ゴースト(=人物の暗い過去)を描く

「キャラクターアーク篇」の第3回目は、前回に引き続き「ポジティブな変化のアーク」について学んでいきます。

 参考図書は『キャラクターからつくる物語創作再入門 「キャラクターアーク」で読者の心をつかむ』です。


■ポジティブな変化のアークとは?

最も好まれ、共感を得るアーク。何かに対して不満や否定的な考えを抱く主人公が困難に出会い、自分の中のネガティブな側面を克服(その結果、敵対者も倒す)。主人公がポジティブな変化を遂げ、ストーリーが終わる。


 前回、「嘘」「WANT」「NEED」という3つのキーワードについて簡単に解説しました。


 ポジティブな変化のアークにおいて、主人公は間違った「嘘」(例えば「お金があれば幸せになれる」「強い者が正しい」など)を信じており、その欠点に気づいていません。物語のスタート時点で、主人公は「何かが欠けていて、変化を必要とする状態」にあります。自分や世界に対して間違った思い込みがある状態といえます。この未熟さが主人公を悩ませ、それが対立や葛藤を生み出し、プロットが前進するというわけです。


 主人公は必ず目標を持っています。(詳しくは「キャラクター篇:キャラクター造型に必要な5つの質問(つづき)」回を参照のこと)「嘘」を信じていている主人公がたどり着こうとしているゴール(=WANT)は、いちおうゴールではあるものの極めて表面的な解決しかもたらしません。主人公が本当に必要としている「真実」のゴール(=NEED)は別のところにあるのです。


「噓」は人物の「NEED」と「WANT」の相違を生み、生き方やストーリーに影響を及ぼします。「NEED」とは人物が本当に必要としている「真実」。「WANT」とは人物が手に入れたがっているもので、表面的な解決のために追い求めているものです。

――『キャラクターからつくる物語創作再入門 「キャラクターアーク」で読者の心をつかむ』




『キャラクターからつくる物語創作再入門』収録の「嘘」と「WANT」、「NEED」の例を紹介しましょう。


『クリスマス・キャロル』主人公:守銭奴スクルージ

嘘:人の値打ちは稼ぎの額で決まる

WANT:お金。そのために人々を苦しめても平気

NEED:人々への愛こそ真の富だと思い出すこと


『マイティ・ソー』

嘘:強い者が正しい

WANT:王になる

NEED:謙虚さと思いやりを学ぶ


『ジェーン・エア』

嘘:相手に服従しなければ愛してもらえない

WANT:愛される

NEED:魂の自由を受け入れる


『ジュラシック・パーク』

嘘:子供は面倒で手がかかる

WANT:安心して恐竜の化石を調査する

NEED:過去の遺物の脅威から、生きている者たちの未来を守る


『ウォルター少年と、夏の休日』

嘘:大好きな人たちは噓をつく

WANT:母親と一緒にきちんとした家庭で暮らす

NEED:人を信じる


『トイ・ストーリー』

嘘:気に入られなければ価値がない

WANT:アンディ少年のお気に入りのおもちゃになる

NEED:アンディ少年の愛を分かち合う


「NEED」に気づくと、もはや「WANT」を追い求める気にはなれません。「WANT」を捨てなくてはならない時が来るでしょう。心にとって必要なものを選び、ほしかったものをあきらめる、ほろ苦い結末もありえます。逆に「NEED」を選んだためにパワーアップでき、前から目指していたゴールに突き進むストーリーもあります。表面的なレベルの「WANT」と内面の深いレベルの「NEED」が調和してフィナーレへと向かいます。

――『キャラクターからつくる物語創作再入門 「キャラクターアーク」で読者の心をつかむ』


 主人公の内面で「WANT」と「NEED」が衝突するほど周囲との対立も激しくなります。人物の内面の葛藤をしっかり把握すれば、プロットにもうまく反映できるでしょう。


『キャラクターからつくる物語創作再入門』収録の以下のクエスチョンに答えることで、「噓」と「WANT」、「NEED」をしっかりと設定することができます。ぜひチャレンジしてみてください。


1 人物は「噓」をどうやって隠しているか?

2 「噓」のせいで人物はどのように不幸、あるいは不満か?

3 「噓」を払拭するために必要な「真実」は?

