幼馴染はサンタクロースでクリスマスプレゼント

久野真一

彼女の職業はサンタクロース

  サンタクロース。

 世の中の少年少女の夢と希望が詰まった存在。

 クリスマス・イブの夜にこっそりとプレゼントをくれるありがたい存在。

 だがしかし、多くの少年少女は、どこかで現実を知るのだろう。

 「あ、お父さんがやってたんだ」と。ご家庭によってはお母さんかも。


 普通はそこで話はおしまい。

 「あー、サンタクロースなんて信じてた頃もあったねー」

 などと言うようになるのだろう。


 しかし、だ。実は、サンタクロースは実在するのだ。

 それも、おファンタジーな存在ではなく、現実のものとして。

 ちなみに、北欧にあるサンタクロース協会とは別だ。


「で、はな。今年のノルマは何件なんだ?」

 12月24日の放課後。ぱらぱらと雪が降る中、隣の少女に尋ねる。


「10件ですよ。克己かつみ先輩……」

 隣を歩く少女、中山華なかやまはなは、肩を落としながら、ぼやく。

 俺とは幼少の頃からの付き合いで、今は高校の後輩でもある。

 華はどうにも元気がないが、それもそのはず。

 彼女は、有限会社サンタクロースのパートをやっているのだ。

 親がやってる会社なので断ることも出来ないという地獄である。


「去年、5件だっただろ。なんで倍増してるんだよ」

「巣ごもり需要らしいです」

「おかしいだろ。通販じゃあるまいし。世のお父さんたち、サボるなよ」


 有限会社サンタクロースの仕事は簡単である。

 子どもを持つご家庭から、発注を受け、依頼の品物を代理で購入した上で

 依頼主のお子さんに届ける。それだけだ。

 ただ、小さな子どもの夢を壊してはいけないというのが問題だ。


 だから、サンタクロースのコスプレをして、フリをしなくてはいけない。

 さらに、子どもを持つご家庭といっても事情は様々だ。

 夜遅くまで起きて、「サンタさんが来るのを見る!」とかいう子もいる。

 その場合、大層寒いお芝居を依頼主了解の上でやらなくてはいけない。

「いい子の君のために、サンタさんがプレゼントを届けにやってきたよー」

 とか。


 元々は華の親父さんが、「このアイデア行ける!」と閃いて起業したのが始まり。

 冬の間のちょっとしたお小遣い稼ぎになるだろうと思い付きで立ち上げた事業。

 第一号のお客さんの俺の家から始まって、口コミで次第に広がったサンタ業。

 今年は100件程依頼が来ている。

 意外にも、サンタ業に苦労しているお父さんたちは多いらしい。

 1回2万円で子どもの夢を壊さずに済むなら、という事で依頼は殺到。

 人件費はパート10名足らずを4時間程拘束するだけ。

 クリスマス・イブ1日の稼ぎとしては悪くない、らしい。


「去年はほんっと大変でした……」

 またため息をつく華。


「質問攻めにされた話は同情する」

 去年、華がサンタ業で訪れた家庭の一人息子は聡明でサンタクロースなど居ないことは知っていたのだが、綺麗なお姉さんである華の事をあれこれ知りたそうに、質問攻めにして来たのだ。


