第2話

 塔を囲むように広がるややこしそうなダンジョン内を、ミスティが召喚したグリフォンに乗って駆け抜ける。


 凶暴な魔物が行く手を阻むが、ミスティの魔術は普段より強力な力を発揮し、魔物たちを蹴散らしていった。やがて、ダンジョンを抜けた先の地に禍々しい塔が姿を現した。


 この手の話では階上にいる敵に会うために階段を駆け上がっていくのが常套だが、その時間も惜しい。


 塔の前まで来た俺たちは結界を解除し、グリフォンは地を蹴って空を舞い上がった。そして最上階の部屋がありそうな辺りに辿り付いた。


「うわあ、本当にあっさり着いちゃいましたよ。で、どうするんです? 本当にやるんですか?」

「もちろん。大丈夫、いまのミスティならできる」

「反則っぽいなあ……いままでの地道なレベルアップはなんだったんでしょう……」

「緊急事態なんだろ。さあ!」

「ええ、ここまで来た以上、引き返す選択肢はありませんからねっ」


 ミスティは瞳を閉じて呪文を唱え出し、塔の壁に魔法陣が描かれていきそれが完成するやいなや、杖の先を壁に向けた。


 轟音と衝撃が塔を揺らす。煉瓦で作られた壁が爆ぜ、大穴が開いた。土煙が立つ中、俺たちはその穴に飛び込んだ。


「アレック!」

「倉田、いるのか!?」


 用がある相手の名を呼びながら、俺たちはグリフォンから飛び降りる。


 土煙が晴れていき、俺がこの世界に来たときに気がついた神殿の広間のような魔術儀式に適していそうな広い部屋の中に、ふたりの人影が見えた。


 金髪の少年と、俺と同じ高校の女子制服を着た黒髪の少女。アレックと倉田がそこにいた。


「……新垣くん?」


 音に驚いて椅子から立ち上がった様子の倉田が、俺を見て不思議そうに首をかしげた。爆風に煽られた中学のときより長い髪が、ふわりと肩にかかる。


 拘束されている、なんて聞いたものだから牢屋にでも入れられているのか、はたまた縛られているのかと思っていたが、特に害は加えられていないようでほっとした。


 彼女は豪華な椅子を背後に、俺がミスティに与えられたのと似たような本とペンを手にしていた。


 どこか危機感のない囚われのヒロインとは対照的に、アレックは端整な顔を怒りに歪まて怒鳴った。


「てめえ、なんのつもりだ!?」


 金髪碧眼に白を基調とした服、一見したところどこぞの王子のような外見なのに、口が悪い性格破綻者。それでいて、一度こうと決めたらてこでも動かない頑固者。


 そんなかつて生み出した主人公と、俺は相対する。


 ……うーん、こいつのはちゃめちゃな性格は書いていて楽しかったけど、対峙するときついものがあるな。意外性を狙い過ぎるのも考えものかもしれない。


 突然壁を壊してやってきた侵入者に対しての反応としては、正しいのかもしれないが。


「ミスティ、なんで来た? もう来るなって言ったはずだ」

「あなたのやろうとしてることを止めに来たに決まってるでしょう!」

「そもそもどうやって辿り付いた? お前の力じゃ、あのダンジョンを抜けて塔の結界を解くことは不可能だ!」

「こちらにも神様がついてるんです!」


 ミスティは俺を指し示す。


 そう。あの本に書いたことがこの世界の現実となるのなら、魔術師ひとりを大幅にパワーアップさせることくらいできて当然だ。


 多分アレックも、後付けの能力で強力な結界を張ったりダンジョンを作って魔物をはびこらせたりしたのだろう。


 それを本に書いたのは倉田だろうが、見たところ無理やりやらされている様子ではない。どういうことだろう。この世界を歪めているアレックの考えに賛同しているとでもいうのか?


 俺の疑問を余所に、アレックが剣に手をかけて倉田の前に出て、ミスティに問う。


「あくまで邪魔する気か。一応理由を訊いてやろうか?」

「この世界を守るため、神が描いた正しい姿に戻すためです!」

「あんな運命、オレは認めねえ。元の凄惨な宿命から逃れようと足掻いてなにが悪い? 本来の筋のままだとミスティは……お前は世界の平和と引き換えに犠牲にならないといけねえじゃねえか!」


 アレックが悲痛な声で叫ぶ。

 それを聞き、俺は一気にこの物語の元の話を思い出した。


 そうだ、そういえば最後ヒロインが犠牲になって世界が救われるような話にしようとしていたんだっけ。


「だから神を呼び出し、この世界の別の可能性を提示してもらったんだ!」

「そんなもの必要ありません! わたしはどうなっても構わない、本来の世界が正しいに決まってるでしょう!」


「どうしてそんなこと言いきれる? 神なんて、無慈悲で気まぐれだ。この世界の人間に過酷な運命を背負わせるだけ背負わせ、高みから見物していたんだろう!? 薄幸の少女が犠牲になって丸く収まれば、見ていて感動できるとか思いながらな!」


