第2話 ヒロインは強情であれ

 みなさまごきげんよう。またお会いしましたわね。ヴィオレッタでございます。

 え、あたくしの正体? 心当たりがある? おっほほほ、なんのことやら。

 どうしてそんな偽名を名乗っているのかって? それはですね、ここだけのお話、協会に入っているからですわ。お話好きな方々が集まる協会。

 協会というよりお茶会仲間なのですけどね。皆さん随分と長いお付き合いで、同じ顔触れで飽き飽きすることもございますから、ニックネームを変えたりして楽しんでおりますのよ。

 あたくし、つい先日まではミズ・パープルと呼ばれておりましたのに、そろそろ皆でキャラ変をしようと沙翁が提案されたのでマダム・ヴィオレッタという愛称をちょうだいしましたの。

 近頃お茶会でも皆さん精彩を欠いていらして。新しい方が増えればまた違うのでしょうが、協会メンバーは優れたストーリーテラーでなくてはならないという暗黙の条件がありますから、ほいほいスカウトするわけにもいかず。

 ほら、アメリカのあの方。あの立派な名前の方は、こちらにいらしたなら必ずや入会間違いなしだと予想しておりますが、決めるのはストーリーテリングの〈神〉たるアオイドスですから、あたくしにはなんとも言えませんのですけど。

 うふふ、そう。面白いお話を探すのにポピュラーもクラシックもリテラチャーもありませんわ。ただただ美しい物語をあたくしたちは求めておりますのよ。

 そうは申しましても、時代性というものはございますから、時代に合ったテーマやモチーフや演出、キャラクター造成はどうしても必要になりますわよねえ。

 時代背景を一切排除し、卓越した心理描写のみで普遍的な人間性を描き出すなんて芸当ができる作家は、数えるほどしかいないでしょうから。お話の展開も単調になりがちですし、描写だけで読ませることとお話の筋を際立たせることはなかなか両立できないのだと難しさを感じます。マクドナルドのハンバーガーを食べながらトリュフを味わったりしたらもったいないですしねぇ。フォーマルで大衆食堂に出かける人はいないし、高級な食材を味わうならそれに釣り合う演出空間での方が良いですわ。相乗効果ですわね。

 ですけど、時代の関係なしに好まれるキャラクター像というものはありますわよね。ヒーローなら俺様で天然で仲間をぐいぐい引っ張って我が道を行くタイプ。最大多数に好まれるのはそうではなくて?

 そうそう、ご存知? 子どもと大人では読書の仕方が違います。子どもはキャラクターになりきって自分も冒険している気分を味わい、大人は自身の経験や知識を重ね合わせてキャラクターを吟味します。この違い、男性と女性の違いにもあてはまるとあたくしは考えます。

 つまり、男性はヒーローに自分のロマンを求め、女性はヒロインに等身大の共感と、それより少し上の理想像を求めるのです。この、少し上っていうのがミソですのよ。

 おもしろい調査結果がありましてね。欧米の少女たちは、自分自身の容姿と同じ髪の色や瞳の色、性格も自分と傾向の近いプリンセスを好むのに対して、日本の少女たちには、自分とはまったく異なるタイプのプリンセスが人気なのですって。だからといって、あまりにもパーフェクトなヒロインだと劣等感や嫉妬を感じずにはいられない。自分と同じような悩みや不満を抱えた身近なキャラクター、それでいて憧れのプリンセスっていうのが重要ですのよ。

 今、女性向けの創作物にも令嬢ものがあふれかえっているところを見ますと、少女が大人になっても好む傾向は変わらないというところでしょうか。しかたありませんわね、女はマウントを取りたがる生き物ですから。

 プラスここでは時代性ということで。何かと協調性が求められる現代において、自分の意見をしっかりと持ちそれを曲げない、芯のあるヒロインにはみなさん憧れるのではないでしょうか。

 なのにそんなヒロインが、俺様ヒーローに強引に唇を奪われたくらいで言いなりになるとかって、がっかりじゃありません!? あれだけお高くとまってたくせにちょろいんかよっ、とそれはもうがっかりですわ!! 処女が一晩いいようにされたくらいで快楽堕ちとか本当にありえませんわ!!!

