それくらい自分で調べれば?

 基本的に男子は苦手だったが、時々、同性である女子の方が苦手になる時がある。

 ちょうど今の状況がそんな感じだった。


「今なんて言ったの?」


 目の前で友人が意味不明な質問をしたせいで、口へ運ぼうとしていたから揚げが、箸からこぼれ落ちてしまった。


「だからさあ、佐津姫って久野原と付き合ってんのぉ?」


 事もなげにそう訊くのは、クラスメイトの植木葉子うえきようこという女子。

 派手なメイクとアクセサリーで自分を飾り立てている、典型的なギャルタイプ。


「そんな訳ないじゃない。何でそんなバカな話になるのよ?」

「だってさー、たまに二人きりでコソコソ話してるじゃん。そりゃ何かあるって思われるわよねえ」


 私が女子を苦手だと思う理由その1。

 野次馬根性丸出しで、他人のプライバシーを詮索したがるところ。


「ウッソー!? 佐津姫ってば、本当にあんなキモオタが好みなの? ちょっとセンスを疑うんだけどー」


 横から「ウッソー」が口癖の吉村忍よしむらしのぶという女友達が口を挟む。


「何でそうなるのよ」


 私が反論すると、もう一人の女友達の安達麻里奈あだちまりなが、


「えー私は相手が誰でも人を好きになるのは良いことだと思うけどなあ。佐津姫って年頃の娘にしては男子に全然興味を示さないし、てっきり宇宙人か未確認生命体UMAが好きなのかと思っちゃったもん」

「勝手に私を人外フェチにしないでくれる……?」

「だってちょっと前までは同性が好きなのかとも思ったけど、何人かの女子に告られた時も断ってたしねえ」


 私が女子を苦手だと思う理由その2。

 ぶっちゃけ私にその気はないのに、なぜかそういうタイプの女子を惹きつけるらしい。


「とにかく私と彼は別に何もないから。変な噂流さないでよ」

「じゃあ私が彼と付き合ってもいいのね?」

「は?」




 その後の展開は信じられないくらい、おかしなものだった。

 昼休みに皆で弁当を食べていた筈なのに、気がつくと葉子が久野原のところへ行って談笑しているのだ。

 思わず葉子の正気を疑うような光景。


「いやあ、彼って実際に話してみると凄く頭が良いのね。線形代数とか微積分とか色々教えて貰っちゃった」


 葉子が戻って来て、挑戦的な笑みをこちらに向ける。


「……葉子、アンタ一体なに考えてるワケ?」


 私は挑発に乗らないよう、努めて冷静に訊く。

 常日頃から「オタクなんて死ねばいい」と言って、私と一緒に散々久野原を馬鹿にしていたクセに。

 他の女友達二人も、葉子の豹変ぶりに怪訝な表情をしている。


「ねえ葉子。やめなよ、あんな奴と関わるの。もし本当にアイツと付き合うことになったら私達、アンタとの友情を見直さなきゃいけなくなるわよ」

「やーねえ、本気なワケないでしょ。単なる遊びよ遊び。佐津姫が隠れて会ってるって噂を耳にしたから、どんな奴か知りたくなっただけ」


 忍の警告に、葉子は吐き捨てるように言うと、横目で私を見ながら笑った。


「どうせああいうモテない男子はちょっと優しくすれば簡単に騙されるんだから、少しくらい夢を見させてやるのも悪くないでしょ」


 と、言うのは恐らく建前だと思われる。

 彼女は前々から私に対抗心を燃やしており、とにかく私より目立とうと、染髪したり必要以上に着飾ったりしているから、恐らくは彼と仲良くなることで、私への当てつけにしているのだ。

 私が久野原とただならぬ関係であると勘違いして。何とも滑稽な話である。


「けどあんまり仲良くしてると、下手したら今まで虐めてきた分、仕返しされるかもしれないわよ」


 これは実体験から言う事だ。麻里奈と忍もうんうんと頷いているが葉子は、


「大丈夫よ、さっきその事について謝ったら『もう気にしてない』って言ってたしー」


 そう、不可解なのは、傍から見ても久野原の方も、意外と打ち解けて会話していた事。

 私にはあれだけ復讐しておきながら、葉子には随分と寛容ではないか。

 この差は一体何だ?


「まあ見てなさいよ。一週間もすればアイツをその気にさせてみせるから」


 自信満々に宣言する葉子だが、私は上手くいくとは微塵も思っていなかった。

 久野原は確かにモテない男子だが、そんな誘惑に乗るような馬鹿ではない。

 私の時もそうだったように、きっとずる賢い策を駆使して復讐を果たすに違いない。

 葉子の目論見は必ず失敗するだろう。




 後日、久野原宅を訪れた際に、試しに私にも勉強を教えてくれと申し出てみた。


「ねえ線形代数でちょっとわからないところがあって、教えて欲しいんだけど?」


 一緒に日直をやった時もそうだったが、久野原は理数系の分野でかなり良い成績を収めている。

 私に学校では習わない知識を熱く語っていた時も、フーリエ変換とかシュレディンガー方程式とか、訳のわからない単語を口走っていた。

 ところが彼の答えは――


「それくらい自分で調べれば?」


 これ以上ないくらい、あっさりと拒否された。

 ……この差は一体何だ?

 別にヤキモチ妬いている訳でもないのに、他の相手と扱いが違うことに胸がモヤモヤする。

 せめてもう少し優しくしてくれてもいい筈なのに……。

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メイドを雇ったら、いつも俺のことを馬鹿にしている学内カースト最上位の美少女が来た 末比呂津 @suehiro

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