最終話 俺の彼女がこんなに可愛いわけがない

「さて、さっきの薄谷マネージャーの言っていたことのおさらいだが」

「はい! はい! はい!」

「米沢米君。発言どうぞ」

「はい。あれは全部薄谷の作った嘘です。まったくの出鱈目です」

「そうですか……じゃあ俺のこと大好き、超好きって言っていたのも……?」

「……ナンデオボエテルンデスカネー」


 米は再度顔を真っ赤にしてちゃぶ台に突っ伏した。


「これはまあ置いておくか……」

「いや、そこは置いてかないで。ボクは確かに言いました。新くんのこと、大好き。超好きって言いました」

「……お、おう」


 うわ、クソ照れ臭い。俺は彼女と目を合わせられず顔をそむけた。


「えへへ、お返し……」


 俺の彼女、可愛い。超可愛い。世界一可愛い。

 だからこそ言わなくちゃあいけないことがある。


「実は俺、米に伝えたいことがあったんだ」

「えー、なになに? あらたまってー? 彼女のボクがなんでも聞いてあげますよ?」

「…………別れようと思って」

「…………いや、いやいやいやなんでどうして!? ボクなんかやった!? また何かやっちゃいました!?」


 ちゃぶ台に身を乗り出して俺にしがみつく米。


「米は悪くない! ただ俺の気持ちの問題なんだ! 俺は声優としてやっていけそうにない! 仕事がないんだ!」

「一年前のボクもそうだよ! ボクは新くんと違ってバイトせず、親戚の家で家事手伝いもとい寄生ニートしてましたけどね!」

「俺は君にふさわしくない! 俺が不甲斐ないから、今日やる新米だって今月で終わりなんだ!」

「え? 終わらないよ?」

「終わりなんだよ! 社長から直接言われたんだ」

「あー、しまった……これ、社長から口止めされてたんだ……でもまあいっか。言っちゃおうっと。実はね、終わりは終わりでも来月から」

「ストーーーーーーーーップ!! 米ちゃんストップ!!」


 突拍子なく楽屋に光浦社長が流れ込む。


「ちょっとちょっとそれ先週言ったよね!? 新井くんだけには秘密で、番組の最後に教えるって! 今月で新米二人は終わりです、と涙ぐみながら告知する新井くんの後ろからプロデューサーであるこの私が立札を持ってね、来月からはなんと新米2が衛星放送のれっきとしたテレビ番組に生まれ変わりまーす! とサプライズする予定なんだから!」

「社長、それは本当なんですか?」

「……あ、全部もらしちゃった? てへぺろ」

「もうそれ古いですよ。ボクも使ってないです」

「がびーん」

「それはもっと古い」


 俺を咳払いして社長に詰め寄る。


「社長、今の話は本当なんですか……?」

「バレては仕方がない。これ以上嘘を通しても何の意味がないからね。でも伏線あっただろ? 創造、破壊、そして再生とね。全部君の頑張った結果であり成果だ。この番組に注目している業界人も多い。アニメではないが最近流行りのソシャゲをしないかと先方から声がかかっているほどだ。プロデューサー、そして社長として鼻が高いよ」


 そして社長は俺の肩をぽんと叩く。


「社長……」

「新井くん……」


 俺は胸の前に拳を作った。力一杯に握っている為、ぶるぶると震えている。


「……今日という今日はどついていいですかね?」

「あれれ、あれれ? もしかしてお気に召さなかった?」

「俺がどれだけ! どれだけ精神的に追い込まれたか!! あんたの身勝手な思い付きのせいで! おわかりですかねえ!?」

「おっと仕事を思い出した。彼女との時間大切にしたまえ、若人よ」


 社長は本気の殺気を察知して一目散に逃げ出した。

 声優としても社長としてもプロデューサーとしても優秀なら逃げ足も優秀だ。

 俺はドアを閉めなおす。


「あー……もー……いやー……」


 人間不信になりそう。


「新くん、これで全部誤解が解けたわけだね」

「……おかげさまで」

「じゃ、じゃあ、ボクとお付き合いも続くということで」

「えと、それは……保留で」

「保留!? やっぱりボクに何かしらの原因があるの!? 治すから言って!」

「本当に米にはないって……どうしてそう自分を卑下するのか」

「……実はね、ボク、トラウマがあるんだ」

「……それは初耳だ」

「うん、この際だから聞いてほしい。ボクは好きなものを見つけるとそれで頭がいっぱいになるの。それなしじゃ生きていけなくなるの。例えば家にお気に入りのタオルケットがあるじゃん? ボクはそれを幼稚園に持って行ってる時期があったんだ」

「なるほどね」


 トラウマを打ち明かすと言われては聞き流せない。俺は腕を組んだまま、じっと座布団の上であぐらをかく。


「それは人も同じなの。小学六年生の時、すごく仲良くなった友達がいたの」

「ちょっといいかな?」

「どうぞ」

「……それは女友達かな」

「そうだけど?」

「ヨシ! 続けたまえ」

「う、うん、続けるね……中学に進学するとクラス替えで別々になったの。私は授業の合間もどれだけ少ない時間でも彼女に会いに行ったの。それだけボクにとっては特別な人だった。でもね、彼女は違ったんだ。だんだんと疎まれ……いや距離を置かれて、まあ離れてください察してくださいオーラっが出てたかな」


 言い直してるけどあんまり意味変わってないのでは?

