その代わりこうするわ
現在、俺は非常に困難な状況下に立たされている。
ぶっちゃけピンチと言ってもいい。
いつものように登校して教室に入るなり、クラスのリア充グループの男子が数人近づいて来た。
「おいテメーちょっとツラかせよ」
明らかに友好的でない態度。
これで実はサプライズパーティーのご招待でした、なんてオチだったら最高に笑えるが、そんな事はなく、連れて行かれた先は人気の無い校舎裏。
壁際に追いやられ、険悪な面持ちをした男子達に囲まれたら次に何が始まるかは火を見るよりも明らかだろう。
「お前、美加登さんに何をしたんだよ、ああん?」
「お前が近くに居ると彼女、明らかに様子がおかしいじゃねえかよ」
「何か弱み握って脅してんだろ。羨ま……じゃなくて、調子に乗ってんじゃねーぞ!」
やっぱりその件だったか。
この前の出来事以降、不審に思ったリア充グループから俺は美加登との関係を厳しく問いただした。
彼らは俺が美加登の弱みを握って脅迫していると疑っている。
当然、俺は否定したし、美加登も「彼とは何も関係ないから余計な事はしないで」と言ったものの、それが逆に庇っているように見える結果となった。
「別に彼女とは何でもない赤の他人だ」
「とぼけてんじゃねえぞテメー!」
まあ何と説明しようが信じてくれないだろうな。
男子達の態度は恫喝に近い。
下手な言い方をすれば怒らせかねないし、暴力沙汰になれば面倒な騒ぎになるし、どうしたものか。
「ちょっと! そこで何をしてるのよあなた達!」
この状況をどうやって打開しようかと考えていたところ、どこからともなく現れた美加登が俺と男子達の間に割って入ってきた。
「み、美加登さん、どうしてここに?」
男子の一人が問う。
彼らは美加登が居れば止められると思い、わざと居ないタイミングを見計らって俺を拉致したのだ。
「あなた達がこの人を連れて行ったって聞いたのよ」
クラスメイトには口止めをしていたらしいが、中には非協力的な者も居たようだ。
「それよりも勝手な行動はやめてって言ったでしょ。こんな所で何をするつもりだったの?」
「いや、俺らはただ美加登さんがコイツに変な事されてないかと思って……」
「それが余計なお世話だって言うのよ! あなた達には関係のない事でしょ!」
「う……」
さすがは学園の女王様。
持ち前の威圧的な態度で、男子数人を一瞬で黙らせた。
彼女としては俺を助ける為ではなく、自分の秘密がバレないようにするのが目的だろう。
どちらにせよ俺にとっては都合が良い。
「やれやれ。良くないなあ、こういうのは……」
その時、男子達の中からやけにねちっこい声が聞こえてきて、端正な顔立ちをした男が登場した。
どうやらコイツがボスらしい。
この男はクラスメイトではないが見覚えがある。
名前は
美加登と違って人当たりの良い性格をしているので、敵をつくることは少ない。
「村上君……」
美加登はしかしそんな男の事を、嫌悪感を露わにして睨みつける。
「美加登さん、僕らは無関係ではないだろう。恋人がどこの馬の骨かもわからない男に良からぬ悪戯を受けているかもしれないのに、放置する事なんて出来ないだろう」
……馬の骨って俺の事か? というか今、恋人って――
「事実を捻じ曲げないでくれる? いつアンタと私が恋人になったのよ」
「何を言ってるんだ。以前、君がラブレターをくれたじゃないか」
「あれは私のじゃないって何度も言ったでしょう。友達の代わりに渡しただけよ」
「友達……」
そう言えば去年の夏頃に、そんな噂を耳にした事がある。
美加登が村上にラブレターを渡して付き合うようになったと。
しかし美加登の様子から察するに、どうも込み入った事情がありそうだ。
「あのー、もしかしてそれって、友達からラブレターを渡すよう頼まれたけど、差出人の名前が書いてなくて、美加登さんが告白した形になってしまったっていうオチじゃないよな?」
「……良くわかったわね」
俺が何気なくした質問に、美加登が不貞腐れた顔で事実を認めた。
何というベタなオチ。
「しかもこの男は何度説明しても一向に信じてくれないし、それどころか私達が付き合っているって噂まで勝手に流し始めたのよ」
「どんな事情があったとしても、僕達が付き合っている事には変わりがないからだよ」
村上が頑なに主張する。
「何言ってんのよ。だいいちアンタには他に彼女が居るんじゃないの」
「それがどうしたの。同時に複数の女性と付き合って何が悪い?」
それまでまともだと思われた村上の口から、耳を疑う台詞が飛び出した。今のは悪い冗談か?
