第20話 七夕の孤独

 星祭りまであと8時間を切っている。

 心琴は未だ布団から出ることができなかった。


(なんとかしなきゃ……)


 そう思っても、昨日の惨劇を思い出そうとするだけで吐き気がする。


(このまま、何も知らないフリして布団に引きこもってたいよ……)


 心琴は足に力が入らなかった。


(ごめん……無理だよ……私には……)


 そう思った時……。




【最後まで諦めんなよ!!】




 いつしかの鷲一の声が聞こえた気がした。

 以前もこうして足に力が入らない時があったことを思い出す。

 連覇を助けに行き、うまくいかずに諦めた時、鷲一が助けに来てくれた。


(鷲一……鷲一に会いたい)


 心琴は心からそう思った。

 ひとしきり泣き終わった心琴は、顔を両手で叩く。

 パァンという小気味良い音が部屋に響いた。



(私がしっかりしなくちゃ!)



 恐怖で鈍った頭を振り絞って考える。


(……まず、皆に会いに行こう!)

 

 今までの推測から考えると、昨日の夢で殺されてしまった皆は夢の記憶を引き継げない。

 夢がきっかけで出会った仲間だからこそ、誰一人心琴を覚えてない可能性があった。

 だけど、それでも、鷲一や仲間のみんなに会いたかった。


(誰か一人でも……記憶をとどめていてくれていますように……)


 心琴は未だ力が入らない足を鼓舞してなんとか立ち上がる。

 パジャマを脱いで、適当な服に着替える。


「あ」


 無意識に選んだ服は、いつも夢で着てる服だった。


「まぁ、そう言う事だよね」


 着替えようかとも思ったが、時間が惜しいのでそのまま心琴は駅へと向かった。


 ◇◇


 駅の広場には当然のように誰一人集まっていなかった。


(でも、ここで待ってたらきっと鷲一が通る!)


 心琴は通り過ぎる人一人一人をよく見て、鷲一が通るのをじっと待った。

 握った拳に汗が滴る。

 周りに人が多くなってきている。

 見逃さないように一人一人凝視しながらそこで待った。


(いた!!)


 待つ事15分、私服の鷲一が広場を通り過ぎようとしたのが見えた。

 心琴は一直線に鷲一へ駆け寄った。


「あの!」

「……?」


 急に声をかけられた鷲一は面倒くさそうに振り向いた。

 その他人行儀な様子に泣きたい気持ちが押し寄せる。


「あぁ? なんだよ?」


 心琴は少し息を整えて、こう切り出した。


「初対面のあなたにこんな質問するのは、自分でもどうかしてると思うけど」


 わざと、初めて会ったときのあの言い回しで話しかける。

 あの時……鷲一はこんな気持ちだったのかな。と思った。

 そう思うと心が締め付けられる気持ちになってすごく切ない声が出た。


「……私の事、覚えてませんか?」


 心琴は鷲一をじっと見つめる。




「……? いや? 誰?」




 その想いとは裏腹に、眉を顰めた鷲一はそっけなかった。


「……そう……だよね」


 涙をこらえて、心琴は立ち去ろうと後ろを向く。

 あの時、鷲一は全身に弾丸を浴びてしまった。

 生きてはいなかっただろう。


「おい、あんた。どうしたんだ? 記憶喪失か? ……名前は?」


 明らかに不審者に思えたのだろう。

 困惑しながらも優しい声をかけてくれた。

 その様子にさらに涙が押し寄せる。


「……松木……心琴だよ。……もう……忘れないでよ……」


 そう言われても鷲一の記憶に心琴なんていう人はいない。

 涙がとめどなく溢れた。

 溢れた涙を見られまいと、走り出す。


「あ、おい!」


 鷲一は何が何だか分からず固まっていると、数メートル先で心琴が振り返った。



「鷲一のばあああああああああああああか!!!!!!」



 出せる声を張り上げて心琴は叫ぶ。

 そして今度は振り返る事なく、走り去っていった。


「なっ……馬鹿!? なんだあいつ??」


 鷲一は頭をボリボリ掻いた。


「……俺の名前……どこで知ったんだ?」


 嵐のようにさっていった心琴の背中をしばらく見ていたがさっぱり思い出せない。


「ま、いっか」


 鷲一は大して気にもせず駅の中へと歩いていった。


 ◇◇



 はぁ……はぁ……


 心琴は息を切らして駅の脇の道路へ出ていた。

 この道はいつも連覇と連覇ママが家路へ着くとき通る道だった。


 この道をまっすぐ行くと小学校がある。

 きっと連覇はそこに通っているのだろう。


 ちら、ほらと小学生が歩いている。

 そのなかに、ママと手を繋ぎながら楽しそうに話す、黄色い帽子にランドセルの男の子がいた。


(連覇くんだ!!)


