第31話 そして彼女は生まれ変わった
「実はですね――わたし、神なのですが」
金髪の少女は開口一番、そんなことを言った。
え、この子なに言ってるの? と思わないでもないが、同時に希望は神(仮称)ことクソ神様を知っている。
クソ神様がいるんだから普通の神様だっていてもおかしくはないだろう。
我ながら神の存在を信じるきっかけが特殊な気するが、転生してるし巨大ロボ乗ったし、なんかもう今さらである。
「神、ね。その割には魔力が足りないようなのだけれど、新しく生まれたばかりなのかしら」
ゼクスの言葉に、神(自称)の少女は思いっきり顔をしかめた。うすうす感じていたが、やっぱり感情がそのまま表情に出るタイプのようだ。
とりあえずこの子はクソ神様に
「ぐむ。生まれたばかりなのはある意味事実ですが、本来のわたしはもっと力を持っているのです」
「まあ、ごく自然に世界そのものに溶け込んでいる気配からすれば、あなたがこの世界の神であることには間違いないのでしょうけど」
お腹が空きすぎてシルヴァから獲物を強奪しようとした、という事実が神様としての残念さを加速している気がする。
その上希望たちの食料をほぼ食い尽してしまったわけで、現状この子は「力のある神様」というより「腹ペコ神(自称)」という評価にしかならない。
なんとなくそんな空気を察したのか、神(自称)は暗い笑い声をあげた。
「ふ……ふふふ……良いでしょう良いでしょう。わたしがどんな神であるか、あなたたちに教えてあげましょう」
なんか今の状況以外にも鬱屈した感情が見え隠れしているように見えるなおい。
「わたしの名を聞けば、あなたたちは戦慄と共に震え上がることでしょう。そして偉大なる神へ供物を捧げることができた喜びにうち震えるのです!」
自分でめちゃめちゃハードルを上げつつ、神(自称)は声高に名乗りを上げた!
「わたしの名はイネイン! 女神イネインです!」
ドン! と効果音が付きそうな会心のドヤ顔である。なんかかわいいぞこの子。
「イネイン――あのイネインですか!?」
そして神(自称)――イネインちゃんとやらの名乗りを聞いてびっくりしたのは、ルナだけだった。
希望としてはルナがここまで大きな声を出したことにびっくりである。
「ええ、ええ、そのイネインです。ふふふ、どうですかどうですか、驚いたでしょう、恐怖したでしょう。ですがわたしは寛大な神ですからね、多少の無礼は許容します」
ルナのリアクションがお気に召したのか、ふんすふんすと鼻息荒くドヤ顔継続だ。
やっぱりかわいいぞこの子。
とはいえルナがびっくりするくらいだ、有名な神様なのだろう。
知らないのは希望だけかもしれないし、ここは恥を忍んで聞いてみよう。
「え、あの、誰」
おかしい。名前知らなくてごめんなさい教えてくださいって気持ちを込めたはずなのに、我ながら「誰だよお前しらねーよ」にしか聞こえない。
「な」
あ。イネインちゃん固まった。
「女神イネイン。世界の創造と維持を司る三柱の女神の一柱です。彼女は主に破壊と虚無、未来を司っています」
「マジか」
なぜ知らないのか、というルナからの視線は気付かなかったことにして、マジか。
まさかの破壊神なのかこの子。
あれ、これやらかしたやつかわたし。
「えー、あー、その、ご、ごめんなさい?」
知らなかったのはわざとじゃないんです。事故なので破壊はやめろくださいお願いします。
「くぅっ……」
破壊は起きなかったが、イネインはがっくりと崩れ落ちた。
いっそ見事なまでのうなだれっぷりである。
「わたしを、知らない、ですと……?」
「や、あの、ごめんね?」
希望が知らなかったことがよほどショックだったのか、顔を上げたイネインは弱々しい笑みを浮かべた。
「良いのです良いのです。わたしは所詮マイナー女神……マイ女神なのですから」
それはなんか逆に熱狂的な信者がいそうだ。
「マイナーなの、この子?」
「……すまないが、俺も聞いたことがない」
「ぐふっ」
ゼクスがシルヴァに問いかけたが、シルヴァの回答が追い打ちとなってイネインに突き刺さる。