4 どうやってその「真実」を知るか?

5 人物が何よりも一番ほしいもの(「WANT」)は?

6 プロットの結末と人物の「WANT」の関係は?

7 人物は「WANT」さえあれば問題は解決すると思っているか?

8 「WANT」のために「NEED」を見失っているか?

9  「NEED」があるために「WANT」が得られないのか、「NEED」を見出した後でしか「WANT」は得られないのか?

10 「NEED」を受け入れると、人物の人生はどう変わるか?



「噓」と「WANT」、「NEED」が設定できたら、次は「ゴースト」について考えてみましょう。「なぜ『噓』を信じるようになったのか」、つまり主人公のバックストーリーについて考えてみるということです。「ゴースト」とは人物の暗い過去を指す映画脚本術の用語で「wound(ウーンド、心の傷)」とも呼ばれます。また本によっては「亡霊」という名称になっていることもありますが、概念としてはほぼ同じです。ここでいくつかの書籍から引用してみましょう。


「バックストーリー」という言葉には聞き覚えがあると思う。バックストーリーとは、ストーリーが始まる以前に主人公の身に起こったあらゆることを指す。私が「バックストーリー」という用語をあまり使わないのは、あまりにも幅が広すぎて使いにくいからだ。主人公の身に起こった出来事すべてに興味を持っている観客などいないだろう。観客が興味を持つのはその本質的な部分だけなのだ。それを私は「亡霊」と呼んでいる。

 ストーリーには2種類の亡霊がある。ひとつ目の最もよくある亡霊は、現在の主人公に今でも憑りついている過去にあった出来事のことだ。この種の亡霊は、主人公の心理的弱点や道徳的弱点の源泉となることの多い、いまだ癒えていない傷である。これはまた、ストーリーを作り始める以前に主人公の自然な成長の過去を遡るためのツールにもなる。だからこそ、亡霊はストーリーの基礎土台としてとても大きな位置を占めていると言えるだろう。

 また、この種の亡霊を主人公の内にいるライバルと捉えることもできる。主人公に行動することを躊躇させる大きな恐怖心がそれだ。構造的には、亡霊は反欲求として機能する。欲求が主人公を前進させるものであるのに対し、亡霊は主人公を後退させるものだからだ。

――『ストーリーの解剖学 ハリウッドNo.1スクリプトドクターの脚本講座』


 周囲に対し、心の傷はしばしば秘密にされる。なぜかというと、たとえば、「自分の身に起きてしまったことは当然の報いだ」「自分は好意・愛情・幸福を授かるのに値しない人物だ」といったものだ。たいていの場合、嘘の中には自分を責めたり、恥じたりする気持ちが深く埋め込まれている。そこから恐怖の感情が発生し、もう傷つくことのないようにと、自らのふるまいを無理矢理変えずにはいられなくなる。

 たとえば、強盗に押し入られて、婚約者を銃撃から守ることができなかった(心の傷)ため、自分は人を愛するのに値しない(嘘)という思い込みを抱えた男がいたとする。彼は、ほかの女性たちが自分に引きつけられないような属性や気質を身につけるかもしれない。また、誰かと距離が近くなったら、真剣な付き合いになる前にその関係を終わらせるかもしれない。それに、自分は結局人を失望させることになると信じているため、他人に対して責任を負うのを避けることも考えられる。

 あるいは、もう少しドラマチックな展開を抑えた話で見てみよう。家族よりも仕事優先だった父親のもとで育った娘がいたとする(心の傷)。周りの人たちに認めてもらうには、仕事の業績を上げるしかないと思い込み(嘘)、彼女は仕事中毒な大人に成長する。自分も家庭を持ちたいと思ってはいるものの、仕事に身を捧げるためにその望みを犠牲にする。やがて健康状態は悪化し、友人関係は後回しになり、人生はキャリアを積むことのみを中心にまわるようになる。こうして仕事では成功を収めるものの、心から満たされることのない人生を送るのだ。

――『性格類語辞典 ネガティブ編』


 フィクション創作に確かなルールが一つあるなら、「すべては原因によって引き起こされた結果である」ということ。人物が変化するなら、その変化を促す原因があるはずです。自分のためにならない「噓」の価値観を信じ込むのは、過去に何があったからでしょうか?