 なんてツッコミは無粋。黙ってうなずく。


「オチらしいオチはないよ……そのまま友達とは疎遠。でもボクは……変わらず誰かに依存しちゃうんだ。そして今が君。新くんなんだ」

「そうか、俺か……」

「信じてもらえないかもしれないけどボクは依存を抜きでも新くんが好き。ちゃんと……ちゃんと? れっきとした? 結局は依存なのかもしれないけど恋をしてるんだと思う。ボクは新くんのことが好き。ゲームが得意で、勝つとドヤ顔して、でも相手を見てレベルに合わせてくれる優しさとか、本気を出すと寡黙になって、ちょっとミスるとガラの悪い舌打ちをするけどいつも優しい新くんとのギャップがあってそんなところもたまらなく好き」

「そうか……そうか……」


 やばい。

 脳が死ぬ。

 幸せ死する。


「ボクは今の仕事が好き。手放したくない。そしてそこに新くんがいたらもっと幸せになると思う。ここまでボクに言わせて、まだ気持ちは変わらないかな?」

「……気持ちはすごく嬉しい。けど俺、しょぼいじゃん。光浦社長みたいにスマートでかっこよくないし」

「えー、光浦社長? ないな。過去にファンに手を出してたんでしょ? 最低じゃん」

「薄谷マネージャーみたいに身長高くて気配りできないし」

「もっとない。身長は高ければいいってもんじゃないよ。気配り? 空気をぶち壊していなくなったじゃん」

「行田先輩みたいに自分のポリシーを突き抜けるわけでもない」

「…………行田先輩って誰?」


 米が俺の隣に座り頬をそっと触れる。溢れる涙をぬぐう。

 みっともない姿を見せても彼女はいつもと変わらぬ笑顔だ。


「本当は涙を見せずに笑って別れるつもりだったんだ。もう何もかも予定が狂っちゃったよ」

「泣いてる姿もかっこいいね」

「俺全然かっこよくない……ここだけの話だけどプロフィールは170cmと公言してるけどあれ嘘。本当は169cm」

「あー、やっぱり? ボクのパパは170cmだからそんな気はしてたんだ」

「……俺ほんとみっともねえ」

「みっともなくないよ」

「だって彼氏らしいこと一回もしてないし」

「デートでいつもやってるじゃん」

「あれは……ゲームの中の話だし」

「ゲームは現実に包容されているんだよ?」

「とにかく、恋人らしいことしてないんだ」

「……じゃあここで恋人らしいことしちゃおっか」

「……ここで? 何をするんだ」

「それはしてからのお楽しみに~。まずは目をつむってください。そして立ち上がってくださーい」

「え、まじで、俺、何されんの?」


 不安で一杯だが俺は目を閉じた。やっぱり米沢米は信用しているんだと思う。


「ヒントはボクの身長が157cmということです」

「まじでわからん!」

「本当に~? とぼけてんじゃないの~?」

「当てたら回避できるとかない?」

「……そこまで頑なに嫌がれるとさすがのボクも傷つくんですけど」

「あ、あの、しがみつかれるといろいろな……」

「新くんウブだね。これが名物当ててんのよだよ」

「……心臓の音バレバレだぞ」

「……うん、これからすることはボクも初めてで緊張することだから」

「……なあ、もしかしてなんだけど米がやろうとしていることはキ」


 言いかけると胸ぐらを掴まれ下に引っ張られる。

 俺の唇に温かく柔らかい物が触れた。

 これが俺と米とのファーストキスだった。

 唇が離れた後も俺はしばらく目を閉じたままでいた。

 余韻を確かめていた。唇に触れた彼女の全てを記憶に残そうと必死だった。感触や温度、唾液に香り……ファーストキスはレモン味なんて聞いたことがあるが俺の場合チェリーの香りがした。これはたぶんフレーバー付きリップの香りだ。

 目を閉じていると彼女の声が聞こえた。


「……これでもまだ別れる気? ボクに魅了されなかった?」

「……はい、別れません。魅了されたから」

「そうか。ならよし。目を開けていいぞ」


 俺は彼女がどんな顔でいるか楽しみにしながら目を開く。

 真っ先に目に映ったのは座布団だった。


「またやられた!」

「雑魚雑魚雑魚~♪ ぷっぷー! 何度も引っ掛かってやんの!」

「そうか、今日のゲームは座布団叩きだな……受けて立つ」


 俺は座布団を二枚拾い上げる。


「な……馬鹿な、二刀流だと!? ありえない! 二刀流の流派は過去にこの手で滅ぼしたはず」

「俺はその生き残りさ……念願の親の仇、今日ここで果たさせてもらおう!」


 そう言って俺たちは色気もなく修学旅行中の小学生のように座布団をおもちゃにして遊んだ。

 もちろん楽屋の管理者、両方の社長などなど多方面からお叱りを受けた。

 そして収録が始まった。

 いろいろあって心身ともに疲れ切っていったがそこは俺と米だ。

 楽しかったに決まっている。

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駆け出し声優の俺、最近同業の彼女とすれ違っているようでかなり不安です 田村ケンタッキー @tamura_KY

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