 連覇は正面からこちらに向かって歩いてきている。


 いつもなら私の顔を見た段階で「おねえちゃん!」と駆け寄ってきてくれる元気な男の子。

 心琴はじっと連覇を見ていたが、反応は無かった。

 そしてとうとう、心琴の真横をするりと通り過ぎて歩いていった。

 本当に何事も無かったかのように連覇ママと話をしていた。


(顔は見えていたはず……。やっぱり連覇君も……)


 昨日は最後の最後までエリを守ろうとしていた小さなナイトは記憶を失い、普通の小学生の日常へと戻っていた。


(……)


 しばらく連覇を見送っていたが、唇をかみしめて心琴は踵を返した。


(諦めちゃダメだ!! ……雑居ビルに行ってみよう)


 今来た道を足早に引き返した。

 5分も経たずに雑居ビルに到着する。

 薄暗い階段を登り、5階入り口に立つ。

 昨日夢でショットガンで打ち破られた扉をゆっくりと撫でた。

 深呼吸をしてドアを開こうとする。


 ガチャガチャ……


(あれ?開かない)


 いつもここの雑居ビルの鍵は開きっぱなしだと思い込んでいた。


(そっか……。ここって前は海馬さんのご両親のクリニックだったって朱夏ちゃんが言ってたっけ)


 きっと海馬が鍵を持っているのだろう。


(……いない、か)


 残念な気持ちにはなったが、心琴は前を向く。


(……あとは……エリと朱夏ちゃんだけか)


 心琴は走った。

 時計を見ると時刻はもう8時を過ぎている。

 道中足がもつれて何度か転びそうになるも、心琴は走り続けた。

 向かう先は朱夏の家だった。


(でも……あそこには……三上もいる!)


 走りながら考えを巡らせる。

 昨日の黒髪を振り乱して狂気じみた声で高笑いする三上を想像して足がすくんだ。


(なんとか見つからないように接触するしかない!)


 朱夏の家は目前だった。

 入り口の門に差し掛かると、正面には行かず、脇道に逸れた。

 心琴はその向こうにある窓を見上げた。

 一度お泊まり会をしたことがあるから間取りはなんとなくわかった。



(確か……あそこが朱夏ちゃんの部屋!! って……あれは!!)



 窓から見覚えのある、明るいブロンドヘアーが見えたのだ。


(エリだ!!)


 部屋から窓に向かって祈りを捧げているようだった。

 心琴はできるだけ大きく手を振って見せた。

 するとエリがこちらに気がつく。

 真っ青な綺麗な瞳がこっちを見る。


(お願い! エリちゃん!)


 心琴は祈るような気持ちでエリを見つめた。



 すると、心琴に気づいたのか、手を振って急に身を乗り出したのだ。



「あ!」


 心琴は思わず声をあげた。

 エリは明らかに心琴の顔を見て反応したのだ。


「エリ!? 危ないです!」


 すると突然、家の中から声が聞こえた。

 朱夏の声だった。

 身を乗りだしたエリが落ちないようにしっかりとお腹を抱きしめ支えた。


「あら? あの方?」


 朱夏も窓の外にいる心琴を見つける。


「きっとエリが可愛くて手を振ったのですね。でもね、窓から身を乗り出すのは本当に危険ですよ」


 朱夏は外にいる心琴を通行人だと思ったようだった。



(朱夏ちゃん……)



 朱夏はまるで心琴に興味がなさそうだった。


「さ、窓を閉めますわ」


 朱夏に抱き抱えられたエリの泣きそうな顔がチラリと見えた。

 エリはじっと心琴の目を見つめている。


(やっぱり!! エリはきっと記憶を引き継いでる!)


 心琴はその事を確信すると、エリに見えるように親指を立ててみせる。

 エリはその親指を見た。

 そして、辛そうに、悲しそうに、それでも懸命に笑ってみせてくれる。


 そして窓は無情にも閉められていった。

 曇りガラスの窓越しでは二人の姿を確認することさえできなかった。


 心琴は窓が閉まるや否や移動し始めた。

 ここにいてはいつ三上に見つかるか分からない。

 現実で見つかっては多分一瞬で殺される。


(私が、助けるんだ)


 握り拳には爪の跡がくっきりと残る。


(私がエリちゃんを、鷲一を、皆んなを)


 足には力が戻っていた。


(助けるんだ!!)


 決意を胸にいつもの駅の広場に心琴は到着するのだった。



 心琴の孤独な戦いが始まった。

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デジャヴ・ドリーム【私、最近同じ夢ばっかり見るんですけど!?】シリーズ第1弾 @imonekoko

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