第19話 皆殺夢

 その晩、7/6の夢。


 今晩の夢もいつもの通りにブラスバンドの音から始まった。

 心琴は少し残念な声で独り言をいう。


「お祭り……だ」


 星祭りが開催されていた。


「まだ、会議で中止が決定していないから……かな?それとも、中止はしない方向で話が進んじゃうのかな?」


 急に不安になってくる。

 心琴は本ステージのいつも通りの場所にエリが座っている事に気がついて隣に座った。


「エリちゃん。やっほー」


 エリは心琴を見るとにっこりして手を振った。


「今日も、お祭りの夢、だね」


 心琴は気持ちを抑えられずにエリにそうこぼした。


「ですが、たくさんの方が記憶を保持したまま夢にいらしていますよ」


 エリにこぼした愚痴に返答したのは朱夏だった。


「あ、朱夏ちゃん」

「やっほー、です」


 朱夏も一緒にパイプ椅子に座った。


「なんかね……落ち着かないんだ。嫌な予感がしてさ……。なんだろうこの気持ち」


 心琴が胸に手を当てる。


「あら、意外です。私と父上を信じてくださいよ」


 どうやら朱夏は会議で『祭りを中止にできない』ゆえの発言だと思ったらしい。


「いや、そういう意味じゃないんだ。きっと、朱夏ちゃんと町長さんの事だから会議はうまく進めてくれると信じてるんだけど……なんだろう。そわそわするの」

「?」


 朱夏は心琴が言わんとしていることがよくわからずにキョトンとする。

 すると、エリが心琴の手を握ってくれた。


「え、エリちゃん……。心配してくれてるの?」


 すると、エリはまたまたにっこりと笑うばかりだった。

 その顔を見て、ふと疑問が沸き起こった。


「そういえばさ……」

「はい?」

「なんで、エリって狙われてたんだろうね?」


 エリちゃんの顔を見て素朴な疑問を口に出す。


「こんなに可愛くて、いい子で……」


 心琴はエリの頭を撫でた。


「本当、私にもそれはわからないままです」


 朱夏もエリの頭を撫でた。


「ひどいよね」

「ええ。エリだけは絶対守りましょうね」

「うん!」



 心琴と朱夏はにっこりと笑いあうのだった。



「もちろん、僕らもそのつもりだよ」

「連覇だって、エリの事守るもん!」

「まぁ、なんだ。俺もな」


 後ろを振り返ると、海馬と連覇、そして鷲一が立っていた。


「みんな……!」

「ふふっ。エリ、よかったわね。頼もしいナイトが3人もいますよ」


 エリは泣き出しそうな笑顔でみんなを見渡す。


「なかなか来ねぇから何してるのかと思えばこんな所でガールズトークかよ」


 呆れた顔で鷲一が言う。


「いくら、祭りが中止の方向へ向かっているからと言って少し気が緩みすぎだよ」


 海馬も後に続いて肩をすくめた。


「おお。海馬お兄ちゃんと鷲一さんの意見が一致しています!」

「これは槍が降るかもね!!」

「おい」


 心琴と朱夏が笑いあっていると、ブラスバンドが終わり、町長が挨拶のためにステージに出てくる番となっていた。

 町長はステージに上がるや否やみんなの姿を確認するとこういった。


「あ、お父様!」

「おお。朱夏。今日はすぐに避難指示を出そう。君たちも避難を手伝ってくれ」

「はい!」

「お安い御用です!」

「なんでも指示してください」


 みんなのいい返事にうなずくと町長は定位置に戻った。


「それじゃ……」


 町長はそう切り出してマイクのスイッチをオンにする。


「お祭り会場の皆さん。町長の早乙女です。指示に従って避難……」