「先輩は、そういうところ要領いいですよね」

 やけに羨ましそうな顔を向けられる。


「華と違って、イケメンでもない、普通の男子高校生だからなあ」

 別に、小学校の子どもが憧れるような「お兄さん」ではないんだろう。


「そういう話じゃなくて、先輩はあしらい方が上手いんだと思いますよ」

「そうかぁ?」

「なんていうんでしょう。先輩、昔からスルースキル高かったじゃないですか」

「例えば?」

 俺のスルースキルが高かったとは意外だ。


「ほら。確か、小学校の頃「やせっぽっちー」とかからかわれた時とか」

「ああ。「確かに、痩せてるね。うん」って返したっけ」

 そう言い返したら、何やらからかって来た奴は無言になったっけ。


「普通ならムキになるところを、躱すのが上手いんですよ」

「しかし、事実は事実だし、ムキになっても仕方ないだろ」

「ほんと、先輩は昔から仙人みたいな人なんですから」

 呆れられてしまった。


「いやいや、今は華と色々いちゃこらしたいぞ?」

「いちゃこらって例えば?」

「手を繋ぐとか」

「今、繋いでるじゃないですか」

「確かに、そうだな」

 今、隣を歩いている華とは手を繋ぎあっている。


「とにかく、今年も手伝うから。分ければ1人5件で行けるだろ?」

「ありがとうございます。でも、先輩と恋人になってから、初めてのクリスマス・イブなのに……」

 今度は、少し悲しそうな顔でため息。

 俺、石川克己いしかわかつみは隣の華と付き合っている。

 12月に入ったばかりの頃、業を煮やした華が告白して来てくれたのだ。

 長年の想いが実った俺たちは恋人になった。

 とはいえ、まだ付き合い立てだ。キスの一つもしていない。


「その辺は明日、思う存分デートしようぜ」

「でも、クリスマス・イブの方が特別感強いじゃないですか」

「言いたいことはわかるけどな」

 クリスマス、つまり25日より、イヴの24日の方が本番なイメージがある。


「……ところで、先輩。クリスマスのプレゼントなんですけど」

「ああ、ひょっとして、今年も用意してくれてるのか?」

「それは当然です。でも、それだけだと物足りないと言いますか……」

 何やらもじもじとしている華。どうしたのだろうか。


「どうしたんだ?」

「そ、その。せっかく彼女なんですから、ちょっと特別なクリスマスプレゼントを要求してくれてもいいんですよ。ですよ?」

 何やら赤くなっている華。そして、特別なクリスマスプレゼントという言葉。


「じゃあ、お前」

「え?」

 一瞬、凍りついた顔になる華。


「え、えーと。それはつまり……」

 どんな想像をしたのか手にとるようにわかる。

 可愛いやつだ。


「冗談、冗談だって。気持ちはありがたいけど、バイト終わりに、二人でクリスマス・イブを祝えるだけで十分だって」

 俺としては、そんなにがっつくつもりはない。

 大事にしたいという思いが強いというか。


「そういうの、イジワルですよ」

「まあまあ、機嫌治せって」

 わしゃわしゃと華の自慢の銀髪を撫でる。

 偶然か必然か、華は透き通るような銀髪を持っている。

 少し子どもぽい顔つきに抜群のプロポーション。

 そして、大きめのくりくりとした瞳が可愛い。


「もう。その子ども扱いやめてくださいよ」

「いや、悪い。つい」

「……先輩への、特別なクリスマスプレゼント、決めました」

「どういうことだ?」

「秘密です」

「今更、秘密にする仲でもないだろ」

「先輩だから秘密なんです!」

 そう拗ねるように言う華。しかし、秘密にするような何か、ねえ。

 今の文脈から想像がつくものはあるのだけど……まあ、いいか。


「とりあえず、今夜のサンタ業頑張ろうぜ!」

「ほんと、お父さんが変なことを思いつくから」

 まだ愚痴っている華。


 彼女の家のサンタ業については、数年前から付き合っている。

 だから、わかるのだが、大変疲れる。

 まず、限られた時間を自転車を漕いで回る必要がある。

 さらに、依頼主によっては、めんどくさいリクエストもある。

 たとえば、正面玄関から入ると子どもが気づくから、窓からでとか。

 大道芸人でもあるまいし、そんな事簡単に出来るかってんだ。


◇◇◇◇


 というわけで、12月24日、24:00。サンタ業のスタートだ。

 ノルマは5件。28:00までの4時間に回らなくてはいけない。

 自転車にプレゼントを搭載してというのもハードだ。


「はあ、はあ、はあ」

 自転車を漕ぎながら白い息を吐く。


(華はうまくやってるかな)

 この仕事、ぶっちゃけ体力勝負である。

 華はガッツがある方だが、無理をする性格でもある。

 さらに、臨機応変が苦手な華のことだ。

 また、変な子どもに捕まらないといいんだけど。

 ま、心配し過ぎても仕方ない。


「有限会社サンタクロースの者です。あと10分程で……」

 訪問先のお宅に近づいたら、こうして事前連絡をする。

 基本的には、そろりと枕元にプレゼントを置けばミッション完了。

 万が一、途中で起きても、見知らぬ人なので、

 「こんばんは。いい子の君のために、サンタがやってきたよ」

 などと演技をすればOK。


 やっかいなのは、相手が起きている場合だ。

 この場合、子どもがサンタの正体を確かめようとしているケースがままある。

 去年の華が遭遇したみたいなタイプだ。

 そういう相手は、サンタを質問攻めにしてくる事が多い。

 俺は、そういう時のために「設定」として数パターン回答を用意してある。

 本気でそういう子どもの相手をしていたらキリがないのだ。


(華の親父さんも、ほんと、妙な商売思いついたもんだよな)

