ストーリーテラー・ ヴィオレッタ の荒療治

奈月沙耶

第1話 ヒーローは異世界転生で決まり

 ハロー。ボンジュール。グーテンターク。

 みなさまごきげんよう。本日もご機嫌な読書日和ですわね。もっとも、読書に向かない日はない、あたくしはそう断言しますけど。

〈物語の出で来はじめの祖〉である「竹取の翁」以来幾星霜、今日ではそれこそ数多の星の数ほどの物語がこの世にさんざめいておりますわね。

 そのすべてを精読するなど不可能、ですが物語好きとしましては、まだ見ぬステキなお話に出会いたいと常に欲するのが当然というものですわ。

 ですから、今日も明日も明後日も新しい物語を求めて出かけるの。物語が集まる場所にね。

 ですけどあたくし、こう見えましても物語にはうるさいの。ですからはがゆい思いをすることが多くて。

 物語にも秩序というものがございます。予定調和だからこその美しさ、感動、カタルシスというものがございます。その調和を乱して、読者や観客が予想しない展開へと持っていくことがデキる作者だとでも思いこまれているふうな節が多いのはあたくしの気のせいかしら?

 クライマックス、読者は己が望む終局へと頁をめくることに心地よさを感じます。カタルシスを期待します。それなのに、思いもしない場面をつきつけられたら?

 あたくしだったらがっくりきますわ。作者はこの展開をドヤ顔で読者に突きつけているのだろうと思うと腹が立ちますわ。

 もちろん、意表を突く展開だってよろしいのよ、面白ければ。面白くって満足できるならあたくしだって文句は言いませんわ。でも、そうでないことがあるから悲しいのです。悔しいのです。

 え? そう言うあたくしは何者かって? あら、失礼。あたくしのことはマダム・ヴィオレッタと呼んでくださってけっこうよ。

 こう見えましても、大昔、あたくしも物語など紡いでおりましたのよ。あたくしがお話の続きを書き上げるのを今か今かと皆様が待ち構え、あたくしの許可もなく拡散してしまって、ときにはしなくてもいい悲しい思いもいたしましたわ。

 お話を書くってとても辛くて孤独な作業ですわ。このお話は皆様に受け入れていただけるのか、読まれて不愉快な気持ちにおなりになる方はいらっしゃらないだろうか、いえ、それでもあたくしはこのお話を書くのだわ、と、不安で苦しくて、あの場面はどんなふうに思われているだろうかと悩んで夜も眠れませんでしたわ。

 お話を公にするってそれほど覚悟が必要なこと。ですからあたくしは物語作者の皆様を心から尊敬しておりますわ。

 ですからこそ、はがゆいのです。物語で大切なこと。それは調和です。調和が整ってこそ物語は美しくハーモニーを奏でるのですわ。

 物語が文字で記されるようになるよりずっと昔、口伝えで語り継がれてきたお話たちがそれを証明していますわ。調和があるから語り継がれ、人々の記憶に残されてきた。古からの〈話型〉〈パターン〉、つまりはテンプレートですわね。

 そうそう、今日ではこのテンプレを随分と便利にお使いになる作者が多いようですわね。異世界転生とか。ふふ、こう見えましてもあたくしちゃんと知ってますのよ。物語が好きですから。

 ですから気づいてしまいましたの。とにかくヒーローを異世界転生にすれば、お話は面白くなるんじゃないかしらって。




(例文)


 やあ、僕はルーク。地方のしがない農家の息子さ。田舎暮らしが嫌になって家を飛び出し、この王都にやってきたところ。これから冒険者ギルドに行って仕事を紹介してもらうつもり。

 こう見えても僕は腕に覚えがあるんだ。故郷で、隠居中の元軍人のじーさんに鍛えてもらってたからね。冒険者としてやっていく自信はある。

 それにしたって王都はすごいなあ。道はきれいで広いし人も多い。

 んんっ。なんだか向こうが騒がしく―――――――――



     *     *     *



 はい、すとーっぷ、すとっぷ、すとっぷ、ジャストモーメント。

 ダメよ、ダメダメ。イマドキじゃない!

 イマドキにするならこうよ!




(例文)


 やあ、僕はルーク。地方のしがない農家の息子さ。田舎暮らしが嫌になって家を飛び出し、この王都にやってきたところ。

 身一つの僕のアピールポイントは、故郷で、隠居中の元軍人のじーさんに鍛えてもらってたから多少は腕に自信があることと、あとひとつ、とっておきの隠し球がある。

 僕には前世の記憶があるってこと。前世の僕はもっともっと文明が発展した便利な世界で生きていた。それに比べて、この世界は元の世界の歴史の中世くらいの時代であるらしい。

 というか。ちょっと信じられないかもしれないけれど、どうやらここは、前世で僕が遊んでいたゲームの世界みたいなんだ。

 いや、僕はかなりの確率でその可能性に確信を持っている。僕は今、ゲームのヒーローとしてゲームの世界で生きていて、前世の記憶にある通りのイベントだって起きている。

 ほら、今だって。この通りで待っていれば、神殿の聖女様の行列がやってくる。そして僕は聖女様に見いだされ、ある使命を―――――――――



     *     *     *



 どう? 異世界転生で、ゲームの世界に転生するパターンよ。

 お話の展開は現地ヒーローが冒険するのとさして変わらないとしても、キャラ設定を転生者にするだけで読者の注目度はダンチよ!

 もちろんタイトルには「異世界転生したら」を忘れてはダメ。「異世界転生」「ゲーム知識でチート」のタグ付もするのよ。「聖女」とか「美少女」とか入れておいてもいいわ。これだけでPV百倍は固くてよ。おっほほほ、あたくし天才。

 ヴィオレッタ、キャラ変わってないかって? あらあら、そんな細かいことはお気になさらないで。

 だってね、どんなに楽しく面白く惚れ惚れするような物語だとしても、イマドキの要素がなければ古臭いと需要はないし、流行の後追いをして人気作と関連付けないと読者の目にも止まらないのよ。

 悔しいわ、はがゆいわ。それなら、ちょっとくらい流行りの要素をデコレートしておいてお客を引っ張り、中身で勝負すればよいのではなくて?

 でも、そうは言っても、何事もやり過ぎはいけないわ。タイトル詐欺、タグ詐欺なんて非難をされないようほどほどになさいませ。何はともあれ肝心なのは中身、物語の美しさでございますから。

 あら嫌だ。もうこんな時間。こう見えましてもあたくし、忙しい身ですの。本日はこれくらいで失礼いたしますわ。

 お話しできて楽しゅうございました。またお話しいたしましょうね。

 オ ルヴォワール。シー ユーネクストタ~イム 。

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