あくまでも可能性の話だから!

「はいこれ、洗濯物たたんでおいたわよ」


 美加登に言われて、俺はPC画面から目を離して顔を上げた。


「ああ、どうもご苦労様」


 俺は一旦PCを操作する手を止めて、綺麗にアイロンがけされた洗濯物を受け取る。

 一応、同級生の女子に見られるのは恥ずかしいので、下着は別々に洗濯してある。


「余計なお世話だろうけど、ちゃんと仕舞わないとシワができるわよ」

「わかってるよ」


 美加登は相変わらずどんな家事でも完璧にこなす。

 元々、家庭の環境もあって子供の頃から自分でやっていたのだろう。

 決して良い感情を持っていない相手の服でも手を抜かないのは、自分の仕事にしっかりと責任を持っているからだろう。

 そういう彼女の生真面目な気質は、素直に敬意を表する。

 まるで母親みたいで少々口うるさいが。

 などと考えていると、ふいに美加登が前屈みになった途端、胸元が若干見えてしまい、咄嗟に目を逸らした。


「ん? どうかしたの?」


 その動作がやや不自然に見えたのか、美加登が怪訝そうに首を傾げる。


「いや、ちょっと首のストレッチを……」

「首のストレッチ? 上半身ごと動いてたみたいだけど……」

「……そ、そうだよ。その方が脊髄に良い影響を与えるんだ。この前テレビでもやってたよ」

「ふーん。そうなんだ」


 無論ただのデタラメだが、信じたようだ。

 きっと彼女はテレビの胡散臭い医療知識とかを鵜吞みにしそうなタイプだな。

 洗濯物の収納が完了し、これでやっとPCの操作に戻れる。


「そう言えば、前々から気になってたんだけど、そのパソコンで何をしているの?」

と、出し抜けに美加登がこんな事を訊いてきた。

「ん、何でそんな事を訊くんだ?」


 それまで美加登が掃除している横でPCを操作していた事は何度かあったけど、興味を持たれたのはこれが初めてだ。


「別に、ただいつも同じ画面を見ているから、何となく気になっただけよ」

「そう、まあいいけど。俺がいつもやってるのは仕事だからだよ。ほらコレ」


 俺は美加登にも見えるようにディスプレイを動かすと、彼女は真剣な眼差しで凝視する。

 そこには赤と青の線で構成された、折れ線グラフのようなものが表示されていた。


「何コレ?」

「多分、君も一度は目にしたことがあると思うけど、株価チャートと呼ばれるものだよ」

「株価? アンタ株をやってるの?」


 意外そうな反応をする美加登。


「ああ、まあ軽く。知ってるだろうけど、ウチの親は二人共、株や債券の仕事についているんだ。だから俺も子供の頃から教わっている」


 得てして詳しくない人の中には、未成年では株取引きは出来ないのではと思われがちだが、親の許可さえあれば問題はない。


「でも株って損をすることもあるんでしょう。いくら儲かっているの?」

「そうだね、日によって差があるけど、一日にだいたい1万~3万くらいってとこかな。多い日には10万くらい稼ぐこともあるよ」

「うっそ……そんなにするの!?」


 美加登が珍しく、純粋に驚いた表情を見せる。


「ホント。君は以前、俺に対して『親に頼りきりで楽して暮らしている』って批判してたよね。でも実際はそうじゃない。こうして小遣いは自分で稼いでいるし、学費と住む場所以外は何一つ貰っていないんだよ」


 通常の高校生なら大学まで行って、どこかの企業に就職するものだろうが、俺は既に十分な収入を得ている。

 俺が「高校なんて卒業出来れば成績はどうでもいい」と言っていたのは、そういう理由からだ。

 わざわざ働かなくても、家に居るだけでお稼いでいける。

 まあそれで余計なことを言って美加登を怒らせてしまった訳だが。


「そうだったの。私ってば、そんな事も知らずに知ったような事を言って……ごめんなさい」

「まあ、それはお互い様だったから」


 それにしても、まるで女王陛下にでもなったように高圧的な態度をとっていた美加登が、随分と丸くなった事に驚く。

 以前と比べると完全に別人である。

 だからだろうか、つい本来の自分なら絶対に言わないような事を言ってしまった。


「なあ良かったら君もやってみないか?」

「え、でも私やり方わかんないし、そんなお金も無いし……」

「心配はいらない。誰だって最初は初心者なんだし、俺が教えてやるよ。お金のことなら証券会社によっては少額で取引出来るところもあるから、今の給料でも何とかなるんじゃないかな。上手くすれば働かなくてもお金が稼げるようになるよ」

「そうなの……久野原君って結構優しいんだね」


 かつての虐めっ子にこんな提案をするのは、自分でも意外だった。

 美加登の家庭の事情を知って以降、何かと彼女に役立つ事は何かを考えている気がする。

 同情心からか、あるいはこれまでの行いへの罪滅ぼしの為か、自分でもよくわからない。

 美加登はしばらく迷った末に「……じゃあ、取り敢えずやり方だけ教えて貰おうかな?」と答え、俺は株取引きに関する大まかなルールを教えた。


「……で、株価が上がるか予想するにはPERとかPBRに注目すれば良くて、同時にチャートの移動平均線も参考にしてみればかなり当たりやすいよ」

「ふーん……あなた本当に凄いわね」

「……あの、顔が近いんだけど」


 話を聞くのに夢中になるあまり、美加登の顔が超至近距離まで俺の方に接近し、おまけに俺の肩に手まで置いていた。

 我に返った彼女は「あっ! ご、ごめんなさい!」と言って弾かれたように飛び退いた。

 思春期男子にそういうボディタッチは刺激が強すぎる。


「村上みたいな男に触られるのも嫌と言ってた割にはやけに無防備なんだね」


 それに今の彼女からは嫌がる素振りは見られず、ただ恥ずかしそうに顔を紅潮させているだけだった。

 村上のようなリア充イケメンが嫌いな女子はザラには居ない。


「別に好き嫌いなんて人それぞれでしょ。顔が良いからって好きになる訳じゃないし、逆にあなたみたいなタイプを好きになるかもしれないし……」

「へ?」

「……あ、いや、あくまでも可能性の話だから!  今のは忘れて!」


 両手を激しく左右に振って、慌てて言い訳する美加登。

 もちろんそんな事はわかっていたが、彼女の中で、自分が恋愛対象外ではないと言われた事が何よりの驚きだった。

 ……話は変わるが美加登が退室した後、俺は嬉しくも何ともないのに、口元がニヤけるという謎の顔面神経痛に悩まされた。

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