第32話 未来への憧れ
ところでいつまでこうしていればいいのだろうか? という表情で手を合わせるシルヴァと、ドヤ顔で胸を張っているせいでただでさえ大きなおっぱいがどーん! とド迫力に強調されているイネイン(仮)。
このボケしかいない状況から話を進めねばならんのか……と、早くも希望の心は折れそうになった。
「あー、シルヴァ。とりあえずもう自由にしていいと思う」
「む、そうか」
まずはとっても素直なヴァッティさんだ。希望の言葉に頷くと、合わせていた手を離した。
「それからえーと、イネインちゃん?」
「む。神であるわたしをちゃん付けで呼ぶとは、あなたもなかなかに剛の者ですね。これがテネブラあたりであればいきなり神罰を下しているかもしれませんよ」
マジかよ神様沸点低いな!
いやでも考えてみればいきなりちゃん付けは馴れ馴れしすぎだろう。希望だって日本では初対面のチャラ男に「希望ちゃんうぇーい」とか言われて怖気が走ったものだ。
うん、反省。素直に謝ろう。
「ごめんなさい」
「良いのですよ。先ほども言った通り、わたしは寛大な女神ですので許します。それで、わたしになにかお話ですか、ノゾミ」
「え?」
今、この子は確かに希望の名を呼んだ。
自己紹介とか特にしてないにも関わらず、だ。
「おや、どうかしましたか?」
「え、あ、や、わたし名前言ったかなーって」
「ああ、そのことですか。先ほどまでわたしに祈りを捧げてくれたそこの獣人が、あなたをそう呼んだではないですか」
言われてみれば、シルヴァに声をかけられた時に名前を呼ばれたかもしれない。
とはいえ希望がうっすら記憶しているかどうかレベルの、ほんの一瞬の出来事である。そんな些細なことを記憶しているとは、ひょっとしてこの子は希望が思っている以上に、「神様」なのではあるまいか。
「あなたの供してくれた
一息に言われた。
一瞬意識高い神様かと思ったけどそんなことはなかったぜ! やっぱただの腹ペコ女神じゃないのかこの子。
「あ、うん。機会があれば」
「本当ですか!? 約束しましたからね、もし違たがえたら呪いますからね」
「え、そんな理由で呪われるのかわたし」
まさかの呪い宣言である。ご飯食べさせなかったとかいう理由で呪うのも呪われるのもかなり情けなくはないだろうか。
これは近いうちにまたなにか食べさせる必要があるだろう。
いやそれはともかくだ。自分から話しかけておいてなんだが、話が脱線しまくりである。最初から脱線していたというツッコミはなしでお願いします。
「いやごはんの話はとりあえず置いといてね」
「置いておくのですか。今のわたしではおそらく三日に一度ふくらはぎがこむらがえる呪いくらいしかかけらないでしょうが、いた仕方ありません」
「別にごはん食べさせないとは言ってないよ!?」
あとなんでそんな激痛を伴うのに特に心配されなさそうな効果の呪いなのか。
嫌がらせにもほどがある。
「どんなものが食べたいかとかね、いろいろあるから今度ゆっくり聞かせてね」
「!!」
途端にパアッと表情が輝き出した。
とても素直な反応である。あれこれわたし地雷踏んだ?
「そ、そうですかそうですか。そういうことなら構いませんよ。ええ、構いませんとも。他に話があるのであればなんでも答えましょう。どのような質問があるのですか?」
そしてこの寛大さである。
正直
「あ、うん。イネイン……ええと、さん? 様?」
「……ちゃんで構いませんよ。ノゾミの呼びやすい呼び方で呼びなさい」
「じゃあとりあえずイネインちゃんで」
お許しが出たのならそう呼ばせてもらおう。
この子は基本かわいい子なので、どうにも「さん」とか「様」とかで呼びにくいのだ。
おっと、また思考が脱線するところだった。
「イネインちゃんはなんでここに降りてきたの?」
「む? 地上に降りた理由は先ほど説明したではありませんか」
「あー、や、そうね。地上に降りた理由はさっき聞いたね」
ぶっちゃけ寂しかったから。
突き詰めればこれに尽きる。今思い返しても随分と人間臭い理由ではあるが、だからこそ心配になるというか、気になるというか。
まあ、なんのことはない。希望自身が
「降りた理由はわかったんだけど、地上にもいろんな国や土地があるでしょ? どうしてこんな森の中に降りてきたの?」
人の役に立って神として認識してほしい、というのがイネインの希望である。
であるならば、こんな森の中ではなくもっと人里に近い場所、この辺りであれば王都近郊がよりベターであっただろう。
もしくは、周囲の話を聞く限り、このアーシュラウム王国よりも西隣の帝国とやらの方が国としての規模が大きいようだし困っている人も簡単に見つかるだろう。
この子のことだから、「適当に降りてきました!」とか言われても納得できそうではある。
そういう偶然でたまたま出会ったのかもしれないし、他の理由で明確にここを目指してきたのかもしれない。
「そんなことは決まっているでしょう。ここまでわかりやすく地脈の魔力が減っているのですから、なにかしら大きな事件が起こっているはず! と踏んだからです」
思いっきり後者だった。
しかも希望たちの目的とまる被りしていた。
「待ってください女神イネイン。あなたの感じた地脈の魔力減少は、もしかしてこの森を抜けた先にある山脈からのものでは?」
「ええ、そうですよ。山の町の近くに降りたつもりでしたが、少し降りた位置に誤差があったようですね。おかげで良き出会いに恵まれました。我ながらなんと運の良い女神なのでしょう。……ハッ、もしや今のわたしは幸運の女神となったのでは?」
幸運というか、奇運とか変運とか、なんか妙な運と形容した方がしっくりくる気がする。
まあ、本人が満足そうなので水を差す必要もないだろう。
それよりルナが質問した内容だ。目的地も希望たちと完全に一致し、女神が捉えた異常というだけで事の深刻さのレベルが跳ね上がったように思う。
