鈴原裕介
柳瀬梁の葬式に来ている。
幼馴染とも言うべき梁とは人生の大半を共に過ごして来たと言っても過言ではない。梁はどうせ覚えていなかっただろうが、小学生の頃に虐められていたのを助けてくれたのがあいつだった。
何で虐められていたのかは思い出せない。思い出せるのは、馬鹿馬鹿しい話なのだが、俺が虐められていると梁は駆けつけ「いじめはよくない!やめろよ!」とそれはもう壊れたラジオのように繰り返していたことだ。やり返されてもその言葉を繰り返し叫び続けて、ついには回りの人間が根負けした形で俺への虐めは終息した。
あの頃から、俺にとって梁は実在するヒーローであった。梁といるときだけが心休まる。それは変わることはなかった。
だからだろうか。今、梁の子供達に支えられている柳瀬夫人には負い目を感じずにはいられない。
自分の人生を振り返れば、梁に捕らわれた人生であったと思う。パートナーと呼べるような相手は今まで存在しなかった。そもそも異性の体に興奮することが出来なかったのだ。
大学を卒業し就職し、金に余裕が出来た頃、男を買って見たこともある。しかし、思い出すのは梁の事ばかりだった。あいつの怒った顔や泣いた顔。笑った顔や黄昏た横顔。頬に手をやり、唇を重ね、舌を絡ませても興奮する事よりも違和感の方が先にたった。だから、同性のパートナーすら俺には出来なかったのだ。
焼香をあげる列に並びながら、梁の子供達に目をやる。何処かにあいつの面影はないかと探して見るも不毛に終わる。梁はこの世で梁だけなのだ。当たり前のことなのだが。
結局、俺は好きな相手に好きだとは伝えることも出来ず、また他の誰かを好きになることも叶わなかった。そこまで純情な人間であると気がついた時には梁は結婚し子供に恵まれていたのだ。
たぶん、俺は生まれ変わっても同じ事を繰り返すのだろう。同じような生まれで、同じような過ちを犯して、同じように助けを待つだけで、同じように梁に助けられて、同じように梁を好きになって、同じように梁は離れていく。それはそれで悪くないな、と今は思う。梁ともう一度会えるのならば。
棺に花を添える順番を待つ。一歩一歩進む横では梁を通じて知り合った人達が過ぎ去って行く。
花を受け取り棺の前にたった。死化粧をした梁ですら愛おしく映る。俺は梁の胸元に花を添えて、葬儀所から立ち去った。
好きだとは伝えないでおく あきかん @Gomibako
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