エピローグ

第33話 戦いの果てに

 イベントの翌日。


 騒がしい週末が嘘だったかのように、ごく普通の退屈な月曜日が始まった。


 僕は朝の挨拶が苦手なので、誰よりも早く登校して、机に突っ伏して寝たふり。


(来たばかりだけど早く帰ってゲームしたい。……アリサはいつから遊べるんだろう。明日からはずっと一緒だって言ってたから、早ければ今日かな。ジェシカさんもたまには喋ってくれるのかな。あーあ。イベント、またやってほしいなあ)


 昨日はゲーム終了後に意識を失ってしまい、気付くと休憩スペースのソファで寝ていた。


 ジェシカさんが運んでくれたらしい。

 アリサも含めてゲーマーチームは祝勝会に出かけ、ジェシカさんだけが僕に付き添ってくれた。


「アリサもお前と一緒にいようとしたんだけどさ。みんなと一緒に行ってもらったよ。せっかくカズがひきこもりお姫様を穴から引っ張り出したんだからさ。もっと他人と接してもらいたいわけ」


 昼の日差しが休憩エリアを日向と日陰にくっきりと分けている。


 僕は日陰にいて、ジェシカさんは日向にいた。


 ジェシカさんが気を利かせて僕を日陰側にしてくれたのだろうけど、ふたりの明暗が何かを暗示しているようで、嫌だった。


 僕は恥ずかしいし緊張したけど、ジェシカさんの隣に移動した。


 生まれて初めて、自ら異性の隣に座った。


 お別れしたくなかった。


 たまにはアリサのボイスチャットに割りこんでくるかもしれないから、最後だとは思わない。

 けど、きっと、もう今までどおり毎日のように会話することはない。


 ジェシカさんが肩を抱き寄せてくれた。


「カズ、ありがとう。お前のおかげでアリサは元気になった。きっと昔みたいに、友達を作れる」


 僕は泣きそうだった。

 口にしたくてもできない言葉がある。


 もし「これからも僕とボイスチャットしてください」と望んだら、ジェシカさんはどう反応するんだろうか。


 ただでさえ終わりそうな関係を、最後の最後に壊してしまうのが怖かった。


「そういえばイベントに来てくれたら、一つ言うこと聞いてやるって約束しただろ。何かしてほしいことあるか? ほっぺにチューでもしてやろうか? ん?」


 ジェシカさんが目を細めて、優しく笑っている。


 冗談だと分かっていたから、僕は頷きたかった。

 案外、ジェシカさんのことだから、頬に軽く触れるくらいなら、してくれるかもしれない。


 けど、僕は照れ隠しで、「英会話を教えてください」と頼んだ。


「僕、来年、受験だし。ジェシカさん、前、教えてくれるって言ってたし」


 咄嗟に思いついたとはいえ、我ながら卑怯だ。

 ジェシカさんが僕に英語を教えるためには、ボイスチャットを使うしかない。


「ん。分かった。女を口説けるレベルになるまで、徹底的に教えてやるよ」


 頭を乱暴に撫でられた。

 僕はジェシカさんの約束を信じるしかない。


 それから僕たちはゲーマーチームに合流して、祝勝会に参加した。

 無口になりがちな僕にジェシカさんやみんなが話題を振ってくれるから、場からあぶれることなく楽しめた。


 暖かい思い出を抱えて、僕は教室で寝たふりを続ける。


(イベントが半年に一回って、少ないよ。毎月やってよ。そうしたらジェシカさんやアリサに毎月会えるかもしれないんだし)


