第6話巻き物から何か出た!

 一体何が必要で、どれが要らない物なのかがさっぱりわからない。蒼は大きな溜息を溢しながら天井を仰いだ。天井近くに空いた窓から差し込んだ光が、階段の隙間を抜け蔵内に光の段差をつけている。光の屈折が綺麗に目視出来るのは、長年蔵の中に積もった埃が舞っているからだ。


 なぜ蒼が蔵にいるのかと言うと、これが自分にしか出来ないと言われたためだ。葬式も滞りなく終わり、今朝早く自分も母と一緒に東京へ帰るはずだった。


 しかし……。


「蒼、あなたはまだ帰れないわよ」


 帰り支度をしていた蒼に母が突然話しかけて来た。


「なんで? もしかして四十九日とか?」


「そうじゃなくて、あなたが実質当主になったからよ」


「ショーコさんどう言う事?」


 いつもあっけらかんとした母だが、この時は見た事ないほど真剣で、声にはどこか悲しげな影を含んでいる。

 いや、これが初めてではない。まだ幼い頃、父の遺影の前で今と同じ顔をしていた母を思い出した。


「…………」


 蒼は姿勢を正して母に向き直る。


「典章さんが亡くなった今、この津雲家の当主は蒼に継承されたの。本来ならあなたのお爺さまである典隆さんが継がれていたけれど、お爺さまは典弘さんと共に殺されてしまった……だから津雲の力は蒼が引き継いだ事になるわ」


「……力って何? 爺ちゃんと父さんは事故じゃなかったの? 殺されたってどういう事?」


 これまで自分が把握していた話しとは違っていた。交通事故に巻き込まれたのではなかったのか?


「津雲家は、物に魂を宿らせて九十九神とする事で、災厄を祓って来たの。だから、祓われた側から怨まれてしまう事も多くて、この力を絶えさせようと狙っている者達も少なくないわ。典隆さんと典弘さん、一気に二代の継承者が奪われて当時残った継承者はまだ生まれていない蒼だけ。それがどれだけ大変な事か分かるわよね」


「俺も殺されてたかもしれないって事?」


「そう、だから継承者は居ない事として、私はまだ生まれていない蒼を連れてこの土地を去り東京へ行ったの」


「曾祖父ちゃんがいるじゃん」


「力は次の代に引き継がれたら元の当主はもう力はなくなってしまう。典隆さんへ引き継がれた九十九の力は、典弘さんにしか継ぐ事は出来ない。そして、二人が死んだ事でその力はあなたへと移って行くの」


「でも俺、霊感とかマジ無いんだけど……いきなり後継者だって言われても、どうすれば良いかわかんないよ」


 二人の話しをじっと聞いていた花が、ニャーンと鳴いて蒼の膝の上へ乗って来た。


「どうすれば良いのかは私も分からないわ。これは生まれた時から当主から次の当主へと伝えられて行く事で、それ以外は例え兄弟でも知らされないから、だから、典弘さんが亡くなってしまった今、あなたは自分で知るか、この津雲の名を捨てて普通の生活をするか決めなくてはいけない。どちらにするかは蒼が決めなさい。この屋敷には代々仕えて来た九十九神達が封印されてる。それを触れるのは蒼だけなの。他の人が触ると障となり祟られてしまう。だから、どちらにしろ、住む者がいなくなったこの屋敷の物を整理できるのは、あなただけよ」


 そう言い残して晶子は車で帰って行ってしまった。

 物に魂が宿る、そう聞くと全ての物が生きている様に感じ、壊れた農機具まで捨てられるのか分からなくなってしまった。


 家を継ぐか、名を捨てるかお前が決めろ。


 昨夜、忌部氏朗もそう言っていた事を思い出した。


「家を継ぐって……一体何をどうすれば良いんだよ」


 気持ちの半分は家を継ぐつもりは無い。しかし、本当に手放しても良いのか迷っているのも確かだった。


 カタカタカタ……カタカタ……。ここへ入った時から、そこかしこでずっと音がする。始めは気にならなかったが、それが徐々に増えている様に感じ、蒼が音のすっる方へ視線を向けると、竹と木で作られた箱の上にキラリと紅く光るものが見え、慌てて立ち上がり目を懲らした。


「なんだ? 動いてる……」


 物に魂を宿らせた物が封印されている。その言葉を思い出し、これがそうなのかと一歩前へ足を踏み出した時、そこに光っているものがネズミの目だという事が解った。


「ネズミか、まぁ蔵だからネズミがいてもおかしく……え?」


 気がつくと蔵のそこかしこの闇に紛れるようにして、小さな紅い光がチラチラと見え隠れし始め、それがどんどん増えているのが分かった。ネズミが苦手という訳ではないが、ここまでの数に囲まれると流石に腰が引けてしまう。蒼は一旦外へ出ようと、入り口の方へ向き直った。


