「ボード」で物語の構成を練る

 前回は、ブレイク・スナイダーの主要著作『SAVE THE CATの法則 本当に売れる脚本術』を参照しながら、「ブレイク・スナイダー・ビート・シート(BS2)」について解説しました。

 


『SAVE THE CATの法則』には「ブレイク・スナイダー・ビート・シート(BS2)」のほかにも、非常に実践的で役立つツールやメソッドが数多く紹介されています。


 そのひとつが「ボード」です。今回はこのボードについて解説していきましょう。


 シーンをカードにまとめ、それをボードの上に並べて物語全体の構成を組み立てていく手法は、映画脚本の世界で広く用いられています。日本でも似たような作業として「ハコ書き」という手法が存在します。


 この連載の「シド・フィールドの『三幕構成』その③」でも、5×3サイズの情報カードを使ったメソッドを紹介しましたが、ボードはそれをさらに体系化したものといえます。


シド・フィールドの「三幕構成」その③

参考URL:https://kakuyomu.jp/works/1177354055193794270/episodes/16816452219905687799


 書きながら考えるのではなく、物語の構成全体を俯瞰しておくことで、途中で迷うことがなくなり、物語を完結させられないという事態を回避することができます。


 書き始めて迷子になったり、どこに行けばいいかわからなくなったら、ボードを見直そう。そうすればすぐに正しい軌道に戻れる。脚本を書く際の最悪の事態とは、最後まで書き終わらないことだ。当たり前のことだが、書きかけの脚本なんて売れるわけがない。でもあらかじめボードで準備をしておけば、書き終わらなかったなんてことは絶対にないのである。

――『SAVE THE CATの法則 本当に売れる脚本術』


 ブレイク・スナイダーはボード作成の効果について(ジョークを交えつつ)このように述べています。


 つまりボードとは、実際に書き始める前に自分の脚本を〈目で見てみる〉ための道具なのだ。シーン、ストーリーの軌道、アイデア、セリフ、ストーリーのテンポなど、ボード上で動かしながら試行錯誤し、うまく行くかどうかを確認するのである。ただしこれは、あくまでも書く前の準備段階なので、ボード上でどんなに完璧な計画を立てたとしても、実際に書き始めてみたら計画が大きく変更になることもある。それは仕方がない。けれども、まずはボード上で試すことによって、脚本の問題点を発見したり修正したりすることはできる。頭のなかで練ったアイデアを視覚化し、完璧な脚本を作る手助けをしてくれるのがボードなのだ。

 それに何よりもボードのいい点といえば、

 触ることができるし……ものすごく時間が無駄にできる!

 ボードを使う時には、パソコンのキーボードとは違う楽しみがある。筆記具、インデックスカード、画びょう……。どれも手で触れて、楽しく遊べる。

 しかも、ものすごく時間が無駄になる。だって……。

 文房具屋で自分にぴったりのボードを選ぶだけで午後はつぶれるし、翌朝はボードを壁のどこにかけようか悩んでいるうちに終わってしまう。インデックスカードは持ち運びできるので、スターバックスでコーヒーを飲みながら、カードを並べて「このシーンはどこに置こう?」とか「このシークエンスはどこだ?」なんて考えていると、あっという間に何時間も経つ。素晴らしく時間がつぶれるじゃないか!

 さらに最高なのは、こんな風に一見無駄な時間を過ごしているように見えても、実はその間にストーリーが意識の奥深くに染み込むのだ。

――『SAVE THE CATの法則 本当に売れる脚本術』


 では、ブレイク・スナイダーが提唱する「完璧なボード」とはどのようなものなのでしょうか。


 まずはボード(板)を用意してください。


 最も手軽な方法は、部屋の壁をボードに見立て、マスキングテープで区切るやり方です。ただしこの方法だと持ち運びや取り外しができません。そこで、壁掛け式のホワイトボードやコルクボードを使うのが最も便利です。スケッチブックでも代用できますが、壁にかけて常に目に入る状態にしておくと、アイデアがひらめいたときにすぐ反映できるのでおすすめです。


 次に、用意したボードに長めのマスキングテープを水平に3本貼り, 細長い4つの長方形を作ります。



 4つの長方形が意味するものは以下のとおりです。


1列目:第一幕(1ページ~25ページ)

2列目:第二幕の前半からミッドポイントまで(25ページ~55ページ)

