第11話 新井新しか勝たん
そしてついに『新米二人がゲームやってみた。』の収録日がやってきた。
俺は米よりも先に現場入りする。
メイクを済ませてスタジオに入り、椅子に座り腕を組んで待つ。
スタッフさんから、
「今日は一段とすごい気合いだね……気迫が違う」
「ええ……番組が終わるとしても最後まで全力で取り組みたいので」
「番組が終わる? あれ社長から」
スタッフさんが何かを言いかけるがすぐに先輩スタッフが現れ、
「しっ! 口を動かしてないで手を動かしなさい!」
「あっ! そうでした、そうでした! ゆっくりしてってくださいね、新井さん」
何だったのだろうか?
しかし今は他人を気にする余裕はない。
今日はプロデューサーの社長も収録に必ずやってくる。しかし偉いのでゆっくりとやってくる。
スケジュールでは米が先にやってくる。まずはそっちから告白しようと思う。
そう決心してから三十分。一向に米がやってこない。
「さすがに暇だな……つぶやいたー開くか」
俺はつぶやいたーユーザーだ。声優デビューよりも前から使っている。声優としてのアカウントは作成せず、個人用アカウントを鍵をかけた状態で運用している。
「開いたところで行田さんの呟きばかりしか見れないんだけどね……」
あの事件以来、今でも交友らしい交友を保っているのは不思議なことに少し年が離れた年上の行田さんだけだ。アニメやゲームといった趣味が今も繋いでいてくれる。
残りの二人は違う学校に進学してからすっかり疎遠になってしまった。俺が声優として活動していることも知らないだろう。そして次会う時は声優をやっていてとっくにやめたなんて話すことになる。
ちなみに幸田とも交友関係は一切ない。実名制SNSで積極的に更新していると噂では聞いたが到底覗く気にはならない。藪をつついて蛇を出すような行いは絶対にしない。
「うわぁ行田さん、またソシャゲの爆死スクショ連発してるよ……この間高額スパチャ連投してたのに……本当お金有り余ってるな……」
行田さんは年を重ねても変わらずイケメンで成績優秀でオタクだ。
誰もが知る有名国立大学に進学し、誰もが知る有名大手企業に就職し、誰も知らないローカルVtuberに高額スパチャを連投している。
「いいか、アラタ、よく聞け……Vtuberってのはな、高額スパチャしてもお礼を言わなくなってからが本番なんだ……」
行田さんはオタク道を極めすぎていて半端者の俺はいつになっても
「はあ~……」
格の違いにため息をついていると、
「お、珍しいね。君がため息なんて」
「あれ、薄谷マネージャー!? ということは米が来てるんですか!」
「おっとっと、会いたいのはわかるが今はまずい。彼女はいま、着替え中だよ」
「きがっ……すみません」
「ははは、顔を赤くしちゃって……若いねぇ」
そう言うと薄谷マネージャーは自身の無精ひげを撫でる。
彼とはあまりゆっくり話したことはない。彼がいるときは常に米がいるとき。だから彼女との会話を優先していた。
この人も社長とは趣向が違うダンディな大人だ。高身長で痩せ気味。毛は薄く、白髪が目立つ。顔もやつれていて幸が薄そうな印象。極めつけに胃薬を常備してそうだ。
はっきり言ってマネージャー業は過酷だ。体力に自信のある人でもあっさりと辞めていくほどに。
なのにお世辞にもあまり体力がなさそうな彼がこの仕事を続けているのは少し不思議だ。ミステリアスだ。
このような男性に惹かれる女性も多いだろう。少女漫画や乙女ゲーに出てきそうな人だ。これで実は昔結婚した最愛の女性と死別していて今でも吹っ切れずにいるなんて設定が加わったらとある夢女子は挫折し、とある夢女子はより燃え上がるだろう。
あとありきたりだが一人称がおじさんだとさらにそれっぽい。
ははは、さすがにそれはないか。
「なんか顔色悪いな。おじさんので良ければ胃薬貸すよ」
「一人称おじさんで胃薬常備してた!?」
わざとやってるのか!?