「女神イネインは、世界三大宗教の一つ、三女神教の主神です。三女神教は最も古い宗教で、光の神ルミナス、闇の神テネブラ、虚無の女神イネインの三柱を信仰しています」
ルナの解説に、ガバッ! と顔を上げるイネイン。
めっちゃキラキラした目でルナを見ている。なにしろルナ以外の三人が揃って女神イネインを知らないのだから仕方ない。
もっとも、希望は他の女神も知らないのだが。
「その上で言いにくいのですが、残る三大宗教はルミナス教と創世教――テネブラが主神の宗教です」
「あっ」
察した。
つまるところ、主神は主神でも他の女神と一緒に主神であって、他の二柱は自分だけが主神の宗教がある、と。
しかもたぶん、三女神教自体はあんまり信仰してる人がいないと見た。
「誰がマイナー女神ですか!」
「いや待て、さっき自分で言ったぞ?」
まさかの逆切れに希望もびっくりだ。
「待ってください、わたしにも言い分があるのです。言っても良いですか!」
「え、あ、うん。どうぞ」
「ありがとうございます。ではまずテネブラですが、彼女は過去を司り、世界を作った――創世の実績があります。特に魔族に信仰されていますね」
なにやら自己主張と解説が始まってしまったが、話の腰を折るのも忍びないのでそのまま聞き役に回ることにする。
あと神様の話って面白そうだし。
「なるほど、確かにその実績は大きいでしょう。
なぜそこでおっぱいサイズの話になるのかはともかく、創世神ともなれば人気だって相応にあるだろうし、闇の神なら闇っぽい魔族が信仰するの頷ける。
うちのわんこ、半分魔族なのにピンと来てない顔をしてるけどね!
「次にルミナス――現在と光、調和を司る神です。……なんですかこのキラキラした神性は。こんな民受けが良い神が信仰されない理由などありませんね! わたしより乳房が小さいくせに!」
まだ言うかおっぱいサイズ。
他になにかないのかと言いたくなってきたが、口に出すとめんどくさい絡まれ方をしそうなので黙っておく。
「そしてわたしことイネインですが、先程そこの――ええとすみません。あなたの名前は何というのですか?」
「ルナです」
「ありがとうございます。ルナが言っていた通り、わたしは未来、虚無、破壊の神性です」
自分でも言うあたり、愛らしい見た目に反して破壊神というのは間違いないのだろう。
イネインはそこまで言うと言葉を区切り、すう、と息を吸い込み、
「つまり、わたしが司っているものは! 民草からすれば得体の知れないものばかりなのです!」
バァーン!! と効果音でも鳴り響きそうな、渾身の叫びであった。
叫んでる内容はとても情けないものでもあったが。
とはいえ理屈はわかる。
未来、と言われても結局は先の話である。現在の救いが欲しい民であれば、それは現在を司る神様を信仰するだろう。
虚無、と言われてもすぐに理解できる者は一部の知識人だけだろう。それならば闇の方がまだ理解できよう。
となれば残るのは破壊だ。すごくわかりやすいが、わかりやすいが故にそのまま畏怖につながる。
畏れもある意味信仰ではあるのだが、それは荒ぶる神を鎮しずめる――要は怖いからじっとしててもらう、ということである。
ヒトというものは自らに益がなければ神を信仰しない。となれば、遠い未来に虚無と破壊をもたらすであろう女神を信仰する理由はほとんどない。
まあ、極端な破滅主義者とかならあるいは信仰したりするのかもしれないが、ともかく女神イネインが置かれている環境というのはそんなところだろう。
いや、これはなかなかに気の毒な状況ではなかろうか。
「とはいえそれでもわたしは神です。神であるのならば、人に必要とされたい。わたしのことを知ってほしい。三女神のうちの一柱ではなく、わたしという神を」
神とは人に必要とされてこそ。女神イネインはそう語った。
いやもう
ともあれそれは、女神イネインの切実な叫びでもあるのだろう。
わたしはここにいる、と。忘れないでほしい、と。
……一人でいるのは、寂しいのだ、と。
「ですのでまず手始めに地上に降臨してみました!」
同時に割と考えなしみたいだった!