 挨拶ではなく、避難指示が始まった……その瞬間だった。


 ―パァン


 ―パァン


 乾いた音立て続けに2回ステージに鳴り響いた。


「え?」

「……!?」

「はぁ!?」


 誰も予想していない光景が目の前で起こっている。

 一秒が数十秒にも感じた。

 何かが宙を舞っている。

 丸くて、ボーリングの球程ある何かだった……。

 そして、そのボーリングの球ほどあるそれは……



 町長の頭だった。



 ゴロンという音とともに、町長の頭部が朱夏の目の前に転がり落ちた。

 血がしたたり落ちる。

 パイプ椅子の下まで血で真っ赤に染まっていく。

 頭と体が切り離され、ドスンという音と共に体が崩れ落ちていった。


「う……うそ……お……お父様ああああああああああ!!!!」


 朱夏の絶叫がマイクを通して全お祭り会場の人々へと聞こえている。


「な……なんで!? どういうこと!?」


 心琴も悲痛な声を振り絞る。


「わかんねぇよ!!!」


 鷲一が立ち上がってあたりを見渡すが犯人が分からない。


「……とにかくここから逃げろ!!! 狙われてる!!」


 海馬が頭を抱えてしゃがみ込む朱夏を抱きかかえる。

 鷲一は連覇を抱え、心琴がエリの手を引いて走り出した。

 その瞬間……。



 ―パァン




「ぐぁ!!!!」




「海馬お兄ちゃん!!!!!」


 乾いた音と共に撃ち抜かれたのは海馬だった。

 一瞬で朱夏の白いワンピースが赤く染まっていく。

 背中から撃ち抜かれた海馬は床に崩れ落ちることしかできなかった。


「しゅ……か……に……げろ……」


 そういった瞬間、口から血があふれた。


「嘘!? うそでしょ!? お兄ちゃん!?!?!」


 次の瞬間には海馬はピクリとも動かなくなっていた。


「い、いやあああああああああああああああ!!!!!」


 頭が割れそうなほどの悲鳴があたり一面に響き渡る。


「朱夏!!! 走れ!!! 撃たれるぞ!!!!」


 鷲一がありったけの声を張り上げた。


「……!!!」


 朱夏は動かなくなった海馬をちらっと見たが、唇をかみしめて走りだす。

 走りながら涙がとめどなくあふれていたが必死で走った。

 5人は雑居ビルへ逃げ込む。

 階段を駆け上る。

 そして……5階に入るとすぐにドアの内鍵を閉めた。


「はぁ……はぁ……」

「ああぁぁああぁ……」

「ぐすっ……ぐすっ……」

「……」


 みんな何も言葉を発せなかった。

 状況を理解できなかった。

 ただ、ひたすらに。

 やばい状況であるという事だけが明白な事実だった。


「僕たち……殺されちゃうの?」


 連覇が不安で押しつぶされそうな声でそう言った。


「……大丈夫。俺らが守る」

「ほんと?」

「……。ああ」


 何の気休めにもならないが、鷲一は歯を食いしばってそういった。


「……」


 朱夏は放心状態で何一つ話せない。


「ぐすっ……」


 心琴もこぼれ出る涙が止められそうもなかった。


(いよいよマズイな……。)


 鷲一は焦る気持ちを落ち着けて考えた。

 海馬はこのチームの要だった。

 今までの作戦はほぼすべて海馬が考えたものだ。

 けれど、今はもう頼る事ができない。

 朱夏も心琴も心が折れてる。


(海馬なら……海馬の野郎ならどうする!?)


 とにも、かくにも……みんなを守りながらこの状況を打破するには……。


(人手が……足りなさすぎる。)