 人間は強い生存本能をもっています。快適さや安全を求めて行動します。その反面、自分を傷つけるような選択もします。生活を維持しようとし過ぎるあまり、無意識に何かを犠牲にしているかもしれません。仕事を優先し過ぎて人間関係や健康にダメージが及んでも、本人は「業績を上げるためにはやむをえない」と、自分のやり方を正当化してしまいます。

 それが自分に「噓」をつくということですが、それには必ず理由があります。人生のある一面を生き残らせるために、他の面を犠牲にするのはなぜでしょう? 理由がはっきりわかる場合もありますが(例:生活費を得るため)、自分でもわからないほど、心の奥に隠れている場合もあります(例:父親からのプレッシャー。「お前は甲斐性なしだ」と言われたとおりの人間になるのが怖い)。

 理由がわかればゴーストが見つかります。

――『キャラクターからつくる物語創作再入門 「キャラクターアーク」で読者の心をつかむ』



 では、実際の作品で「嘘」「WANT」「NEED」「ゴースト」がどのように設定されているか見てみましょう。


『クリスマス・キャロル』主人公:守銭奴スクルージ

ゴースト:幼少期のスクルージは冷酷な父によって寄宿舎に入れられ、クリスマス休暇でさえ帰省させてもらえず、みじめでつらい思いをした。

嘘:人の値打ちは稼ぎの額で決まる

WANT:お金。そのために人々を苦しめても平気

NEED:人々への愛こそ真の富だと思い出すこと


『マイティ・ソー』

ゴースト:幸か不幸か、王になるべくして生まれた

嘘:強い者が正しい

WANT:王になる

NEED:謙虚さと思いやりを学ぶ


『ジェーン・エア』

ゴースト:伯母から愛されなかった

嘘:相手に服従しなければ愛してもらえない

WANT:愛される

NEED:魂の自由を受け入れる


『ジュラシック・パーク』

ゴースト:描写なし

嘘:子供は面倒で手がかかる

WANT:安心して恐竜の化石を調査する

NEED:過去の遺物の脅威から、生きている者たちの未来を守る


『ウォルター少年と、夏の休日』

ゴースト:母はひどい噓つきである

嘘:大好きな人たちは噓をつく

WANT:母親と一緒にきちんとした家庭で暮らす

NEED:人を信じる


『トイ・ストーリー』

ゴースト:気に入られないおもちゃは悲惨な末路をたどる

嘘:気に入られなければ価値がない

WANT:アンディ少年のお気に入りのおもちゃになる

NEED:アンディ少年の愛を分かち合う



 最後に『キャラクターからつくる物語創作再入門』収録の「ゴースト設定のためのクエスチョン」を紹介しましょう。


1 人物が「噓」を信じ込んでいる理由は?

2 トラウマになっている出来事はあるか?

3 なければ、トラウマになるような大きな出来事が第一幕で起こるか?

4 「噓」を強化するような物事を好む理由は?

5 「真実」を知ればどんなよいことが得られるか?

6 「ゴースト」の深刻度は? より大きく深刻にすればアークを強化できるか? 7  どこで「ゴースト」を提示するか? 初めの段階で一度に見せるか、少しずつ姿を見せて最後に大きく提示するか? 

8 そのストーリーは「ゴースト」について書くべきか? 書かない方がよいか?



 ゴースト(=人物の暗い過去)を設定するためには、主人公にトラウマを設定する必要が出てくる場合があります。そんなときに便利なのが『トラウマ類語辞典』です。

 物語創作において不可欠とも言える心の傷/トラウマというテーマをめぐり、それらがどのような作用をそのキャラクターにもたらすかについて、その原因となる具体的な事例とともに詳細にまとめた画期的な一冊です。


 キャラクターアークは「キャラクター」と「構成」をくっつける接着剤のようなものです。つまり三幕構成の中でキャラクターの変化をどのように描くのか、がポイントになります。第一幕から第三幕まで順を追ってキャラクターアークの描き方を解説していくというのがこの「キャラクターアーク篇」の本題になるのですが、前回と今回の2回を使って、アークの前提となる諸要素(「嘘」「WANT」「NEED」「ゴースト)について解説していきました。

 次回からようやく本題に入っていきたいと思います。



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