第4話
「シオンちゃん、大学付いてくる?」
「行きたいけど、何だか疲れちゃったから、お家でお留守番してるね」
「え、大丈夫?」
つい今しがたまで、モーニングタイムを満喫していた僕に不安がもたらされる。隠し味にはそこまで心配していなかったのに、こうして一たび彼女に異変があれば慌てふためく。これでは彼氏として面目ない。
リードしろとは言わないが、彼女の不安を
「大丈夫だよ、それより電車の時間の心配をした方がいいんじゃないの?」
やば。小中高大のいずれであっても、多くの場合、交通の便がよくない立地条件であり、僕の通う大学もまた、電車の本数は問題ないものの、駅から移動時間が15分と長いような短いような微妙な場所にある。
「じゃあ、行ってくるけど、何かあったらこの番号にかけてきてね」
「うんわかった、気をつけてね~」
『気をつけて』と母以外に言ってもらえる日がこんなにも早く訪れるとは……!
とはいえ、やはり気になる。ヤンデレっこに造り上げたので、てっきり一分一秒を問わず隣に居るかと思いきや、こうしてお留守番という事態。
そんな私欲は抜きにしても、彼女の身体で「疲れた」というのは、無視できない。大学サボる? サボっちゃう? 仕方ないよね?
「大丈夫だってば!」
行ってきまーす!
講義を急いで終わらせるというのは不可能なので、スマホに気を向けつつ、結局は80分間、教授の難しいお話を聞いている。四六時中、相手の事を考えているだなんて、一体どっちがヤンデレなのか分からないが、まあ、相性がよろしいという事で。
「電話とかしたらまた怒られるかな? 休み時間だしいいよね」
心のざわめきはここに来てピークに達した。シオンちゃんが電話に出ない。良い子なので、知らない番号には出ないだろうが、つい数時間前にメモを渡したのだから、起きていれば出るはず。
シオンちゃんにヤンデレされるのは最高なんだけど、自分で今みたいな思考回路を辿るには正直、嫌に近い思いがあるね。
だから、考えるな感じろ、案ずるより産むが
「シオンちゃん!!!」
閑静な町内にある一際閑静なアパートに焦燥感ほとばしる大きな声がこだまする。これほど大きな声を出したのっていつぶりだろ? え、小学生以来……?
現実社会よりも閑静な記憶がこれ以上蘇らないよう、目線を過去ではなく現在に向けたが、シオンちゃんの姿はそこにない。
一軒家ならドアを開け放って、探し回るシーンなどもあったりするが、こんな狭い部屋だ。ある程度室内へ入れば、そこに何があるか、貴重品はどれくらい置かれているかが分かるという空き巣のチュートリアルみたいな場所だから、僕にとって何よりも大切なシオンちゃんの姿が見えない事は逆説的だが一目瞭然。
いくら幼女体形だからと言って、毛布にくるまってて見えませんでしたなんて猫みたいなオチはあるはずもなく、今まで感じてきた孤独とはベクトルも度合いも違った感情が僕を取り巻く。
残るはお風呂。シャワーの音は聞こえないけど、ラッキースケベくるかもしれないな、とまたまた感情を多方面へ揺さぶりつつ、一気に扉を開ける!
居た。
扉を開けると、そこは肌色の世界であった、と締めくくるつもりだったが、実際はシオンちゃんと赤く濁った水たまりがそこにあった。
森林系の入浴剤至上主義者の僕の家には、バラなどの入浴剤は存在せず、論理的帰結を待たずして、直観的にそれがリストカット現場である事を悟らせた。
疲れちゃったってそういう事………?
配合を間違えて、ヤンデレにメンヘラ成分が混じっていたのかな?
「シオンちゃん!!??」
驚愕が遅れてくるのがリアルと漫画の違うところ。
急いでお風呂からリビングへと運び、真っ白ですべすべな左手首にわずかに切り込まれた傷を見る。幸い、深くはないようで、自殺ではなく自傷行為の段階であった事が分かる。
ショックに加えて、のぼせてしまったようで、彼女はこちらの気などお構いなしに眠っていた。
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