 鷲一は再起不能に近い二人を見て歯をかみしめた。

 すると意外な方向から声がかかった。


「おにいちゃん。できること……ある!?」


 そう声をかけてきたのは連覇だった。


「おまえ……本当。すげぇな! まじでヒーローじゃん!」

「だって……! 僕も男だもん!」


 そうはいっても連覇の足は震えていた。

 本当の勇気を振り絞っての発言だというのは一目瞭然だった。

 そんな連覇の頭を鷲一はくちゃくちゃと撫でてやった。


「よし、連覇」

「なに?」

「お前は海馬が最初にいた場所にいろ」


 鷲一はドアが開いたときに影になる、海馬が最初連覇を襲った場所を指さした。


「え!! 隠れるの?」

「ああ。だけどな、エリと一緒に、だ」

「!!」


 連覇はその言葉の意味を理解した。


「わかった。必ず、僕がエリを守る!」

「……頼んだぜ!」


 鷲一はこぶしを作って連覇の前に差し出す。

 連覇もこぶしを作って鷲一のこぶしにこつんとぶつけた。


「……お兄ちゃんはどうするの?」


 連覇が鷲一を見つめる。


「……朱夏に避難指示を出してもらう」

「!?」


 自分の名前が呼ばれ朱夏はびくっとした。

 小刻みに震えたままの朱夏は首を横に振った。


「一人でも多くの人を助けるんだ」


 鷲一はゆっくりと朱夏の目の前に立った。


「わ……わたくし……できません……」


 朱夏は首を振り続ける。


「いや、やるんだ。お前にしかできない!」

「ちょっと、鷲一! 朱夏ちゃん震えてる。無理だよ!!」


 強引な説得に心琴が止めに入る。


「じゃぁ、海馬たちの犠牲を無駄にするのかよ!!!」


 その一言で朱夏の眉に力が入った。

 眉間にしわが寄る。

 いつもの穏やかな朱夏とは全然違う鬼のような表情だった。


「もう少し、言葉を選んでください」


 朱夏が鷲一を睨む。


「……。選んでどうなるんだよ」


 鷲一はいつも通りだ。


「……目の前で大事な人が無残に殺されました。たった今です」

「ああ」

「あなたにこの気持ちがわかるというのですか!?」


 初めて見る感情をあらわにした朱夏に鷲一はすこし戸惑ったが、朱夏から目をそらしたりはしなかった。


「……。同じ気持ちかはわからねぇ。だけど、俺も、目の前でお袋が死んだ事がある」

「……!?」


 朱夏は少し驚いた顔をした。母親を病気で亡くしている朱夏からすれば、母親を亡くす事の辛さはよくわかっていた。それが目の前で……と考えるといたたまれなかった。


「そのショックで部屋から出られなくなったんだ」

「……」


 逆に朱夏には鷲一の気持ちが痛いほど伝わった。

 自分が母親を亡くした時、部屋に引きこもりたかった。

 けれど、自分には海馬が付いていてくれて毎日のように遊んでくれた。

 でも、鷲一にはそんな人はいなかった。


「だから、今、朱夏がとても悲しくて、狂いそうで、自分を責めずにはいられなくて、でも、もう取り戻すことができない……そんな心がぐちゃぐちゃな状態だってのはなんとなくわかるんだよ!!」

「鷲一さん……」


 朱夏は徐々に冷静さを取り戻していった。

 鷲一の境遇に自分も重なるものがあると感じたのだ。



「だけどな朱夏。これは夢だ。俺とは違ってまだ……まだ取り返せる!! だから……」


 ここまで言うと、鷲一は膝をついた。


「だから、あきらめないでくれ……。俺と一緒に戦ってくれ!!」


 そして、頭を地面につけ土下座したのだ。


「ちょっと!? 鷲一!?」



 その様子に心琴が慌てた。

 そして、朱夏も動揺した。



「ちょ、ちょっと鷲一さん。面を上げてください!」

「戦ってくれるって言ってくれるまではあげねぇ」


 鷲一は頑として言い切った。


「……わかりました。やるだけ……やってみます!」


 そして、その様子についに朱夏は折れたのだった。


「本当か!?」


 鷲一はその言葉を聞いてバッと顔をあげる。


「お、女に二言はありません!」


 無理やり元気に朱夏は言った。


「いや、それは男の人が言うやつだよね!?」


 きわめていつも通りに心琴は突っ込んだ。




 ザツ……ザツ……




「静かに!!」


 ドアの向こうから足音が聞こえてくる。


(連覇、隠れろ!)

(わかった!)


 連覇はエリを連れてドアの陰になる位置でしゃがみこんだ。


(……ここにいるのがバレた……?)


 コソコソと小声で話しているとドアの前で足音がぱたりと止まった。


(そうか! 返り血を追ってきたのか!?)


