君が好きだ

 イオンから帰宅した後、すっかり酔いも覚めていた羚香とビーフシチューを堪能し、入浴を済ませあとはもう眠るだけとなった冬馬は自室にある机の上に置かれたそれをなんとなしに眺めていた。

 

 水緒からアドバイスをいただき、亜夜香へのプレゼントが綺麗にラッピングされた状態で鎮座している。そして、冬馬はこれを渡すときに亜夜香へ告白をすると決めていた。

 冬馬は今まで告白などしたことがない。そのため、必然的にその時のことを想像する。


(間冬はどう思うだろうか……驚くか、それとも喜んでくれたり……さすがに邪険にはされない、よな?)


『好きだ間冬。俺と付き合ってくれ!!』

『ごめん。無理』


「ぶどろくゔぇどぅぉぉぉぉ」


 冬馬は近所迷惑にならない程度の奇声をあげ四つん這いに倒れた。冬馬の精神的ショックは見るまでもなく大きかった。そうなるんだったら告白しなければいいんじゃないか? と覚悟が揺らぐくらいの破壊力であった。


(……でも、返事が思ってたのとは違っても……それだけで嫌いになんて、なれないだろうな)


 だが、バッドエンドよりもハッピーエンドを望むのは誰しも必然である。冬馬も例外ではない。


「………あ」


 立ち上がった冬馬が目にしたのは、星空をかける光の線。それは一度切りではなく何度も夜空をかけている。偶然にも冬馬は流れ星を見ることができたのだ。

 流れ星に願いをすると叶うとよく言われるが、冬馬自身はそのようなことを信じていない。


(星に願いなんて柄じゃないが)


 窓の前で祈るように両手を組み、目を閉じる。願うのはただ一つ。


「……なんだ。さっきは別に叶わなくてもいいなんて思ってたのに。結局」


 ---間冬じゃないと嫌だ。

 冬馬は未だ夜空をかける光を見上げながら自らの想いの強さを改めて自覚した。


 冬馬は充電中のスマホを手に取りLINEを開く。mahuyuとのトークを開き指を滑らす。そして、いつかのように迷うことなく送信ボタンをタップした。


『クリスマスイブ、会えないか?』


 すぐに『既読』となったことが少し嬉しく思った冬馬であった。


◆◇


 そして来たるクリスマスイブの日。冬馬にとっては決戦の日となるその日。とうの本人である冬馬は


「お先です!」


 乱雑にマフラーを巻きながら裏口から飛び出していた。


 少し遡ると、冬馬のバイト先から突然SOSが届いたのだ。そのため、約束の時十八時まで減りもしない来店客をさばいていたのだ。


 冬馬はラッピングされたプレゼントに気にしながら走った。冷たく乾いた空気が喉に突き刺さるが、想い人をこんな寒空の下で待たせることに比べれば些事だと、冬馬は速度を上げる。


 駅前のクリスマスツリー前。そこが今日の待ち合わせ場所だった。以前ここに来た時よりも人の数は増していた。冬馬は肩で息をしながらすれ違う人混みから亜夜香を探す。


「はぁ……はぁ……まだ来てない、のか?」


 そう呟きながら冬馬はスマホを取り出した。画面に映る18:07の文字。そして……一件のLINEが来ていたことに気づいた。あまりに急いでいたため気づかなかったようだ。

 

(なんだろ……少し遅れるのか?)


 そう思いながら迷わずタップした冬馬は次の瞬間には呆然と立ち尽くすことになる。


『ごめんなさい。行けなくなっちゃった』

「……え?」


 思わず漏れた冬馬の乾いた声に誰も反応を示さなかった。ただ立ち尽くす冬馬を不思議そうに、あるいは邪魔そうに人々はすれ違って行く。


 バイト中に送られたであろう断りの連絡。その文字をしばらく見つめた冬馬は理解したくないことを理解してしまった。

 自分は土俵にも立つことができなかったのだと。


「……はは」


 乾いた笑みしか冬馬から出て来なかった。振り返ってみると自分がいかに滑稽だろうと思ったのだ。告白すると勝手に息巻いて、自分のデートの誘いを受けてもらって勝手に舞い上がっただけだった。

 