ちょっぴり感動したわたしの気持ちを返せ。
続けて曰く、地上に降りて困っている人をかたっぱしから助けていけば、「女神イネインここにあり」とまでいかなくとも、「ここにいる女神」は人に必要とされる神になるはずだとのこと。
まあ、理屈としては間違っていない。……のか?
「イネインという女神は未来を司る神ですので、現在においての神威はあまり高くありません。その霊格は未来において最大となるのですが――未来っていつですか! これではいつになっても民草にわたしを認識などしてもらえないではないですか! となったわけです」
「なるほど」
希望を含め、人が今を生きている以上は常に現在だ。破壊神という理屈から考えれば、イネインが真価を発揮するのは世界が滅びる時になるのだろう。
人に必要とされたい女神にできることが、人の世を滅ぼすことだというのであれば、それはあまりにも残酷だ。
「故にわたしは、自我を切り分けることにしました。『破壊神』、『未来の神』、『虚無の女神』というシステムとしてのイネインと、今この場にいるわたしです」
「ああ、生まれたばかりってそういう意味だったのね」
ゼクスが納得したように首肯した。
なんて無茶なことをやる女神なんだ……と思ったが、ちょっと待て。
要するにこの女神サマは、ほっとかれて寂しくなったから意識を切り離して地上に現れたわけだ。
まあ、それはいい。なんだかとってもかわいいけど、理屈はわからなくもない。
しかしそのために切り離した属性が、「破壊」と「未来」と「虚無」。
あれ、それって女神イネインのメイン属性全部では?
「つまり今のあなたは、イネインの記憶を持った意識体ではあるものの、『イネイン』という神ではなくなっているのでは?」
さすがに希望でも気づくことをルナが気付かないわけがなかった。
イネインちゃん(仮称)は、その言葉にフッ……と不敵な笑みを浮かべ、言い放つ。
「実は! その通りなのです! わたしはいわば、運命から解き放たれた新たなる神! いったいどんなことができるやら皆目見当もつきませんが、破壊以外のなにかはできる神になったはずです。崇めても良いのですよ?」
びっくりするほどふわっとした神様観だった! そのくせ自信満々である。
人が神を崇める理由など二種類しかあるまい。
人にとって利がある場合と、害がある場合だ。前者は善神と呼ばれ、後者は祟り神と呼ばれる。
「……神というのであれば、やはり崇めるべきだろうか。俺は崇め方などよくわからないのだが、ノゾミは知っているか?」
「え。いやなんかこう――手を合わせて目を瞑って、いつもありがとうございます、的な?」
「礼を言えばいいのか。……神よ、いつもありがとう。俺が気付かないだけで、きっとなにかしてくれているのだろう。ありがとう」
なんだろう。
シルヴァの純粋な行為が、えらく高度な煽りにしか見えない。
どうしてこうなった。
おいゼッちゃん笑うな。なんか腹立つ。
「ふっふっふ、そうですかそうですか、やはり崇めたくなってしまいましたか。さすがわたしです、溢れる神気は隠し切れませんね」
この子はこの子で渾身のドヤ顔である。
かわいいんだけど、どうしてくれようこの状況。
こういう状況になると、ゼクスとルナは決まって素知らぬ顔をするのである。
わたしか。わたしなのか。収拾をつけろというのか。
あとで覚えてろ。
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