ちなみにイネインが腹ペコ状態だった理由は、いわゆる「お供え」の数が極端に少なかったかららしい。
精神体であればなんのことはないが、現界にあたり肉体を得てしまったが故に一気に実感してしまったそうな。
……今度なにかおいしいもの作ってあげよう。
「ちなみに、原因の見当は付いていますか?」
「ルナ、と言いましたね。良いです、神を信じて頼ろうとするその在り方は実に良いです。とはいえわたしは『現在』の地脈にはあまり干渉できませんので、感じたことをそのまま言うだけになってしまいますが」
「構いません。なにか気づいたことがあれば、是非お力添えを」
イネインはルナの言葉に気を良くしたらしい。
上機嫌で問いかけに答えている。
「地脈に流れる魔力の量自体は、特に変化がありません。というか、変化があるようであれば世界の循環魔力に変動があるということなので、状況によっては
「ええと、つまり?」
「世界への魔力を循環させる地脈の魔力量に異常があった場合、それは世界そのものの維持に支障が出てきているということです。――つまりは、世界の終わりということですね」
イネインの説明に、ルナが付け足して解説してくれる。
なるほど、地脈の循環魔力量に異常があれば、それは「破壊神」としてのイネインが現れる可能性がでてくるというわけだ。
「ですが、地脈に流れる魔力の総量に問題はないのです。では地脈の流れが変わったのかと言えば、どうやらそうでもないようです」
「ふむふむ」
地脈の魔力量に変化はなし。地脈の流れが変わって別の場所に流れているというわけでもない、と。
じゃあ、考えられる可能性はそんなに多くない。
「――誰かが、本来流れているはずの魔力を引き出している?」
「それです!」
我が意を得たりとばかりに、イネインが深く頷いた。
「わたしにはよくわかりませんが、地脈の通る山に町があるということは、地脈の魔力を利用する民がいるということでしょう。つまり、今回の魔力の不足はその民草に影響があるはずです。ならばわたしが原因を突き止め、解決してしまおうではありませんか! と考えました!」
「具体的には?」
「適当に山の中を調べようかと」
「つまりノープランね」
思わず、といった様子で口を出したゼクスが、ため息交じりに肩を竦めた。
「当てもなく山に入るより、町で話を聞いて見当をつけてからの方がいいんじゃない?」
「ふむ。確かにあなたの言う通りでしょう。ですがわたし、これだけは言っておきたいのです」
「なにかしら」
「わたしはこれまで民と関わることがありませんでした。ですので! 民との関わりかたが! わかりません!」
なんだろう、とっても親近感!
「民にはどう話しかければ良いのですか!? そもそもいきなり声をかけて変な神と思われませんか!? それよりわたしは神として認識してもらえるでしょうか!?」
「めんどくさいこじれ方した子ねぇ……」
人に必要とされたいコミュ障の神様。
この単語だけでめんどくさい感がすごい。
「でもあなた、あなたがやったということを人が認識しないと意味ないじゃない」
「ぐぬぬ、それはわかっているのです。わかっているのですが――」
眉に皺を寄せ、イネインは葛藤の様子を見せる。気持ちはわかる。
そんな彼女にシルヴァが声をかけた。
「では、俺たちと共に来るのはどうだろうか」
「良いのですか!?」
「俺は構わないと思うが、ノゾミたちはどうだろう」
改めて問われると、希望には特に反対する理由がない。
が、今回はルナの依頼を受けて同行しているのだ。希望たちのリーダーはルナということになるだろう。
「ルナさんや」
「ノゾミさんたちが良ければ、わたしは特に構いません」
「あ、そうなの?」
「一人増えたところで移動に大きな支障はありませんし、それより地脈の状況が暫定的にでもわかる彼女がいた方が調査しやすいでしょう」
なるほど。
イネインを利用するようで少し気が引けるが、異常がわかる彼女がいると解決までの時間が早まるかもしれない。
「ふふふ、人の願いに応えるのが神の本懐ですからね。わたしの力が必要だというのであれば、手を貸すこともやぶさかではありません」
「本人はむしろ乗り気みたいね」
「では問題ないのでは?」
じゃあ良しとしよう。
「ですが一点。女神イネインには非情に申し訳ないのですが」
「む、なんですかルナ。よほどのことでなければ聞きましょう」
割と簡単にヒトの言葉が届く神様である。
「イネイン、という名は三女神の一柱の名前として有名ではあるのです」
「……名前も知らない民がいたような気がしますが」
「ごめんて」
「それはともかく、神の名前を子供に付けるような親はほとんどいません。それからこのアーシュラウム王国は三神教が広く普及している数少ない国ですので」
「数少ない言わないでください!」
「……稀有な国ですので、イネインの名は比較的民に知られている方でしょう」
稀有の方がさらに少ない感が増してる気がするけど、あえて触れないことにする。
「ともかく、それでイネインの名を名乗るのはあまり体裁が良くありません。特に今はルミナスの時代でもありますので、イネインが現界していると知れれば余計な混乱が生まれる可能性があります」
「ふむ……。不信心にも神の名を名乗る愚か者と思われるか、世界が滅ぶと思われるか、ということですね。それは確かにわたしの望むところではありません」
「一番いいのは、新しく別の名前を名乗ることでしょうか。人に名乗るための名前ですね」
「それは――」
女神であることに誇りを持っているであろう彼女に、名を捨てろということ。
だから、ルナは最初に申し訳ないと断りをいれたのだ。
「特に問題ありませんね。ではノゾミ、あなたが名前を付けてくれませんか」
めっちゃ軽い感じで了承された!