「えと……薬いらない?」
「いえ、せっかくなので頂きます」
電気ポッドから熱湯を出して、ふーふー息を吹きかけてから薬と一緒に飲み込む。
「……にげぇ」
舌の上に唾を集めて味を逃がそうとするがなかなか上手くいかない。
「良薬は口に苦し、さ」
薄谷マネージャーは頼りなさそうに見えて気配りのできる人だ。この人ならきっと米を助けてくれるだろう。少し安心した。
「薬ありがとうございました」
そんな何でも話を聞いてくれそうな雰囲気に乗せられて俺はついつい相談してしまう。
「実は最近何をやっても上手くいかなくて……その、今の彼女ともなんかすれ違っている気がして……かなり不安なんですよ。なんて、その、薄谷マネージャーはなんだか雰囲気的にモテそうだし、相談しても仕方ないですよね……」
「あはは、そうだなー、相談しても仕方ないぞー」
心なしか薄谷マネージャーの言葉が棒読みに聞こえる。
「俺の人生、なんだか灰色でろくでもないんですよね。話しても仕方ないですね。そうだ、薄谷マネージャーの話を聞かせてくださいよ。さぞ人生経験豊富なんでしょう」
「おじさんの人生……? 聞きたい?」
「ええ、ぜひ……」
「へえ、そう……どうなっても知らないよ?」
「え、どうなっても?」
俺はもっと早く彼の異変に気付くべきだった。
「おじさんの人生のほうがよっぽど灰色でろくでもないわ!!!!」
スタジオに響き渡る薄谷マネージャーの絶叫。
俺は入れてはいけないスイッチを入れてしまった。
「仕事が何やってもうまくいかないだ~~~? やりたい仕事に就けたことなんて一回もないぞ! 夢をかなえたこともない! おじさんはかつて演者希望だった! 大学四年間全て劇団に費やした! その結果が今!! これ!! 目上の人間敬わない生意気なガキンチョの運転手よ!! 当時は就職氷河期! ろくに準備しなかった俺はバイトで食いつなぐ日々! いや年々!! 最近ようやく正社員になれたの!? ようやく正社員になれて安月給重労働休みなしのお仕事なの、辞めようと思っても正社員の肩書を捨てられずにひたすら鞭打たれて働かされてるのおわかりいいい!?」
「わ、わかりました。だからその落ち着いて……唾飛んでます……」
「人生経験豊富なのものか!!! この年になっても未だ恋人を作るどころか童貞のままじゃあ!! とっくに魔法使いになってんぞこちとらあ! ああん?! おおん!!?」
胸ぐらをつかまれて、威嚇している猫みたいな声をぶつけられる。
逃げようにも逃げられない。
「誰か……誰か助けて……」
すると間が悪いことに米沢米がスタジオ入りする。
「お疲れ様です! 本日もよろしくお願いしま……なにやってんの薄谷マネージャー!!?」
「見りゃわかるでしょう?」
「わかるか! 早く新くんを放して!」
「いやいやいやいや、こんなもんで日々のストレスは晴れませんよ。というか彼がこうなってるのもあんたの責任ですからね」
「ボク!? ボクが何したっていうのさ」
ま、まさか……!
「もしかして薄谷マネージャー、米沢米のことが好きで」
「んなわけあるかーーーー!! 三十年間一石一ちゃん一筋じゃあ!!」
「お前も一石一ちゃんファンかい!」
米沢米が薄谷マネージャーの腕を引っ張り引きはがそうとする。しかし男性と女性。力の差は歴然。わかってはいても彼女は諦めずに頑張る。その姿も超かわいい。
「ボクが何したっていうのさ! 時間はちゃんと守る! 言葉遣いも気を付けている! このボクに何の責任があるのさ! 言いがかりはよせ!」
「自覚がないなら言ってあげますよ! 初めての彼氏だから浮かれてるのか知りませんがね、延々とノロケ話されるのはね、もうこれ労災なんすよ!!」
「ノロケ……話?」
俺は首をかしげるが、米は覚えがあるようで。
「薄谷ーーー!!!! それ以上言ったら許さない!!! ぶっころしてやるからなー!!」
米は本気で首を締めに飛びかかるが左手で頭を掴まれ抑え込まれる。
「ふぎぎぎぎ……!」
米は両手を水車のように絶えず回転させるが指が届かない。
あ、これ知ってる! 〇だか師匠だ!