 うわあ、耳が痛い。


 その身に宿る強大な魔力のせいで虐げられていた、孤独な少女。ミスティには、これでもかと不幸属性を背負わせていたのだった。


 だってみんな好きだろう? 可哀想な少女が主人公と出会って幸せを知っていき、光を与えてくれた主人公を好きになる話。そしてその手の話にビターな後味を組み合わせれば、大分俺好みの話になる。


「しかも神の片方はこの世界を見捨てやがった。おかげでこの世界は止まってしまった。それを再び動かせてミスティを救えるのなら、なんでもするつもりだった! 例えそれが、創造主に反したことでもな!」

「アレック……」


 堂々と主張するアレックの剣幕に押されたのか、ミスティは言葉に詰まる。もしくは詰まったのは言葉ではなく、彼の本心を知って胸が詰まったのだろうか。大きな瞳が潤んでいる。


 うん、俺もアレックのほうが正論に思えてきた。


 なんだよ、格好いいじゃんか。世界のあり様を否定してまでヒロインを守ろうとするなんて、さすが俺たちが作った主人公。悪ぶってるだけで、その実まっすぐでお人よしな少年だ。


 アレックがこんなことに手を染めることになった元凶は、八割……いや、ほとんど全部俺のせいな気がしないでもないけど。



「私もアレックの意見に賛成」


 黙って聞いていた倉田が、俺とミスティをまっすぐに見つめて断言した。


「元々あのオチは気に入ってなかったし。それに新垣くんはもうあんな物語、忘れていたでしょう?」


 その言葉にぎくりとする。その通りだった。この世界に呼ばれ、ミスティやアレックの言葉を通して、やっとどんな話だったか思い出したくらいなのだから。


「中学三年のときに出したメール、ずっと待っても返事は来なかった」

「ごめん、倉田。確かに忘れかけてたよ」


 そう返事すると、倉田の顔に失望が浮かぶ。だが俺は彼女のほうへ一歩を踏み出し、言い募った。


「うまく続きを書けなくなって、自信がなくなっていったんだ。倉田がどんどん上達していってるように見えて、余計に」

「そんな……私は新垣くんが誘ってくれたから書き始めたのに」

「ああ。俺が勝手にヘコんでただけだ。悪かった」


 頭をかきつつも、正直な気持ちを打ち明けた。本来なら行き詰っていた二年前に言わなければならなかった言葉。言えなかったせいで倉田を傷つけて、物語の続きは宙に浮いてしまった。


「でもこの世界に来て、作者が忘れてもその世界があったことは消えないってわかったんだ。倉田さえよければ、また一緒に物語を書こう。今度はちゃんとハッピーエンドにして完結させよう」


 そこまで言って倉田の返事を待つと、やがて彼女はぽつぽつと話し出した。


「……私、貴方に嫌われたのかと思ってた」

「そんなわけ――」


 不意に、中学の教室でひとり本を読んでいた倉田を思い出した。その姿は孤高を貫いていたのではなく、人付き合いに臆病だった故だったのだとしたら。


 そんな彼女を不安にさせるのに十分なことを、俺はやってしまったのかもしれない。


「一緒に書いた話を何度も読み返したけれど、ひとりで続きを書くのはなんだか違う気がして。だから、あの物語は止まったままだったの」


 ああ、彼女の中にあの物語は生き続けていたんだ。


「ごめん、ずっとひとりにして」


 俺は倉田に手を差し出す。倉田はその手を見下ろし、おずおずとぎこちなく、だがしっかりと手を握った。


「そんなわけだ、アレック、ミスティ。俺たちはこの世界を再び書き出す。ミスティを犠牲にすることのない物語を、な」

「神様……」

「そうか、なら見逃してやる。ここまでやったなら、神殺しにまで手を出しておこうかとも思ってたが」


 アレックがさらりと怖いことを言う。え、なに? 俺の選択如何によっては斬り捨てられてたかもしれないのか?


「もうっ、そんなこと言っちゃ駄目でしょう」

「ああ、そうだな。結果として神は改心したようだし」


 なんてことを言いながら、アレックとミスティは寄り添っている。幸せそうで結構なことだが……そういえばアレックはミスティを救うために世界を変えようとまでした奴だった。


 アレックの性格はもうちょっとどうにかしたほうがいいかもしれない、という考えが頭をよぎる。なにかあるたびにこの世界に召喚されて、いちゃもんをつけらえては堪らない。


 いやしかし、アレックがこういうやつだったからこそ、倉田と俺はこの世界に来て和解できたのかもしれない。あの物語の主人公がアレックでなかったら、物語は止まったままだったのだろう。


「では、神様たちを元の世界に送還します。本当にありがとうございました」


 ミスティが杖を振ると足元に魔法陣が浮かび上がり、視界が白い光に埋め尽くされた。


 薄れていく意識の中で、思った。礼を言うべきなのは俺のほうだったのかもしれない、と。



 気がつくと、人気のない高校の廊下に立っていた。


 携帯電話を取り出して時間を確認すると、教室を出たときからほとんど時間は経っていなかった。まるで白昼夢のような、本当にあったのかどうか定かではない体験だ。


 けれど異世界で本を持っていた手には、引き出しにしまったままだったフラッシュメモリが握られていた。リレー小説のバックアップを取っておいた、記録媒体が。


 俺はそれを見下ろし、口の端を吊り上げてから、倉田の教室へと早足で向かった。

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