 祝勝会の思い出を反芻していると、だんだんと教室内が騒がしくなってきた。クラスメイトが次第に登校してきているのだろう。


 僕は寝たふりを続ける。


 様々な声が混じり合っている中で、ある女子生徒の声が何故か聞きとれた。


「うっ、もう来てる。昨日のことおしゃべりしながら一緒に登校したかったから待ってたのに。早すぎるよぅ」


 誰かは分からないが、おそらく僕のように楽しい休日を過ごせたのだろう。

 僕も最高な休日をエンジョイできたけど、思い出を語り合える人はいない。


「……ゲーム機、買おうかな。でもゲームのこと分からないし。あ、そうだ。一緒に買いに行ってって誘おうかな。でも、でも、それってデートなのかな」


 なんだか女子生徒が盛り上がっている。

 どこかで聞いたような声だけど、女子高生の声は同じようなのばかりだから分からない。


 ジェシカさんやアリサの声だったら、たとえ教室中がうるさくても聞き分けられるだろうなあ。


「よーし、全員、席に着け」


 ドアの開く音がし、教師の登場で教室内が静かになった。


 けど、静寂は一瞬だった。

 けたたましい声が教室内の至る所から沸き上がる。


「ひっ」という小さい悲鳴が聞こえた瞬間、僕は跳ね起きた。


 寝たふりをしていたから、ゆっくり起きなければいけないんだけど、それどころじゃない。


 僕は夢を見ているのだろうか。


「あー、お前ら、少し静かにしろ。困ってるだろ」


 見慣れた教師の傍らで、小柄な少女が俯いている。

 両手を身体の前でもじもじさせて、手にした紙をくしゃくしゃにしている。


「アリサ!」


 僕が驚きのあまり思わず名を呼んでしまうと、少女は勢いよく顔を上げた。

 窓から差しこむ太陽が髪の毛を抱いてキラキラと輝く。


 蒼い瞳が僕の視線と重なり、大きく開く。

 早朝の湖のように清んだ瞳は、間違いなく、僕を見つめている。


 アリサは僕から視線を外すと、手にしていた紙を握りつぶし、小さく半歩ほど前に出た。


「アリシア・サンチアゴ。14歳です。読み書きはできないけど、日本語は話せます。よろしくお願いします」


 ぺこりと頭を下げる。

 教室の至る所から、わっと歓声や拍手が巻き起こる。


 教師が両手を小さく縦に振りながら、静かにしろと合図。


「サンチアゴさんは在日米軍の家族向け学校に通っていた都合で、みんなより年下だけど学年は同じだ。学校制度の違いによる飛び級みたいなもんだな。不慣れなことも多いだろうから助けてやってくれ。あと、藍河」


「は、はい」


 いきなり名前を呼ばれて、心臓が止まるかと思った。


「サンチアゴさんとは知り合いらしいな。あとで校内を案内してやれ。それから暫くの間は教科書を見せてやれ」


「は、はい」


 教室中の視線を集めていることに気づいた様子もなく、アリサが小走りで隣にやってきた。

 アリサは僕の机に両手をつき、上半身でグイッと迫ってくる。


「えへへ。カズ、驚いた?」


「な、なんで居るの?」


 おでこがくっつきそうな位置に近づいてきたから、照れるのを我慢して、敵拠点に潜入したときのように声をひそめた。


「アメリカに引っ越したんじゃないの?」


「え? わたしもジェシーも『明日からも一緒だよ。これからもよろしくね』って言ったよ?」


 え。


 いや、確かに昨日の別れ際にそう言ってたけど、ボイスチャットで一緒に遊ぶってことでしょ?


 ジェシカさんだけが一時的にアメリカに帰国したってこと?


「いやいや、なんで僕の通っている高校に?」


「あれ。この前の夜、ジェシーが学校を特定しているって言ってなかった?」


 え?


 あれ?


 確かに金曜日のボイスチャットでジェシカさんが個人情報を特定しているとか、来週襲いに行くとか言ってたけど、冗談じゃなかったの?


 アリサは僕や周囲の反応など気にした様子もなく、机を寄せ、肩をくっつけてきた。


 ちょっと待って。


 ジェシカさんが仕組んだことなの?


 なんなの、あの人。


 ゲーム初心者なのにモーションコントローラーを使ったら変態じみて強かったし、アリサが在日米軍家族向けの学校に通っていたっていうし、特殊部隊や女スパイ的な何かなの?


 というか、同じクラスにアリサを転入させてるし、まじでなんなのあの人。


 待って、待って。

 考えが追いつかない。


 教師が連絡事項を済ませ、教室を出て行った。


 指揮官不在の部隊を支配するのは、無秩序だ。

 一瞬で教室中の視線がアリサや僕を狙った。


 僕は視線の射撃から身を護るのに精一杯で、味方が危険な爆薬を手にしていることに気付かなかった。


 引きこもりだったらしいアリサは学校生活に不慣れだからか、爆薬の取り扱いを盛大に誤る。


「カズ。これからは夜だけじゃなく、昼も一緒だね」


 教室内が騒ぎになった。

 空爆か迫撃砲かというくらい、あちこちで声の爆発が連鎖していく。


 目がくらんでいる間に、僕たちは完全に包囲されてしまった。

 逃げ場を探す間もなく、クラスメイトによる尋問が始まった。


 ああ、これはもう、人との会話が苦手とか、弱気になっている場合じゃない。


 元凶は隣でおどおどと小さくなってしまったから、僕が護るしかないじゃん。


 まったく、最高の相棒のくせして、最悪のトラブルメーカーだよ。


 でも、これからもずっと一緒だから。


 よろしく、相棒。

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FPSで伍長だから雑魚だと思った? 実は最強クラスです。僕を追放した奴等は後悔しても、もう遅い。あと、リアルで会ったフレンドはメスガキでした。一緒に仲良くゲームします。 うーぱー @SuperUper

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