3列目:ミッドポイントから第二ターニングポイントまで(55ページ~85ページ)

4列目:第三幕からファイナルイメージまで(85ページ~110ページ)


 このボードの上にカードを並べていきます。


 カードの枚数は1列につき10枚、合計で40枚です。ちなみに、シド・フィールドは著書『映画を書くためにあなたがしなくてはならないこと シド・フィールドの脚本術』の中で、一幕あたり14枚、全体で56枚を推奨しています。カードの適正枚数については本によって諸説ありますが、ここではブレイク・スナイダーのメソッドに限定して紹介します。


 カードに記入する内容は以下のとおりです。



 まずカードに書き込むのはシーンです。カード1枚につき1シーンを書き込み、そのシーンが屋内か屋外か、どんな場所やシチュエーションで起こるのかを明記します。


 次に、そのシーンで起こる出来事を簡潔に記します。


 カードの下部には、記号「+/-」と「><」を記入します。


「+/-」=感情の変化

各シーンには始まり・中盤・結末があり、その中で感情が「プラス(+)からマイナス(-)へ」あるいは「マイナスからプラスへ」と変化する出来事が必要です。

もし「+/-」の欄に何も書けないシーンなら、そのシーンは不要である可能性が高いといえます。この記号を設けることで「シーンでは必ず何かが起こらなければならない」という意識を持てるようになります。


「><」=葛藤

誰と誰がぶつかるのか、その原因は何か、そして最終的にどちらが勝つのかを記入します。ブレイク・スナイダーは「すべてのシーンに葛藤が必要である」と述べています。葛藤は観客や読者の関心を引きつける力を持っているのです。


 改めて、カードに記入する項目を整理すると以下の4つになります。



 カードを作る(配置する)順番について、ブレイク・スナイダーは次のように述べています。


 どんなストーリーにも、自分なりに思い入れのあるシーンというのがある。まずこれを先に書いてしまおう。このシーンだけは絶対に入れないと気がすまない、そもそもこのために脚本を書き始めたんだというようなシーンだ。私の場合、なぜかそういうシーンはセット・ピースが多く、そのあとで主人公の紹介シーンが来たり、フィナーレになったりする。まあそれはともかく、まずは自分の書きたいシーンをカードに書いて、ボードの適当な位置に貼っておこう。あとで場所を移動したりカットするかもしれないが、とりあえず書いて重い肩の荷を降ろそう。さあ、貼ったよ!

――『SAVE THE CATの法則 本当に売れる脚本術』


 自分の書きたかったシーンや好きなシーンをカードに記入し、ボードに配置すると例えばこうなります。



 最終的には1列につき10枚のカードを配置することになりますが、現時点ではスカスカです。


 まだまだ、がら空きじゃないか。こんな状態で、いきなり書き始めなくてよかっただろう? 自分にはすごいアイデアがたくさんあると思っていても、実際ボードに並べてみると意外と数は少ないとわかる。それに良いアイデアがあっても、それだけで自然とストーリーができるわけでもない。衝撃的なオープニング、中盤のハラハラドキドキのカーチェイス、手に汗握る大詰めが浮かんだくらいじゃ、ボードは埋まらないのだ。余白はまだいっぱい残っている。

――『SAVE THE CATの法則 本当に売れる脚本術』


 では、次に何をするべきなのでしょうか。ストーリーの要である曲がり角(ターニング・ポイント)を埋めましょう。それぞれの列の終わりには物語が大きく動く(あるいは変化する)重要な出来事が起こります。

 ブレイク・スナイダー・ビート・シート(BS2)とも関連する部分なので、BS2を再掲しておきます。



1列目の終わり:第1ターニング・ポイント

2列目の終わり:ミッド・ポイント

3列目の終わり:第2ターニング・ポイント


 なお、ブレイク・スナイダー・ビート・シート(BS2)の15のビートのうち11番目の「すべてを失って」は、「ミッド・ポイントの逆」であると『SAVE THE CATの法則』では説明されています(詳細はぜひ本書でご確認ください)。したがって、ミッド・ポイントが決まれば「すべてを失って」も自動的に決まるというわけです。



 ボードを作ることで、自分の物語に何が足りない要素を可視化することができます。カードの枚数が足りない部分はブレイク・スナイダー・ビート・シート(BS2)の15のビートを参考にしながら埋めていきましょう。


