-016

 響は一つ息を吐いて、切れ端をくしゃくしゃに丸めて無造作にパーカーのポケットへ突っ込んだ。

 気付けば、思ったより長い間喋っていたらしい。窓の外はずっと明るくなっていて、あの日溜まりも面白味のない透明色に変色してしまっている。それと同時にじっとりと肌に吸い付くような濛々もうもうたる熱気が何処からかやってきて、部屋を包み込もうとしている。どうやら今日は暑い日になるらしい。

 霊華は燭台を持ち上げると、蝋燭に息を吹きかけて炎を消した。

「それで響君はこれからどうするの。」ブリキの燭台を手に掲げて、響の方へ面を向ける。

「さぁて、どうするかね……、わっかんねぇわ。」

「私は学校あるから、もう部屋出るけど。」

「マジで? お前も結構怪我してたみたいだが、病院とか行かなくて大丈夫なのか。」

 昨日見た限りでは彼女も大分天使にやられていたようだった。響が駆けつけた時には既に満身創痍だったはずだが、改めて全身を見てみると一切傷痕が残っていない。

「死ななければ、魔術でどうとでもなるわ。というか、病院の人に何て言って診てもらうのよ。」


 ――――まぁ、正論だ。とても転んで怪我しましたで誤魔化せるような傷ではなかったのは確かだ。


 響はベッドに座ったまま、脚の筋肉にグッと力を込めて調子を確かめる。先程立ち上がろうとした時には、まるで足が棒になったように一切力が入らなかったが、今度はしっかりと足の裏が地面を捉えた。激しい運動は出来ないだろうが、歩く程度なら問題なさそうだった。

「…………そうだな。俺も一旦拠点に帰るよ。色々報告しないとまずいからな。」

「イナちゃんはどうするの?」

「勿論、マスターについてゆきます。」

 イナはそう言って胸元の高さから響の顔を見上げる。

「やっぱりそうなるよな――――」響もそれに釣られてイナの顔を見下ろし、一瞬無言で視線だけが交わされる。しばし響は考え込むような素振りを見せる。しかし、最後には大きな溜息を残して、霊華の方へ向き直った。

「……まぁ、こいつについても色々調べないといけないし、俺の方で預かるよ。」

「そう。じゃあ、急いだほうが良いわね。もうすっかり朝になっちゃったみたいだし。人が増える前に早く帰りなさい。」

 霊華はつかつかとその場を離れて部屋の中央へと行く。

「ちょっと離れてて。」

 足を肩幅に開き、左手を廊下の方へピンと伸ばした霊華を見て、「何するつもりだ。」と響は言われた通りベッドの一番端まで身を引く――――イナは大して表情も変えず、その場に座ったまま彼女の所作を凝っと眺めていた。

「見てれば分かる。」

 それと同時に掌から青色に発光する複雑な幾何学模様が浮かび上がった。本格的な魔法の気配を感じ取った響は、思わず僅かに身構える。すると、間もなく幾何学模様がすっと光を失ったかと思うと、代わりに宙空に直径三十センチほどの穴のようなものが現れる。穴の中は真っ暗で、そこだけ遠近法が壊れているかのようにのっぺりとしていた。

 次の瞬間、穴の向こうから、ペンやらナイフやら本やら何に使うのか分からない小さな石像やらがドサドサドサッと雪崩になって転がり出てくる。それこそアニメや漫画で押し入れの向こうから大量の荷物が溢れ出してくるような感じである。

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機械仕掛けの神の柔らかい構造 斑鳩彩/:p @pied_piper

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