第6話

 翌朝、僕は見知らぬ番号からの着信で目を覚ました。隣で寝ているシオンちゃんを起こさないよう、ゆっくりと、それでいて迅速にスマホを取る。

「もしもし?」

「朝早くに申し訳ありません。私、東総合病院の佐々木と申し」

 …………僕は急いで電話を切った。僕はあの看護師の言うように心の病でもなければ、医師の言うように佐々木先生の専門でもない。病院というのは、診察を受けに行くものであって、カルテの名のもとに患者を生み出す機関ではない。

 その根本的論理が分からないようで、再び電話をかけてきた。温厚とは言わないけれど、少し腹が立ったので電話に出てみた。

「加賀美遼さんで間違いないですよね、私、東総合病院の佐々木と申します。少しだけお話させてください」

「………何の用ですか」

「私としては一度会って話したいのですが、お時間よろしいでしょうか」

 これじゃあ患者じゃなくて、まるで容疑者じゃないか。お縄になるような事は何一つ、いや人間を錬金したのは問題アリなのは分かってますけど、ああもう訳が分からない!

「はい」

「では本日、10時30分頃に受付で私の名前を言ってもらえると助かります。では、お待ちしております。あと……『しおんさん』も同伴してくだされば幸いです」


 結局のところ、僕もシオンちゃんの事について自分なりに説明が付けれなかったのだ。二人の大人があろうことか見えないなどとささやき、今こうして二人で病院へと召喚されている。

「お忙しいところ恐れ入ります、改めまして佐々木と申します」

「加賀美です」

 案の定、佐々木はカウンセラーだった。

「加賀美さん、単刀直入にお伺いいたします、どうかリラックスしてお聞きください」

「はい」

「今ここに『?」

「はい!」

 僕には、やはり見えないのかという吹っ切れたような落胆を、佐々木には、やはり見えるのかといった感を与えた。肝心のシオンちゃんはこの衝撃の事実をまたもや悲しそうに受け止めていた。



「イマジナリーフレンドという言葉をご存知でしょうか」


「……いいえ」

 僕はこれから難病を宣告されるかのような気分で彼の話を大人しく聞くことにした。

「イマジナリーフレンド、直訳すれば空想の友達。『目に見えない人物で、名前がつけられ、他者との会話の中で話題となり、一定期間直接に遊ばれ、子どもにとっては実在しているかのような感じがあるが、目に見える客観的な基礎を持たない』と定義されています」

「空想の、友達…………」

「孤独を埋め合わせるためによく子どもがイマジナリーフレンドを見出すケースが多く、時が経って、が得られたら、イマジナリーフレンドは見えなくなる、という事が多い現象です」

「う、ウソだ! ここに居るじゃないか! そうだよ、シオンちゃんの手料理だって食べたし、お風呂場は彼女の血残ってるかもしれない! 今だってこんなに悲しそうにしているじゃないか!」

 僕はまたもや、この場から逃げ出そうかと思ったが、今度はシオンちゃんが動こうとしなかった。

「私は医療関係者ですので、にわかに錬金術などを信じれません。降霊術ならまだしも、加賀美さん、あなたは生身の少女がここに居るとおっしゃる。でもそれは他の人には見えないのです」


「……それがどうした」

「あなたには本物の友達作りに少しずつ取り組んで」

「ふざけんな! 何が本物の友達だ! シオンちゃんが見えない奴らに僕らの事をとやかく言われる筋合いは無い!」


 きっとこの男は、僕がショックを受けて錯乱状態にあると思っているのだろう。カウンセラーだか何だか知らないが、人間の心を全て読めた気になりやがって。

 僕は今、シオンちゃんとの二人だけの世界という甘美な響きに全てを賭けて、彼女を半ば強引に連れ去る。

 彼女をお姫様だっこする。それみたことか、しっかり重い、いや、女子に重いだなんてデリカシーが無い発言なので撤回します、柔らかい? とにかく、今こうして誘拐的王子様モーションで、愛の逃避行が始まったのだ。

「りょう君、泣かないで」

「う、うれし涙だから! シオンちゃんとどこか遠くへ行けると思うと涙腺が緩んだだけだよ!」

「わたし、りょう君の妄想でも想像でもないよ」

「分かってるよ!」

 涙で視界が狭まるが、カッコつけてお姫様だっこで走り出した以上、おんぶに切り替えるのは勿論、決してコケる訳にはいかない。

「でもね、わたしはりょう君のなんだよ」

「僕だって誰かの創造でこうして美少女と当てもなく走ってるんだ! 錬金術だろうが、神の叡智えいちだろうが、両親の営みだろうが、そこに差なんてないんだよ! シオンちゃんは僕のたった一人の彼女なんだ!!」


 思わず転びかけた。暴走列車の如く走っていた僕の足は突如としてその動きをやめ、物理法則によって大惨事になるとことであった。

 いやはや、シオンちゃんの唇は剣よりも強し。

「ずっと、ずっと二人だけでいようね」

「うん、そのために僕はここまで生きてきたんだから」

「そうだね、そのためにわたしは生まれたんだもんね」


 追手が無いのを確認し、首尾よく到着した電車に息を切らせながら乗り込む。僕らは出逢ったあの日のように固く恋人つなぎをして、僕さえも他人に見えないようなどこか遠くを目指して揺られるのだった。



 わたしだけを頼ってくれてる。わたしだけを想ってくれてる。

「今度はりょう君の幸せをわたしが造ってあげるね」

 もう誰も近寄らせないよ。りょう君以外に見えなくてもわたしは困らないもん。

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錬金術で僕だけのヤンデレヒロインを造るよ! 綾波 宗水 @Ayanami4869

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