『気にしなくていいって!』

『俺もバイトで疲れてたからさ』

『また今度遊びに行こう!』


 冬馬は立て続けにそれらを送るとスマホの電源を落とした。そのまま近くのベンチに力なく座り込んだ。燦々と煌めく街と行き通う人々だけが、冬馬の瞳に映る。人々の中には冬馬と同じ高校生だったり、大学生だったり、仕事帰りの会社員だったりと様々で、誰もがこの日を楽しみにしていたとわかる。少なくとも冬馬のように悲壮感を漂わせていないだろう。



 冬馬は人ごみの中に亜夜香を探していた。さっきの連絡は間違えて送ったものかもしれない。急用がすぐに終わって自分のところに戻ってくるかもしれない。しかし、無情に時間だけが過ぎていき、気づけば人通りが無くなっていた。

 

 冬馬の初恋は儚く散った。突然断られたことに冬馬は怒りも感じず、冬馬は真っ暗な夜空を見上げながら一つのことだけを考えていた。


(………間冬は誰と過ごしているんだろう)


 自分の予定を急に断るくらいだ。当然、相手は自分よりも優先される相手。であるなら家族だろうか? それとも………恋人だろうか。その人と笑ってるのだろうか。


 冬馬の胸がズキリと痛みを覚えた。ギュウギュウと締め付けられるように苦しくなる。気がつけば胸を掴み俯いていた。冬馬の頰に温かくもすぐに冷たくなる何かが流れた。


「なんで………なんでだよ………」


 冬馬は胸の奥の苦しみに耐えながら言葉想いをこぼす。悔しい。今笑あっている奴より自分を優先して欲しい。


(できれば横にいて欲しかった。どこにも行って欲しくなかった。俺のことだけを、ずっと考えて欲しかった…………!)


 冬馬は静かに立ち上がる。羚香には帰りが遅くなると伝えてあった。


 ふと、ツリーの方へ視線を向けると綺麗な黒絹の髪が目に映った。冬馬はまさか間冬か!? と思ったが、すぐに思い直す。もう間冬が来る可能性なんてないじゃないかと。


 見上げると冷たく白い雪が煌めく街に降り注いでいた。それはサンタから恋人達への贈り物か、それとも冬馬を慰めようとしているのか。


(………この景色を間冬と一緒に見れたら、どれだけ幸せだったか)


 そこで冬馬は気づく。まだ自分は間冬のことを考えるのか、と。だが当然だろう。何せ冬馬は間冬亜夜香のことが好きなのだから。伝えることが叶わないなら、せめて誰にも聞かれない今口に出し、そして自分の中で封をしようと。

 そして、冬馬の口が言葉を紡ぐ。


「君が好きだ」


「……え?」

「……え?」


 冬馬の背後から声が響いた。聞き覚えのありすぎる声に冬馬は驚き振り抜いた。

 亜夜香がそこに立っていた。冬馬は訳が分からず、とっさにプレゼントを背中に隠しながら口を開いた。


「な、なんで間冬がここに?」

「あ、えっと。その……おじいちゃんのお見舞いの帰りで………」

「お見舞い?」

「う、うん……だからごめん。天城君のお誘い急に断ったりして………」

「あ、ああいや、別に、おお見舞いなら仕方ないだろ……」


 そこで沈黙が流れる。冬馬は自分の勘違いだったとわかり安堵してしまった。

 

「そ、それでさ……さっきなんて言ったの?」

「え!? い、いや……」


 冬馬はしどろもどろになりながら必死に言い訳を考える。まさか、亜夜香への想いを振り切ろうとしていたなんて言えるはずがなかった。脳内でようやく言い訳を思いつきそれを話そうと口を開きかけて………冬馬はやめた。

 自分は何のためにここに来た? 答えはとっくに出ていた。


 (言いたいことならたくさんある。できればそばにいてほしいとか。どこにも行ってほしくないとか。俺だけを見ていてほしいとか! でもこんなこと伝えたら)


 ----かっこ悪いじゃないか。

 だから、冬馬はそれらをまとめた言葉を伝える。


「君が好きだ」


 亜夜香は何も言わない。だが、冬馬は止まらない。聞こえるまで何度だって言うと決めたから。


「君が好きだ。大好きなんだ。間冬! だから俺と付き合ってくれ!!」


 

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