 あ、いえ、こほん。失礼、言葉が過ぎましたわ。ええまあ、リアルではごにょごにょなことはごにょごにょなわけですし、実際ごにょごにょなわけですから、だからこそお話の中ではヒロインには毅然としていてほしいですわ。無理矢理くちづけされたなら唇を噛み切ってやる、これがデフォルトじゃないんですの⁉

 ……あら。そういえば、そういう場面にはとんとお目にかからなくなりましたわね。ああ、そうですのね。イマドキのヒロインは簡単に奪われてしまうのですね。むむむ、これはどうしたことでしょう。いつからヒロインは噛み付くことをやめてしまったのでしょう? 気になるところですが、あたくしそこまで暇ではありませんし。

 はいそう、イマドキ。イマドキの読者はスピーディにお話が進むのを好むそうですから、ヒーローとヒロインの関係もとんとん拍子に進んで早々にいちゃいちゃらぶらぶに突入するのが良いのだそうですわ。ヒーローとヒロイン、ふたりだけの世界。三角関係ですらストレスなのだとか。まあああ、つまらない。

 まあね、あたくしもぐずぐずしたヒーローの背中を蹴りつけたくなる方ですから、さっさとくっつけよ! っていうのは分かりますけど。

 けれど、先ほど申し上げた共感。やはり恋愛感情の機微に共感もしくは納得ができなければ物語を堪能できませんわ。ふたりの距離を縮めるイベントの重要性ですわね。

 ですけど、事件を起こすのはなかなか大変。そこでお手軽に事を進めるのにあたくしがお薦めするのがモチーフの活用です。




(例文)


 ヘンリエッタは絶望していた。婚約者のアンドリューに対して素直に気持ちを表せない自分自身に。仕方がないといえば仕方がない。彼との出会いがそれはもう最悪であったから。

 今ではそれはヘンリエッタの誤解であり、彼もまた自らの気持ちを表に出すことができず理解されにくいだけで、本当は気持ちのあたたかな優しい人であることは分かっている。

 でもだから。本当は素晴らしい人である彼がヘンリエッタを好いていてくれるとはとても思えず、その自信のなさが彼女の態度を更に頑ななものにさせていた。本当は、優しく彼に笑いかけたいのに、いつもしかつめらしい顔をしてしまう。

 ため息をつきながら彼の軍服の上着にブラシをかけていたヘンリエッタの瞳にたまらず涙が浮かぶ。こんなに心が通い合わないままで結婚なんてできるわけがない。たとえ彼を愛していても。

 思わず、その持ち主にしたくてもできない行為をするように上着を胸に抱く。すると、がさりと不自然な物音がした。

(なにかしら?)

 音の出所を捜してヘンリエッタは上着の内ポケットに手を伸ばしてみる。そこには古びた写真があった。写っているのは七歳ほどの男の子と女の子。

 まじまじと食い入るように写真を見つめ、ヘンリエッタは頭を金づちで殴られたような衝撃を覚えた。写真の女の子は自分で、隣に並んで立っている男の子のことも見覚えがある。子どもの頃たまに家に来て一緒に遊んだ男の子だ。更に今だから気付いたこと。その男の子には、彼の面影があった。

 ヘンリエッタは震えながら写真の裏書を確認した。そこには確かに「アンドリューとヘンリエッタ」と記されてあった――――――



     *     *     *



 どう? 不仲だと思われていたふたりは、実は幼い頃に出会っていて、ヒーローは密かにヒロインを想い続けていたことがこの写真で発覚するという演出よ。これでヒロインはヒーローの想いを知り、思い切って彼の胸に飛び込むという寸法よ! おっほほほ、あたくし天才。

 こういう小道具の便利なところは、動機付けを補強したくなったときに後からでも仕込めるということね。「は? そんな匂わせまったくなかったじゃん、後付けじゃないの?」って突っ込まれたら「ちゃんと最初から考えてましたっ」って言い張るのよ!

 あら、楽しい時間は過ぎるのが早いですわね。もうこんな時間。そろそろお暇いたしますわ。あたくしも忙しいので。またお会いしましょうね。

 チャオ! シー ユーネクストタ~イム 。

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ストーリーテラー・ ヴィオレッタ の荒療治 奈月沙耶 @chibi915

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