 緊張感が高まる。


 ……コンコン


 ドアからノックの音が聞こえる。

 ドクンドクンと心臓の音が高鳴った。



「お嬢様、朱夏お嬢様! いらっしゃいますか?」

「!?」



 聞き覚えのある声だった。


「三上!?」


 朱夏がなじみの声に反応する。


「三上だわ!ボディーガードの三上よ! 助かった。彼女なら私達を助けてくれるわ!」

「よ、よせ!!! 朱夏!!!ド アを開けちゃだめだ!!」

「え?」


 ドアの直前で朱夏は立ち止った。

 何か違和感を感じずにはいられなかった。


「み、みかみ?」

「やっと見つけたわ。そこにいるのね? エリ様も一緒かしら? もう大丈夫よ。私が付いてるから」

「ダメだ! 朱夏、開けるな!」


 三上の優しい声と鷲一の必死の制止。

 朱夏はどちらを信じたら良いかわからずにドア越しで三上に話しかける。


「え、ええ。三上……お父様が……」

「……そうね。……あなたもすぐに同じ場所へ送ってあげるわ!!」


 急に代わる声色に顔が真っ青になる。


「ま、まさか!? ドアから離れるんだ!!!!!」


 --バァン!!!!


 ドアを貫通したショットガンの弾丸が朱夏の体のいたる所に命中した。


「……っ!!!」


 体中に穴が空いた朱夏がゴトンと崩れ落ちた。

 そして、おおよそ満遍なく穴の開いたドアを三上は蹴破る。

 鍵はもう何の役にも立たなかった。


「う、うわああああ!!!!」


 ドアが開けば隠れられたはずの連覇がエリと共に三上から見て丸見えになる。


「や、やべぇ!!!」


 鷲一は全力で三上に突撃した。

 その様子を見逃すほど三上はバカではない。


「!!」




 --バァン



「鷲一!!!!」


 ショットガンの弾が鷲一の体に無数に飛び散る。


「……っ!!!」


 あたりに血しぶきが舞う。

 しかし、撃ち抜かれたはずの鷲一はそれでも立ち止まらなかった。


「な、なに!?」

「うああああああああ!!」


 そして、言葉にならない雄叫びを叫びながら勢いもそのままに三上を吹っ飛ばす。


「グァ!!」


 三上と鷲一は勢いのまま階段を転がり落ちた。

 その小さくて大きな隙を心琴は見逃さない。


「連覇君!! エリ!!! 屋上へ!!」

「う、うん!!!」


 3人は5階を後に駆け上がる。


「待て!!! ……んぁ!?」


 鷲一が三上の足を掴んだまま気を失っている。


「こんの死に損ないが!」


 血だるまの鷲一を蹴り飛ばして三上は後を追ってくる。


「早く!!」


 せかされるまま連覇とエリは階段を駆け上がる。

 心琴は二人が屋上を上り切ったところでドアを閉め、鍵をかけた。


「……!!!」


 三上がすぐに階段を駆け上がってきている音がする。


「お、おねえちゃん!!」

「落ち着いて。隠れる場所を探すの!」



 --バァン


「そうはさせないよ」


 ドアを蹴破って三上が入ってきた。


「やっと追いついた。さぁ。……エリ。いいえ……カミーラ。あなたがあの屋敷に来た時に運命を感じたわ。天国のおじいちゃんが復讐のチャンスをくれたんだってね! さぁ!! ……死になさい」