「いちいちね、報告しないでくれます? 寝る前に彼氏とゲームした話とかその時した話とか。オチとかなんもないし、ほんとしょーもない。あとね、男優の演技の解説されてもなんも面白くないんですよ。このシーンの息遣いがエロいとか、語尾がセクシーとか」
「うわああああああ! うわああああああああああ!」
米の両腕の回転が加速する。しかし空回りしている。ニュートラルに入れたままエンジンをふかしているようだ。
「ほんと、ほんと運転中とか地獄っすよ。オーディオの音量上げても、耳元で大声で語り続けるし。『新くん、大好き、超好き!』とか『新井新しか勝たん』ってうっさいな! こっちは運転してんぞ! おじさんね、漫画でもね、若い子の恋愛話きっっっっついの。リア充には総じて爆散してほしいの。なのに聞かされてる身わかる? 立派な労災なのに保険おりないんすよ」
裏声で再現している。全然似てない。
「好きすぎるあまり仕事が手につかないって……アホか? 彼のことを考えてたら台本忘れる台詞忘れる日程忘れる……そんならもう声優やめてしまえ! と社長に怒られたら『すみません。それはできません。彼と一緒の仕事がしたいのでがんばります』って小さくなって……あれは胸がすっとした。最高にざまああ! ってやつだね」
「やめて……薄谷、やめて……」
米の耳が真っ赤になっているのがはっきりとわかる。
奇遇だ。俺も全身が真っ赤だよ。
「反省したと思えば口だけで全然行動が伴ってないんだよな。夜中に電話してくると思えば彼氏のバイト姿見たいから連れてけなんてね。時間外労働って知ってます? 残業代請求したら払ってくれるんですよね? 労基に電話しますよー?」
「……あ。あのサングラスとマスクの子って……米と似ていると思っていたが……本人だったのか」
となると後川もグルなのだろう。あいつ、今度会ったら一発ぶん殴る。
「ふー、すっきりした。喋りすぎて喉が渇いた。収録まで時間あるしコーラ買いに行こ」
薄谷マネージャーは賢者タイムに突入した。清々しい顔で空気が壊れたスタジオを後にした。特に米にフォローも入れず。
これが大人のすることかよ……。
気まずい空気が続く。
米はうつむいたまま、動かない。
話を切り出すとするなら男の俺の役目だろう。
「あのさ」
「……っ!」
「あのさと言っただけで脱兎のごとく逃げ出した!? 待ってくれ!」
俺は米を追いかける。彼女は楽屋へ逃げ込んだ。
ドアノブを捻るも鍵が閉まっている。
「開けてくれ、米! 俺だ!」
「だめ! ボクはとてもじゃありませんが人前には出れません!」
「……それは俺でもか?」
「特に新くんはだめ!」
「……そうか……また時間置いて来るからな」
拒絶されたのでは仕方がない。一旦出直そうとしたその時だった。
「あ、新さん。これ、先輩からでマスターキーです」
先程のスタッフさんが律儀にも楽屋の鍵を持ってきてくれた。
「恩に着ます」
「頑張ってくださいね」
「はい!」
俺はマスターキーを使って、米が閉じこもった楽屋に入った。
「邪魔するぞ」
「判断が早すぎませんかね!!!?」
俺はドアの前で待ち構えていた米に座布団で頬を叩かれる。
「時間を置いて来るんじゃなかったんですか!? なにこのスピード感! 巻きに入った長編ロボットアニメか!」
「さすがは米……こんな非常事態でもオタクなんだな」
俺はドアを閉めて中に入る。楽屋は小あがりがあってちゃぶ台が鎮座している。俺は座布団が敷かれいない席に座る。
「……座布団どうぞ。足痺れるよ」
「……どうも」
米から渡された座布団を敷いて座りなおす。
彼女は俺の向かいに座る。
「……さて始めようか」
「始めるって何を?」
「円卓会議だ」
俺も負けじといつもの調子を取り戻していた。
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