めているの?」

――『SAVE THE CATの法則で売れる小説を書く』より


 その「欲求と目標」には「WANT」と「NEED」の2種類がある、というのがキャラクターアークを考えるうえで大変重要なポイントです。


 ごく簡単に整理すると


「WANT」…表面的な解決のために主人公が手に入れたがっているもの

「NEED」…主人公が本当に必要としている「真実」


となります。


 人物が信じ込んでいる「噓」はアークの理由や原因となります。初めから人物の心が「真実」に従っていれば、変化する必要はありません。「噓」は人物の心に巣食う虫歯にたとえられるでしょう。外から見れば白くてピカピカ。でも、中は腐っています。ドリルで掘って治療するべきですが、いそいそと歯医者さんに行く人はいないでしょう。

 虫歯の治療を億劫に思う人と同じように、人物も現実を否定します。違和感のある歯をこっそり舌でなぞったりしているのに、解決すべき問題があるのを認めたがりません。「噓」がもたらす痛い現実から目をそらそうとして、人物は矛先を他に向けようとします。メラニー・アン・フィリップスとクリス・ハントリーは次のように述べています。


 人物が向かう先は真の解決ではなく、結局は「解決だと自分で思っていること」だと判明します。

 問題だと思っていたことは単なる症状でしかなく、真の問題とは別物だと気づきます。


「噓」は人物の「NEED」と「WANT」の相違を生み、生き方やストーリーに影響を及ぼします。「NEED」とは人物が本当に必要としている「真実」。「WANT」とは人物が手に入れたがっているもので、表面的な解決のために追い求めているものです。

――『キャラクターからつくる物語創作再入門 「キャラクターアーク」で読者の心をつかむ』


 次回、「NEED」と「WANT」について詳しく解説していきます。概念図を下に示しておきましたので、ぜひ予習をしておいてください。



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