 エリは体を震わせて連覇にしがみついた。

 その様子を見て、連覇は一歩前へ出た。


「え、エリはカミーラじゃない!! エリは僕たちの仲間のエリだ!!」


 エリは連覇の言葉に顔を上げた。


「はぁ? 何このガキ」


 三上は明らかにつまらなさそうな顔をした。


「れ、連覇がエリを守るんだ!!!!」


 上ずった声でそう言うとエリの前で手を広げて見せる。


「ぶっ。なにそれ、ナイト気取り?」


 三上は手にしている銃を連覇に向けた。


「れ、連覇君!! 危ない!!!」

「消えな」



 --バァン


 気が付けば、心琴は連覇とエリをかばうように前へ出ていた。

 ショットガンを斜めから受けた心琴の腕が一本吹き飛んで転がった。


「……ああぐぐっ……」


 うめき声が響き渡る。


「お、おねえちゃん!!!」


 連覇とエリが心琴に駆け寄る。


「おや、腕が吹き飛んだねぇ。ショック死しなかったのは褒めてあげるよ」


 そういうと三上は心琴を蹴飛ばした。


「あぅぐ……あがが……」


 心琴は無様に転がった。


「あは。なんか楽しくなってきちゃった」


 そういうと三上は心琴を何回も何回も蹴り飛ばした。


「ぐあ……!! あぅ……!!」


 蹴られるたびに心琴は短い悲鳴をあげる。


「や、やめろおおおお!!!」


 連覇が三上の足にしがみついた。


「……邪魔だ。ガキ」


 そして、ショットガンを連覇の頭に突き付けた。


「や……め……て……」


 心琴は声を絞り出したが三上はにやにやしながら引き金を引いた。


 --バァン


 乾いた音は目の前を真っ赤に濡らす。心琴の目の前に血まみれの連覇が転がった。


「……ううぅ……」


 あまりの残酷な光景に心琴は目を背けてしまう。


「あは。あははは。あははは!! 最高の気分だよカミーラ!!」


 三上は転がった連覇を踏みつけるとゆっくりとエリの方へ歩き出した。


(なんとか……しなくちゃ……)


 心琴は痛みに耐えながら必死で考えた。


(とりあえず、足は動く……左手はないけど……右手も動く!!)


 その時だった。




 キキィィィーー!!!ドガン!!!




 屋上の下ではものすごい爆音とともにいつもの脱線事故が起きている。

 避難指示もなく、火事も起きず、お祭り会場の人々は避難をしている人はいなかったのだろう。

 一昨日まで毎晩繰り返していた阿鼻叫喚が聞こえてきた。


(脱線事故……!)


 その音で心琴はハッとする。

 心琴は目を背けた先に転がった自分の腕を見た。

 腕にはいつもしている腕時計がある。

 時刻は14:00分。

 もうすぐ、夢が覚める。


「あんただろ? この夢を作ったの。こうして、またお前は……周りにいる人を巻き込んで……」


 三上エリの目の前に立ち銃口を向ける。


「お前のせいでみんなが死ぬんだ」


 エリは首をフルフルと横に振った。


「認めろよ!! これが、明日。実際に起こるんだよな? あの時のように!!」


 エリが泣きそうな顔をしている。


「まぁいい」


 そしてゆっくりとショットガンをエリに突き付けた。


「お前が死ねば夢も終わりだ」

「うわああああああああああああああああああああああ!!!!!!」


 後ろからの雄たけびに三上はハッと振り向く。

 さっき鷲一に吹っ飛ばされたのを思い出してか、突進してきた心琴をさっと避けた。

 心琴はそのままエリを右手に抱える。


「な!! 貴様!!!」


 予想外の行動に三上の行動が一瞬遅れる。

 心琴はエリを抱えたまま振り向くことなく屋上の淵へと走る。

 三上が銃を構え、心琴に狙いを定める。


 --バァン!!!!


 という音より一瞬早く。

 心琴は屋上から飛び降りた。


「はん。自殺を選んだか」


 三上は吐き捨てるようにそう言った。



「きゃあああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」



 2人はすごいスピードで落下していた。

 このまま落ちれば間違いなく死ぬ。


(早く!!!)


 床が見えてくる。心琴が心の中で叫ぶ。


(夢よ、覚めて!!)


 目の前にコンクリートが迫る!!!


(もうダメ!!!!!)


 心琴は目をつぶって叫んだ。





「きゃああああああああああああああ!!!!!」





「……」


「ああああ……?」


「……おねえちゃん?また寝ぼけてるの!?」

「あ……あれ?」


 目を開けると……そこはいつもの自分の部屋だった。


「あ……私……」

「うん?」

「生き延びたんだ……」

「はぁ!?」


 呆れかえる妹を余所に両腕がある事を確認する。

 もう痛みは無い。

 そして、心配そうにのぞき込んでいる妹の顔に気が付く。

 慌てて心琴は取り繕う。


「あ、部活今日も頑張って!」

「え、ああ。うん」


 務めて明るく、心琴は言った。


「いってらっしゃい」

「んー。まぁいっか。いってきます!」


 違和感を覚えながら妹が部屋から出ていくのを確認した。




(あ……やばい……)



 それを機に心のダムが決壊して大粒の涙が流れでる。


「み……みんな……」


 赤く染まった仲間達にボディーガードの三上の狂気。

 何もかもを信じたくなくて、心琴はしばらく顔を上げることができなかった。



 カレンダーは7月7日を差していた。

 脱線事故まで残り8時間半。

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