 雪が降りしきる中、ぼやきながら、自転車を漕ぎ続ける。


◇◇◇◇


「はあ、ようやく終わった……」

 時刻は27:50。事務所に戻ってきた俺は、もうへとへと。

 他のパートさんはもう解散したらしい。


(華はまだかな……)

 バイトは、状況によっては、28:00を過ぎることもある。

 特に、依頼主の状況によっては。

 それに、雪もある。最後の方は、自転車が使えなくなっていたくらいだ。

 鈍くさいところのある華は大丈夫だろうか。


 さらに待つこと30分。


「やっと、終わりましたー」

 サンタ業を終えて、疲労困憊といった様子で華が帰ってくる。


「お疲れー。って、お前、雪でびちょびちょじゃないか!」

 サンタコスがびちょびちょで、見るからに寒そうだ。


「自転車走らせてたら、こけてしまいまして」

 力なく笑う華。


「とりあえず、事務所のシャワー使えよ」

「先輩は?」

「俺はもう浴びた」

「では、遠慮なく……あ、プレゼントの事、忘れてませんからね?」

 こっちをちらっと見てからの言葉。

 その瞬間、少しだけ胸が高鳴る。

 例の特別なクリスマスプレゼントという奴だ。

 サンタ業に必死で忘れかけていたけど、それがあった。

 華の望みそうな事は予想出来ているけど、当たっているかどうか。


 ぼーっとしている事、約15分。


「いいお湯でしたー」

 と華の声。


「ああ。お疲れ……って、え!?」

 振り向いた俺は固まってしまった。

 だって、華の姿はバスタオル一枚を巻いただけ。


「ちょ、ちょっと。服、着ないのか?」

「私が欲しいんじゃなかったんですか?」

 頬を赤らめながら、恥ずかしそうに言ってくる。


「い、いや、それは冗談だって言っただろ」

 いくらなんでも想定外だ。

 華の事だから、初キスを、くらいだと思っていた。


「先輩が悪いんですよ。いつもいつも、そうやって平然としてばかりいるから」

「いやいや。落ち着け、華。せめて、キスまでとかさ」

 さすがにこの場で大人への階段を登るつもりは毛頭ない。


「落ち着きません!だいたい、キスまでとか、なんですか!?」

「いや、だって、この場所でエッチな事とか急だろ」

「私はこの何年も焦らされてきたんですけど?」

「う……それは悪かったけど」

 確かに、何年もアピールされてたのに、スルーしていた罪悪感はある。

 しかし、やっぱり。


「なあ、華」

 真剣に言わなければいけない。


「は、はい?」

 華の声は上ずっている。


「俺はお前のこと、大事にしたいんだ。だから、近い内に……と思うけど」

「はい」

「今日はその、まず、キス、したい」

「先輩、本当に頑固ですね。私が覚悟決めてきたのに」

「讓るつもりはないぞ?」

「じゃあ……お願いします」

「ああ……」

 少し身体を離して、ゆっくりと唇を近づける。


「ん……」

 ほう、と漏れる息。

 初めて、キスをしてしまった。 


「やっと、キス、出来ましたね」

 少し恍惚とした表情が魅力的だ。


「色々待たせてしまって、悪いな」

「いいですよ。応えてくれましたから」

 幸せそうな表情のこいつを見て、俺も幸せな気持ちになる。


「で、だ。そろそろ、服、着て欲しいんだが」

 俺も健全な男子高校生だ。

 色々欲望が出てこないかと言ったら嘘になる。


「ほんと、先輩は欲がないんですから……」

 少し不服そうに、でも、服を着てくれた。


「それはおいといて。クリスマスパーティやろうぜ。クリスマスパーティ」

「露骨に話そらしにかかってますよね?」

 睨まれる。


「いやいやそんなことはないって」

 毎年、二人でやるクリスマスパーティが楽しみなのは本音だ。


「本当に仕方ないんですから、先輩は」

「選んだ相手が悪かったと思って、諦めてくれ」

「もうとっくに諦めてますよ」

 こうして、例年と違うクリスマス・イヴの深夜は静かに過ぎて行ったのだった。


「大晦日は覚悟してくださいね?」

「え?」

 何やら獲物を狙う目つきのような華。

 まさか……。


「今度は、NOはナシですからね」

「わかったよ。覚悟を決める」

 どうやら、俺の初めては今年の内に奪われる事が確定したらしい。

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