第5話タマはハナでハナがタマ?いやいやそれはないでしょ。
「ニャーン」
座敷に入った時、聞き慣れた声と共にやってきた生き物が、蒼の足元にまとわりついてきた。
「……ハナさん?」
葬式が終われば直ぐに帰るつもりでいたため、花には山盛りの餌と、水道の蛇口を少しだけ開けて家を出て来たはず。なのに、その花が目の前に居る事が信じられない。
「蒼、どこ行ってたの?」
「ショーコさん、ハナさん連れて来たの?」
母は着いたばかりだと言うのに、既に片手にはビールを持って、地元の人達と馴染んでいた。
「それがさぁ、喪服取りに一旦帰ったんだけど、その時に車に乗り込んじゃったみたいで、気づいた時は高速乗ってたから、そのまま連れて来たわ」
「えええーー!?」
知らない土地で逃げて迷子になったらどうするんだよ。そう思いながら花を見ると、目が合った花は蒼の背中を駆け上がり、肩の上に乗って満足そうに喉を鳴らしている。
「ハナさん、俺から離れちゃダメだからね」
「ニャ!」
わかっているのかいないのか、人の気も知らずに頭をゴリゴリと擦りつけて来た。
「あれぇ、タマじゃねぇか?」
熱燗を片手に刺身をつまんでいた年配の男が、花を見て「タマだ」と言い始めると、上座近くに座っていた老人が何やら方言で話している。老人の話す方言は本気で何を言ってるか分からなくて、蒼がキョトンとしていると、先に入っていた氏朗が振り返った。
「ほんまや似とる……でもなぁ、同じ猫とは限らんやろ」
氏朗がそう言いながら座り後にいる蒼を手招きしているが、年配の男性や料理を運んでいた女性まで「いや、タマや」「確かに似とる」と断言しはじめた。蒼は一体何を話しているのか理解出来ず、とりあえず花を抱きながら、手招きする氏朗の隣へ座った。
「忌部君、タマって?」
年寄り組の会話は方言もあって全く話しに付いていけない。とりあえず年が近そうな氏朗に聞いてみる。
「ちょ! きっしょ! その「君」ってやめてくんねぇ? シロでええって」
「は? きしょいって、そんな返し方があるか? なにげに失礼だよね!」
「さぶいぼ案件やで」
「さぶいぼってなに?」
「……なに? え? さぶいぼはさぶいぼやろ?」
「もういいよ、それよりタマってなに!?」
「ああ、タマはここの家で飼われてた猫や。この家には昔あらずっと猫を飼っててな、それもみな白猫で目が金と銀、そうこの猫と同じやねん。白は白でも特徴があって、胸に一房だけ黒の毛が生えとるんや」
オッドアイの白猫は確かに珍しいかもしれないが、それでも探せば見つかるはずだ。なのにどうしてここまでこの猫に拘るのかが蒼には理解出来ずにいた。
「白猫ってそんな珍しいのか?」
「いんや、白い猫なんてそこらへんにいくらでもおるっちゃぁおる。じいさん達が言ってんのはそれとはちごうて、この家に白猫が絶えたってのが問題であって、それが東京にいるお前ん所にいるってのが、これまた驚き案件なんや」
「ハナさんは、俺が生まれた時に今の家に住み着いたんだ。だから東京の野良猫だったわけだから、白猫だとしても、こんな所からやっては来ないと思うけど?」
「せや、普通はそう思うわな」
じゃあ、何が違うんだ。氏朗を見る蒼の顔がそう語っている。
「オマエの家系は、どんな事して来たか知っとるよな?」
「まぁ、ちょっとは聞いてるけど……詳しくは知らないんだ」
「そうか……それはおいおい知れば良いわ。とりあえず津雲家も忌部家も結構歴史がある。それこそ平安時代から続いとる。その最初につくもかみ祓いを始めた先祖の頃から津雲の屋敷には白猫がおったらしい。この家系は代々一子相伝で続いて来たんやけど、家を継ぐべき子が生まれるとその白猫が自分の意思で次の主人を選ぶって言われとる」
「……まって、平安時代からいた猫が、今も生きてないよね?」
「普通はな、でも誰もその猫が死んだ姿を見た事がない。いつの間にか当たり前の様にそこにおるんや、せやから年寄り組はその猫を「あやかし」やと言っとる」
「それ……本気で言ってるの?」
家系が平安時代から続いているという事は、母から聞いた事がある。話の内容もなんとなく理解は出来る。しかし、急にあやかしとか言われても、非現実的で非科学的な事を信じるほど子供ではない。訝しげな顔をしている蒼の顎を花がザリザリとした舌で舐めた。
「本気やで、せやから白猫がこの家からおらんくなった時は大騒ぎでな。えらい探し回ったけど見つからんかったんや。それから直ぐ、当時の主やったオマエのじいさんが……」
「父さんもだ」
「ああ……跡取り二代を同時に亡くして、もうこれで津雲家も途絶えるのかと思っとった」
「……そして、俺が生まれた」
「せや、そしてそのオマエが白猫を連れて来た」
「そんなの、偶然だろ。その話が本当でもし俺の父さんが跡継ぎだったなら、花さん……というか白猫はもっと前に来てたはずだよな」
「確かにな、それも一理あるわ。でもな蒼、オマエの先祖、そしてワシの先祖が見て来た世界には「偶然」というものは存在せえへんねん。この世界でおこる現象には必ず理由がある。その原因の核たる物を見極め払うのがワシらの仕事なんや」
「俺も?」
「……オマエがこの家を継ぐかどうかは、オマエ自信が決めなあかん。これまでの因縁や契約して来たモノ達を背負う覚悟があるのなら継いだらええ、でもそんな覚悟が無いんやったら名を捨てろ」
「…………」
何処かヘラヘラとして、本当か嘘か分からない事を軽く話していた氏朗が、打って変わって鋭い光と重い威圧をもって睨めつけた。蒼はその迫力に気圧されごくりと生唾を飲んだ。
「な~んてな! これ、親父の受け売りや。ま、明日は葬式でその後は山登るさかい今夜は早よ寝てまえ。夜の当番は俺と親父がやるで」
通夜から明日まで、松明を絶やさず燃やし続けなければならないと聞いており、蒼は自分と母でそれをする心づもりでいた為、この申し出には驚いた。
「え? いや、親族の俺と母さんでやるよ」
「はあ? オマエみたいな無力で無知のお坊ちゃんが出来るわけないやん。それに、護衛は昔から忌部の持ち回りなんだよ」
「む、無力で無知ってなんだよ!」
「そのまんまや、ええから寝ろ」
そのまま追い立てられるようにして部屋から追い出された蒼は、酔っ払った母を連れて離れへと戻って行った。
忌部氏朗……やっぱり彼奴は嫌いだ!
着替えて布団に入るまではイライラとして眠れそうにないと思っていたが、布団に入った途端、あっという間に眠りに落ちた。
つづく
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