好きだとは伝えないでおく

あきかん

柳瀬梁

 鈴原裕介を好きだと自覚したのは中学生の頃。あいつは何でもそつなくこなす秀才で、勉強もスポーツも出来た。

 俺はそれが羨ましかった。俺達はいつも一緒にいたが、誉められるのはあいつだけ。「裕介くんみたく頑張れないの?」と、周りから言われているかのようだった。

 あいつは一人でいるときは、決まって文庫本を読んでいた。それがまた様になっているのだ。ある種の近寄りがたさを出していた。そのためか、クラスからは若干孤立していたと思う。俺はあいつ以外とも遊ぶこともあったし、部活も入っていた。

 元来不器用な俺は何をやっても苦労した。ちょうど、プロサッカーリーグが始まり、その流行りに乗っかりサッカー部へと入部した。そして、予想どおり上手くできなかった。

 ボールを蹴る、止める、走るタイミングや体の使い方。どれをとってもセンスの欠片も見出だせない。あぁ、またか。と、諦めかけた時にあいつは手を差しのべてくれた。

「ボールに対して正面で受け止めれば、後ろへはいかないよ。」

 そんな事を言いながら、あいつは俺の自主連に付き合ってくれた。

「そんな事はわかってんだよ。」

 と、俺は口には出すが上手くいかない。それでも、何度も何度も繰り返し、あいつのアドバイスも耳にタコが出来た頃には、それなりにボールを扱えるようになっていた。

 その頃から俺にとってあいつは特別な存在へと変わったのだ。サッカーに限ればあいつより上手くなった。それでも何かとあいつに頼ることが増えたと思う。


 高校に上がり、俺達は一緒の高校へと通うことになった。近所だから、とあいつは言っていたが、俺と同じ高校を選んでくれたのだと自惚れていた。

 よくよく考えれば、近所で最も偏差値の高い高校がそこだったというのが真実だろう。俺はドベに近くあいつは進学組に振り分けられたが、前と変わらずあいつは俺とつるむ事が多かった。

 しかし、変わった事もある。あいつはモテ始めたのだ。告白される事は無かったが、妙に女があいつに付きまとい始めた。

「数学を教えて?」

 と、同じクラスの女があいつの肩と肩を触れ合わせる。そんな露骨な態度がよく目についた。

 俺はそれに嫉妬した。あいつの横は俺の指定席だぞ、と声に出したい思いを堪える。それが普通ではない、と言うことだけは馬鹿な俺でもわかっていたことだ。

 進路を決め始める頃、俺はあいつと距離をそれとなく取ることにした。あいつは進学するだろうから、俺は就職すると決め、進路相談でも親にも就職希望であると伝えた。

 それでもあいつとの縁は切れることは無かった。就職活動に疲れていた時、「お前の良さは諦めが悪い事だよ。」とあいつに言われて頑張る事ができた。特別なあいつにそう言われると、あり来たりな事でも本当の事のように思えたのだ。


 そう言えば、あいつの悩みは聞いた事が無かったな。今度の結婚式の二次会で聞いてみるか。あいつに出した12月中旬に予定している俺の結婚式の招待状には、参加希望で返信があった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る