第5話
「あ、りょう、くん……」
目を覚ましたのとほぼ同時に、シオンちゃんはなぜ眠っていたのかを思い出したようだ。失敗したから暗い表情なのか、あるいは罪悪感からいつもと違って明るくない表情なのか、それとも貧血気味なのか。
スポコン精神ほとばしる青春野郎だったなら、『馬鹿野郎! 命を粗末にするな!』と言って彼女をビンタで覚醒させるかもしれないけれど、体罰断固反対派として密かに闘志を燃やしている僕は、彼女の精神面も
「まだ痛い?」
一応、濡れた服は脱がして、僕のシャツなんかを
そんな邪念を打ち消すように、すっくと僕は立ちあがって先ほどとは反対の手を取って、「一応、病院に行こうよ」と優しく誘う。
彼女はまたもや悲しげな顔をして、ただ「うん」とだけ言った。
幸い、そう混んでなかったため、診察の順番はすぐに回ってきた。
「え~手首の傷の手当でしたね」
「はい、ちょっと切ってしまって」
「では、こちらにお座りください。先に消毒をしておきますので」
「はい、じゃ、シオンちゃん座って」
「……どうぞ、お座りください」
いや、シオンちゃんは擬音で例えるなら、ちょこん、みたいな雰囲気でこの無機質な回る椅子に腰かけているが? ああ、診察相手を僕だと勘違いしているのか。
「いえ、僕じゃなくて、この子の傷を」
「…………分かりました、少しお待ちくださいね」
そう言って中年の医師は隣の部屋へと入ってき、僕らは二人きりになった。僕は不健康な精神を持つ健康体だと自認しているほどに、風邪などを滅多に引かないので、こうしてまじまじと診察室を眺めるのは久々だ。
まるでこれから予防接種を受ける子どもかのように、キョロキョロと目を動かしていると、奥から話し声が聞こえる。おそらく先ほどの医師と女性の声だから看護師さんと話しているのだろう。
「今日は佐々木先生はお休みなのか?」
「いえ、あと10分くらいでこられるかと」
「分かった。このメモを先生に渡してくれ、これは君の専門だと」
「つまり、心の病ってことですか?」
「そうだろう、少なくとも私たちに、少女は見えない」
気づけば僕らは公園にいた。どこの公園だか分からないが、夕方と言えども冬では早くも闇が辺りを制圧し、遊んでいた子どもたちの姿は既になくなっていた。
何が何だか分からなくなった僕は突如、彼女と共に病院から走り去った。シオンちゃんの暗い表情を一変させれた気がしたので、これも良かったのかもしれないが、総評で言えば、波紋の一日だった。
学歴社会において、医者というのはかつての聖職者にさえ匹敵する強権を持つ。そんな人間が事もあろうに、見えないなどという洒落にもならないホラを吹くだろうか。
「りょう君、寒いよ、もう帰ろ?」
「そうだね………」
この幼げな少女が見えない? 全くもってナンセンスだ。今こうして手を繋いでいるではないか。第一、彼女の手料理はどう説明する。それも僕の妄想だとでも言うのか? では今僕は夜道を彼女と歩いていないとでも言うのか?
「冗談じゃない」
「りょう君?」
今もこうして僕だけに寄り添ってくれているではないか。確かに錬金術を信じられないなら分かる。でも、彼女の事まで否定はできないだろ!?
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