「ヂーーーーーーーー!!」


「嘘だろ……」


 振り返った先には直ぐ足下までネズミが迫って来ており、蒼に向かって黄色く大きな前歯を剥きだしていた。自分達の巣を荒らされた報復なのか、空腹による攻撃なのか、どちらにせよこの状況が良くない事だけは解った。背中の毛を逆立て歯をむき出しているネズミは、蒼が知っているものとは大きさも色も明らかに違っている。立ち上がるとゆうに二十センチは超えており、毛は鴉の濡れ羽の如く真っ黒だった。なにより、暗闇でも分かるほどの大きな前歯と血のように紅く光る目をしている。

 一触即発の緊張感の中、直ぐ近くにある壊れた農機具を手に持ち、飛びかかられたらそれでたたき落として逃げようと考えていた。ジリジリと後退すれば、後方から迫られ、前へ出ると前から迫られ、その場から一歩も動けなくなってしまった。


「マジかよ、田舎のネズミ強すぎじゃね?」


 まるで何かに命令されたかのように統率された動きで、蒼を蔵の奥へと追い詰めて行く。そこで始めて蒼は命の危機を感じた。追い詰められ逃げ場がなくなった瞬間、一番身体の大きなネズミの鳴き声を合図に、全てのネズミが一斉に飛びかかって来た。


「ヂヂヂーーーーーーーー!」


「うわあああああああああ!!!!」


 壊れて先が取れてしまった鍬の棒を振り回し、目の前に飛んで来るネズミを叩き落とすと、悲鳴を上げたネズミが地面へと転がった。しかし、相手の数が多すぎて何度棒で叩き落としても、次から次へと飛びかかって来てきりがない。


 ガターン! ドカン! 振り回した棒が回りの物に当たり大きな音を立てながら崩れた。その崩れた物が蒼を直撃し、体制を崩してその場に尻餅をついてしまった。


「しまった!」


 そう思った時は遅かった。倒れた蒼にむかってネズミ達が一斉に飛びかかって来た。


  ――殺される――」


  蒼は顔を護る様にして、両手で頭を抱え込み蹲った。


「シャーーーーー! ギャオ!」


「ジジジジ!! ヂユ!」


 直ぐにネズミの攻撃がやって来るだろうと覚悟していたが、その前に頭上でネズミたちの悲鳴が上がった。蒼が顔を上げると、そこにはこちらを庇うようにネズミと対峙している白い背中が見えた。


「ハ、ハナさん!」


 何時ものんびりと優しい白猫の花だが、今、目の前にいるのは別の猫ではないかと思うほど違って見えた。元々大きな身体は二回りも大きくなっており、口は耳近くまで裂けて目はつり上がっている。何より、長く真っ直ぐに伸びた尾が何本も生えていた。

 見た目は全く違っているが、何故か蒼にはそれが花だという事が理解出来た。花と思われる猫は、次々に飛びかかって来るネズミを、長く伸びた爪で切り裂き大きな牙で喉笛を噛み切って行く。最初は優勢だった花だが、あまりにものネズミの数に押され気味になり始め、自慢の白い毛皮に紅い染みが増えていった。

 

「まずい、このままじゃハナさんが殺られてしまう……俺が何とかしなくちゃ、なんとか……」


 蒼がそう強く思った時、倒れた木箱から何かが落ちて蒼の腕に当たった。


(……ラケ)


 「え?」


 直ぐ横で声が聞こえた気がして、蒼が下に落ちた筒状のものを見た。


(我ハ付ク物ノ神ナリ我ヲ持チテ開ケ、ココカラ解放セヨ)


 「喋った!?」


 喋る筒状の物は、どうやら紙が巻かれた巻物のようだ。蒼は頭で考える前に身体が動き、その巻物を手にとり紐を解いた。


 ゴウ――――――――! 解かれた巻物から強い光と共に炎が吹き上がり、目の前をその炎が舐める様に地を這い、蔵の中を縦横無尽に走っていく。その炎に巻き込まれたネズミは、声を出す間もなくジュっという音と共に灰になるが、不思議とネズミ以外のものは燃える事はなかった。それでも炎から逃れたネズミは、花が次々と噛み殺して行った。


「…………」


 もしかしたら自分は今眠っており、これは夢の中なのではないか。蒼はその光景を見ながらそんな風に考えていた。しかし、頬に降りかかる火の粉は確かに熱く、これは夢ではないと物語っている。二階建ての蔵全てを舐めた炎はゆっくりと蒼の前へ立ち、じっとこちらを見つめメラメラと燃えていた炎を鎮めていく。炎の中から現れたのは、鷺のような姿をした鳥だった。蒼が手にしている巻物を見ると、そこには鳳凰の絵が描かれていた。


「巻物から出て来た……のか?」


 物に魂を宿し、それを使役し厄を祓う。


「これが……付喪神……」








つづく







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つくもかみ 八助のすけ @panpa

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