 初級者がつまずきやすいポイントとしてブレイク・スナイダーは第三幕を挙げています。彼の言葉を引用します。


 ボードにカードを並べて不思議なのは、初めのうちは第三幕がどうしても軽めになるということだ。

 カードが2枚しかないときもある。〈主人公は今やるべきことを理解する〉が1枚目、〈大詰め〉が2枚目。たったの2枚しかない。

 ああ! いつ見てもこれはつらい。

(中略)

 悪い奴らはどうなってるか? 大ボスをやっつける前に、下っ端のチンピラは全部消しただろうか? 主人公を中傷した連中は、当然の報いを受けただろうか? 主人公の行動によって世界は変化しただろうか? これらをすべて盛り込んでいけば、第三幕はすぐにカードでいっぱいになるはずだ。といっても、最後に残すのは9枚か10枚だけだけどね。絶対に。

――『SAVE THE CATの法則 本当に売れる脚本術』


 実際にボードを作ってみると、カードが多すぎて1列が10枚以上になってしまうことや、「ブラックホール(=2つの大きなシーンがつながらず、間に空白が生じてしまうこと)」が発生するケースもあるはずです。そうした場合は、その物語自体に何らかの問題がある可能性があります。どこに問題があるのかを可視化できるのが、ボードを使う大きな利点です。カードを足したり減らしたり、ときには順番を入れ替えたりしながら、より良いボードを仕上げていきましょう。


 また、『SAVE THE CATの法則』には、カードを色分けするテクニックなど、さらに便利な方法も紹介されています。ぜひ本書で確認してみてください。


 ただし、楽しくて便利なボード作りですが、忘れてはならないのは――ボードは物語そのものではないということです。ここでブレイク・スナイダーの言葉を引用しましょう。


 ただし、気をつけなきゃいけないことがある。ボード上にどんなに完璧にカードを並べたとしても、並べること自体が目的じゃない。カードを作ったり、並べ替えたりするのは楽しいし、ストーリーの流れを想像するのもいいが、ある段階になったら自問自答したほうがいい。「俺はボード作りをしたいのか? それとも脚本家になりたいのか?」って。もしボードが完璧すぎたり、完璧さを求めるあまり時間をかけすぎたりしている場合は、準備の域を超えて出発を先送りしている可能性がある。それはダメだ。私の場合は、ボードが完璧に仕上がる手前で、書き始めたくなる。冷蔵庫で冷やしたゼリーと同じで、固まり過ぎる前に食べたくなるのだ。インデックスカードを画びょうで貼る作業にとりつかれそうになる寸前に、なんとなく感じるのだ──もうそろそろやめなきゃ、と。

(中略)

 ボードを完成させることは重要だ。けれどボードは、シーンやシークエンス、ストーリーの流れやリズムを脳裏に焼きつけるための練習台みたいなもの。ボードに完璧に並べたからといって、何が何でも忠実に守らなきゃいけないってものじゃない。実際に書き始めて、違うなと思ったら全部捨てるくらいの覚悟が必要だ。私だって、いざ書き始めてみたら、それまでボードで考えていたアイデアをすべて捨てる羽目になったことは数え切れないほどある。ボードの段階では超マイナーだった脇役が、書いているうちに魅力的になり、いつの間にか主役の一人になっていたなんてことも何度もある。実際にはそういうことが起きるのだ。要するにボードというのは、戦地に行く前の準備段階であり、頭のなかの考えを具体的な形にして試し、重要なアイデアは深く、そうでもないアイデアは浅く脳裏に刻むための場なのである。

――『SAVE THE CATの法則 本当に売れる脚本術』


 さて、いかがだったでしょうか。


 2回にわたってブレイク・スナイダーの『SAVE THE CATの法則 本当に売れる脚本術』から、


・ブレイク・スナイダー・ビート・シート(BS2)

・完璧なボード作り


について解説してきました。


 前回もお伝えしたように、『SAVE THE CATの法則』は現在もっとも多くの人に読まれている物語創作のバイブルです。映画だけでなく、小説・アニメ・ゲームシナリオ・漫画・演劇など、あらゆるジャンルの創作者が本書のメソッドを参考にし、数々の作品を生み出しています。


 この連載で紹介したのは、『SAVE THE CATの法則』の内容のほんの一部にすぎません。創作初心者・入門者が最初に手に取る一冊として、まさに最適な本といえるでしょう。ぜひ実際に読んでみてください。


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