アンタって目の付け所が変わってるのね
幼い頃から負けず嫌いな性格だった。
通信簿やテストの成績は常にトップで、クラスの中心に居ないと気が済まない。
そんな私を象徴するような出来事が、中学の頃に起きた。
当時、女子の間で人気だった上級生の男子の告白を断ったら、私が男と遊びまくっているという、根拠のない噂を流された。
私は元々容姿が派手だから、噂を信じる者も少なくなかった。
正直、怒りで頭がおかしくなりそうだったが、人の噂も七十五日という諺に従って、冷静に対処した。
次第に噂を信じる生徒は一人二人と減っていき、最終的に元々私が嫌いだった連中だけになった。
残った連中が何を言おうと知った事ではない。
とにかく私は中学時代はそうやって乗り切ったのだ。
この出来事をきっかけに、私は高校生では男子に極力近づかないようにし、近づこうとする相手には辛辣な態度で追い返した。
周囲からは女王様気取りで性格の悪い女と思われたが、ビッチ呼ばわりされるよりはマシだ。
そんな中で出会ったのがあの男。
久野原啓之。
初めてはっきり存在を認識したのは一緒に日直をした時。
いわゆるオタクというタイプで、普段から一人で本を読んでいる影の薄い生徒。
私の知り合いには、こういうタイプに嫌悪感を持つ者も少なくない。
多分、こういう状況で無ければ、話す機会すらない相手だろう。
会話をしても「ああ」とか「そう」とか素っ気ない返事ばかり。
ただ他の男子と違って私に全く興味を示さないので、その点ではやりやすかった。
そんな印象が変わったのが、一緒に授業で使う教材を運んでいた際。
教材は二つの紙袋に入っていたのだが、何と久野原が両方とも持つと申し出たのだ。
最初は私の気を引くのが目的だと思い、結局この男も他の男子と同じか、と幻滅した。
「女に重い荷物は運べないって言いたいの? そういうのやめて欲しいんだけど」
私がいつものようにつっけんどんに断ると、久野原はこう言った。
「いや違うよ。理科の授業で圧力と面積の関係を習っただろう? 指が細いと重い荷物を持つ時に負担が大きいから、俺が持った方が効率的だと思っただけだよ」
一瞬、理解が追いつかなかった。
しかしある意味合理的な説明であるようにも思えて、何だか妙に納得させられた。
「……ふーん。アンタって目の付け所が変わってるのね」
「ただ効率良く考えているだけだよ」
これがきっかけで、私は彼を他の男子とは違うタイプだと考え直し、正直、ほんの少しだが興味が湧いた。
と言っても恋愛感情とは別物で、若者が真新しいものを知りたがるのと似たようなものだった。
それで、興味本位でこんな質問をしてみた。
「他に何か面白いこと知ってる?」
「そうだな、例えばハイゼンベルクの不確定性原理とかオッカムの剃刀とか。こういうのは普通の日常でも応用が利くんだ」
「そんなの学校では習わないと思うんだけど……」
「まあ学校で習うことが全てじゃないからね。アインシュタインだって学校の成績は大したことなかったけどノーベル賞を取っただろう」
「はあ……」
世間一般では、オタクは学校の成績に直結しない、無駄な知識が豊富と言われるが、どうやら本当のようだ。
アニメや漫画に詳しいのは知っていたが……。
私の知り合いの多くは「それがキモい」と言っていたけれど、私はそんなに嫌悪感はなかった。
むしろもっと知りたいとさえ思い、私は無意識の内に久野原を目で追うようになっていた。
生まれて初めてだ。これほど男子に関心を持ったのは。
改めて言うがこれは決して恋愛感情などではない。ただ……将来的にそうなる可能性は、否定出来なかった。
ところが――
例の話を偶然立ち聞きしてしまってからは、私の久野原に対する評価はリーマンショックやブラックマンデー時の株価のように大暴落した。
「久野原君、いつも一人で本読んでいるけどそれでいいの? ちょっとは周りの人達と一緒に遊んだ方がいいんじゃない?」
「いやいや、そんな事して何の得があるんですか。高校なんて所詮、卒業出来れば成績はどうでもいいんですよ。リア充が無駄にはしゃいだり必要以上に努力するのは目立ちたがりのバカだからですよ」
この発言が私の逆鱗に触れた。
貧乏な家庭に生まれたせいで、人一倍努力しなければ欲しいものは手に入らなかった。
それなのに、人が何の為に必死に努力しているのか知りもしないで、無責任な事を言うのが許せなかった。
以降、私は男子の中でも、特に久野原に対してキツく当たり散らした。
今思い返すと、本人は何も知らないのだから、一方的かつ理不尽だったと後悔している。
そんなある日、条件の良い求人に応募したら、偶然にも久野原の家にメイドとして雇われる事となり、心底驚いた。
だがこれは同時に過去の行いを謝罪するチャンスでもある。
タイミングを見計らって今までの私の過ちを許して貰おう、そう思っていたのだが……。
仕事中、久野原は幾度となく私に嫌がらせを仕掛けてきて、謝罪する暇さえ無かった。
どうやら予想以上に彼の私への恨みは強かったようだ。
まあ元はと言えば自業自得なのだから仕方ないのだが、そんなにあっさり割り切れるようほど私は聖人君主ではないし、むしろ負けず嫌いな性格。
気がついたら売り言葉に買い言葉。やられたらやり返すの精神で、私も反撃してしまっていた。
しまいにはお互いに引っ込みがつかなくなって、もはや謝罪の機会は完全に失われてしまい、どうしたものかと途方に暮れた。
そこへ私のちょっとしたミスから、怪我の功名でようやく謝罪する事が出来た。
まあそのせいで新たな問題も発生したのだが、これから一緒に過ごす時間も多くなるのだし、ゆっくりと誤解を解いていけばいい。
いや別に仲良くなりたい訳ではない。
断じて。
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