「えぇ……」
思わずいいのか? と目で問い掛ける。
イネインはなんだそんなことだったのかとばかりに頷き、
「ルナの話はもっともです。とても理にかなっていました。さらに言えば、わたしは神であることに誇りを持っていますが、だからといって『女神イネイン』であることに
こっちはこっちで納得のいく理由だ。
とりあえず名前を新しくすることに抵抗はなさそうなので良しとするが……なぜ希望を希望するのか。
ルナを見る。スッと目を逸らされた。
ゼクス――は、はい。楽しそうでなによりですね。
かといってシルヴァにパスするのは気が引けるし、ううむ。
「ところで、なぜわたし?」
「特に理由はありません。強いて挙げれば、あなたの料理がとても美味だったからです」
指名理由が雑!
いやでも名前を付けるなんてなかなかにヘビーなイベントだし、これくらい適当な理由の方が気が楽かもしれない。
「えー、じゃあイネインちゃんだから」
「イネちゃん、とかインちゃん、とか安直な名前はダメよ希望」
第一候補と第二候補がゼクスによって否決されてしまった。
ぐぬぬ、だとするといい感じの名前なんかパッと思いつかないし……あ。
「未来の神様」
「はい? ええ、本来のわたしは未来を司る神性ですが」
指差し確認に、訝しむような表情をしつつ答えてくれるイネイン。
で、あるならば。であるならば、だ。
中学時代、ふと興味を覚えて特に意味もなく花言葉を調べまくった。大半の花言葉は忘れてしまったが、いくつか印象深いものは覚えている。
思い浮かんだのは、そんな花のうちの一つ。
「アルちゃん、でどうでしょうか」
「アル、ちゃん? いえ、ちゃんはともかくとして、それは略称だと思うのですが――」
う、やはり略称ではなく名前全部を言わなきゃダメか。
内なる中二心を白状するに等しいのでひどく恥ずかしいのだが、仕方ない。
だって他に思いつかないんだもの。
「アルストロメリア。だからアルちゃん」
「あるすと……? なんですかその珍妙な名前は」
珍妙言わないでください地味にグサッとくるから。
ええい、わたしにネーミングセンスを期待する方が間違っているのだよ!
「アルストロメリアは、わたしと希望の故郷にある花の一種ね。別名夢百合草。花言葉は――『未来への憧れ』」
そして案の定ゼッちゃんが由来を暴露。
うん、しってた。
「未来への、憧れ……」
「やー、まあその、なんだね。他に思いつくものがなくて」
「ノゾミ!」
「お?」
がっし、と両手を掴まれる。
小柄な体躯に比例して、希望よりやや小さな手。ちょっと高めの体温。少しだけ汗ばんでいる。
「気に入りました! わたしはこれから、ある……あるすろ……ええい、面倒です! アルと名乗ります!」
「お、おお」
ぶんぶんと手を大きく振られる。
お気に召したようでなによりだが、ホントにいいの?
アル・アジフのアルで、アルトロンのアルだよ?
「アル……アル……。ええ、ええ、呼びやすさも実に良いです! この際ですから自称もアルに切り替えましょう。アルはアルなのだという自己認識ですね」
イネイン……もとい、アルの中では、完全に決定事項のようである。
本人が気に入っているのであれば、希望たちに止める権利もないだろう。
この日、女神イネインは女神アルストロメリアへと生まれ変わった。
生まれ変わった彼女の持つ神性がどんなものであるのか、誰も知る由もない。
今は、まだ。
転生特典が思い通りになりません~すてきななにかってなんだ~ てひげひろゆき @tehige
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