僕と君と本との三角関係
夏秋郁仁
これだから
「おーいヒロト! カラオケ行こーぜ!」
「ごめん、パスで」
「えーなんでだよー? 最近お前付き合い悪いぞ?」
残念そうに不満を言う友人をなだめるように僕は笑った。
「ちょっと用事があってさ。そのうち教えてやるから」
「……絶対教えろよ!」
走り去る姿に軽く手を振って、ポケットの中のものを反対の手で探る。
……よし、持ってる。大丈夫。
リュックを背負って歩き出した――
***
「こんにちは」
「……こんにちは」
広い図書室なのに彼女――
「本返しますよね? 貸してください」
委員である井川マユに無言で差し出す。
「あ、前おすすめしたやつ読んでくれたんですね! 面白かったですか?」
「……そこそこに」
クスクスと楽しそうに笑う顔が見れた。
……ああ、僕はこれを渡せるだろうか。
葛藤しているうちに三冊の本は全て手続きが終わった。
「はい、終了です。今日も何冊か借りるでしょう? お勧めしましょうか?」
本当はそんなに本に興味はないが、井川マユとの時間が長引くならいくらでも聞こう。
「お願いする」
「じゃあ――」
頬を緩めて口を開く彼女に見とれる。そしてカレンダーが目に入って、よりポケットの中身が重たく感じた。
――ああ、僕はいつからこんなに弱くなったんだろう。
誕生日プレゼントなんて、性別年齢問わずいくらでも渡してきたのに。一か月前からソワソワして、プレゼント用意して、馬鹿馬鹿しい。
井川マユが『今日誕生日なんですよー』とか言ってくれれば話が早いのに。そうなったら『なら丁度ポケットに入ってたから』とか言って渡すのに。
心中で罵れど、睨むように見下せど、彼女の素朴な愛らしさは減らないし、むしろ聞き手がどう見ても話を聞いてないのに語り続ける馬鹿可愛い感じが浮き彫りになるだけだった。
くそ、この天然め!
美形で運動も勉強もできる上に金持ちな僕の虜にならない女は一人もいなかったのに。
「――そんな感じですかね? さて、どの本を借りますか?」
「さっきのから、数冊選んでください」
いつも本だけに笑いかけるような無愛想なくせに、今日はやたら楽しそうな笑顔を見せる。
ふと疑念を抱く。どうしてこんなに明るい雰囲気なんだ?
まさか、実は彼氏がいて、そいつが誕生日を祝ってくるとか?
一度疑うと不安になる。
いやでもこいつの地味な外見じゃ彼氏なんている訳ないよな。それに口下手だし……本について話す時は饒舌だけど。
ええい聞いてやれ!
「……なんでそんなに楽しそうなんだ?」
そう指摘すると井川マユはパッと顔を赤らめた。
「分かりましたか、すみません! 浮かれてました……」
手を頬に当てて冷まそうとする様を心に留めつつ
「何かあるのか?」
とたずねる。
「実は……」
実は?
「今日誕生日なんですよ! 家族がずっと欲しかった本をくれるらしくて、今から楽しみで仕方なくて!」
――そんなことだろうと思っていたさ、ああ。
どっと疲れたが、当初の予定通り誕生日の話になった!
「……今日が誕生日?」
「はい」
よし話の流れは大丈夫だ! 今がチャンス!
「なら、これ」
なんでもない風を装いながらポケットから包みを取り出す。手のひらより少々大きく細長いもの。
「たまたま持って来てて――」
「もしかして栞ですか?」
なんで包みに入ってるのにわかるんだ!
「そ、そうだ。よかったら」
小さな井川マユの手が僕の手から栞を受け取った。驚いたような表情のまま丁寧に開けて、現れたそれを指で撫でている。
彼女の好きな菫をモチーフにしたステンドグラス風の栞。全体的に青紫色。
この日の為に以前からちょくちょく欲しい物と好きな物をリサーチしていた。
――ふ、これなら外れないだろう!
「……これ、同じの持ってます」
なに!? 嘘だろ!?
のけ反りそうになるのを堪えたものの、自分の顔がひきつった気がする。
「ふふ、もしかして前に好きな色とか欲しい物とか聞かれたのって、このためですか?」
「ち、違う!」
両手を突き出して慌ててごまかすも井川マユは笑うだけ。
そうやって僕を誘惑するんだ! どうせ本の方が好きなくせに!
「
ゆったりと微笑む彼女から目をそらし、早口で言う。
「同じの持ってるならいらないだろ別に僕だってたまたま持っていただけなのだから返してくれたって」
「いえいえ、今日両親から貰う本に使いますよ」
……それは、彼女の中では最上級の扱いなのでは。やっぱりホントは彼女は僕のことが好きなのでは……!?
「まさか知り合いからプレゼントをいただけるとは、想像もしてませんでした。ありがとうございます」
――知り合い。友人ですらなく、知り合い。
「……ドウイタシマシテ」
今度こそひきつった顔になった自信があるが、とりあえず引き下がろう。もうメンタルはぼろぼろだ。
「……本、探してキマス」
「了解しましたー。私もお勧めの本をまとめておきますね」
背を向けたので井川マユの顔は分からなかった。しかし声音が明るかった。
きっと彼女は僕が彼女を好きだと気付いているんだ。そして弄んでいるんだ。そうに違いない。
ぶつぶつと口中で文句を言いながら、図書室を進んだ。
だから、彼女の小さな声は聞こえなかった。
「恋人には冷たい先輩だもんねえ」
――そうして僕はまた、僕と君と本との三角関係を続けていく。
僕と君と本との三角関係 夏秋郁仁 @natuaki01
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