「悪いに決まってるでしょ。二股かけてるのよ」
「人聞きの悪いことを言うなよ。僕はただ一人に決められないから、全員と付き合ってあげているだけだ」
「そーゆーのを二股って言うのと違いますかねえ……」
涼しい顔をして、本気でそんな事を言っているのだとしたら、とんでもないクズだな。
さすがに美加登も取り巻きの男子達も、理解し難いといった様子で困惑している。
人の良い性格は表向きのものだった訳か。
「とにかく私はアンタなんかとは付き合ってないし、そんなつもりも一切ないから、これ以上私に近づかないで!」
「待てよ。逃げることはないじゃないか」
立ち去ろうとする美加登に、村上がすかさず手を掴んで引き止める。
「ちょっと触らないでよ! 放しなさい!」
「いいや、まだそこの馬の骨との関係を聞いてないよ。答えを聞くまでは放さないからね」
「アンタみたいな奴は触られただけで虫唾が走るのよ!」
「いい加減反抗的な態度を改めないとただじゃ済まないぞ。僕のことを好きにならない人間は邪魔なんだよぉ……」
どこの913ですかアンタは……?
美加登は必死に振り解こうともがくが、村上は放そうとしない。
これは良くない展開だ。このままいくと暴力沙汰に発展しかねない。
仕方ないな……。
「まあまあその辺にして、取り敢えず落ち着こう」
苦肉の策で俺は、暴走する村上の肩を掴んで制止した。
「何だお前は! 邪魔をする……」
村上の口から出かかった言葉は、俺がみぞおちに拳を入れたせいで途切れた。
直後、意識を失った村上の身体がその場に崩れ落ちる。
「おいどうしたんだよ?」
取り巻きの男子達が戸惑いの声をあげる。
彼らからすれば死角になる場所から殴ったから、村上が独りでに倒れたようにみえただろう。
一方、全てを見ていた美加登は、別の意味で戸惑った様子で目を丸くしている。
「大変だ! もしかしたら心筋梗塞かもしれない! 早く保健室に連れて行かないと!」
俺はその場を誤魔化す為に、適当な嘘をついた。
「ま、マジかよ……」
幸いにも村上の大袈裟な倒れ方が変な信憑性を持たせたようで、男子達は慌てて村上を保健室に連れて行く。
後に遺されたのは俺と美加登の二人のみ。
「あなた格闘技でもやってるの?」
美加登が訊ねてくる。
「まあね。この通り俺は昔からいじめられやすい体質だから、小学生の頃から護身術を習っていたんだ。ちなみに今のはシステマという格闘技で、D○Aのマ○ーちゃんも使ってるロシアの技だよ」
「……? そう。とにかく助かったわ、ありがと」
「いや、先に助けられたのは俺の方だし、借りを返しただけだ」
美加登に助ける気は無かったとしても、結果的にはそうなった。
「それよりアイツに握られた手は大丈夫なのか? 触られるだけで虫唾が走るとか言ってなかったっけ」
「全然大丈夫じゃないわよ。まだ感触が残ってるし、本当に気持ち悪い!」
「じゃあ早く洗ってくれば?」
「いえ、その代わりこうするわ」
そう言うと何を思ったのか、美加登がいきなり俺の手を自分の両手で包み込むようにして握りしめてきた。
ギュッ。
「え……」
今まで経験した事がないくらい、柔らかくて温かかった。
数秒間、同じ姿勢のままでいた後、美加登の方から手を放し、「じゃあ、ご協力ありがと」と、去って行った。
俺はというと、訳がわからず呆然と立ち尽くしていた。
さっきのはどういう意味だったのだろう。
ウイルスのように汚れを俺にうつしたかったのか、あるいは俺の方が村上よりマシだから上書きしようとしたのか。
前者ならともかく後者であれば、俺にとっては悪い理由ではなさそうだ。
……別に嬉しい訳ではない。
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