第3話

「りょう君、起きてー朝だよー! え!? どうして泣いてるの!?」

「ずっとこうして起こされたかった人生でした………」

「そうだったんだね。これからはシオンちゃんが毎日起こしてあげるよ?」

「わーい!」

「えへへ、子どもみたいなりょう君」

 僕が子どもなのではない、シオンがママなのだ。朝と言えば、憂鬱が陽光みたく心身を貫き、あたかも戒律かのように毎日、決まってマイナスな感情から一日が始まるもの。

 錬金術とかいう奇怪極まりない研究の結果、神秘よりも神秘的な世界が訪れた。それも古くから「当たるも八卦はっけ当たらぬも八卦」と言われるスピリチュアルみたいな漠然としたものなんかじゃなくて、今こうして頭を撫でることができる幸福。

「もう、わたしはネコじゃないんだよ?」

「ネコ!? ハッ!コスプレ!!」

「お腹空いたから先に食べちゃうからね」

「起きます行きます食べますとも」

 ん? そういやまだご飯は作ってないよ? 気の利かないで面目ないけど、菓子パンなども買った覚えはないし。


「ま、まさか」

「はい、りょう君、めしあがれ」

「これ、全部シオンちゃんが!?」

「昨日のりょう君のを見て、一通りの方法は理解したよ?」

「……蕎麦で?」

「うん」

 食卓とあえて表現したくなる豪奢ごうしゃな彩り。フレンチトースト、スクランブルエッグ、レタスサラダにウサギさんリンゴ。

 今となっては映画でだって登場しない理想的な朝食がそう大きくないテーブルに鎮座し、新たなる日々を祝福しているではないか。


 正直、にわかには信じがたいが、錬金術でもって人間を造った僕がそんな疑問を抱くのもいささか変というもの。

 流石は、「生まれながらにして、あらゆる知識を身に付けている」という人工生命体<ホムンクルス>なだけはある。

 僕の趣味嗜好と言えば、また微妙な空気に包まれるけど、昨日も感じたように、少し幼く生み出したのもあってか、知識を身に付けているというより、吸収もしくは思い出しているかのようだ。


「写真撮っていい?」

「冷めちゃうよ~」

「急ぎますので!」

 電光石火でんこうせっかとはまさに今の僕を表す。被写体は動かないかもしれないけれど、カメラマン精神が憑依ひょういした僕は、「一秒変われば別の世界」みたいな勢いでもって連写する。印象派アーティストと名乗るにはおこがましいかもしれないが、我ながら良く撮れた。ついでと言っては何だけど、シオンちゃんも一緒にパチリ。ビックリしててメチャかわでした。

「いただきます!」

 貴族的な食事に本来であればノブレス・オブリージュに則っていただくべきなのだろうけど、落ち着いてなんかいられないよ!

「もう、付いてるよ」

「え」

「りょう君の口元についてたパンの方がおいしかったよ、えへへ」

「そ、そうなの……?」

 これは主観と客観を問わずに恥ずかしい。もはやイチャイチャの度を越しているのではないかな。翻弄ほんろうされてるわ~ もてあそばれてるわ~


「おいしい?」

「もちろん!!」

「そっか、今日もが良かったみたい」

 昨晩の光景が目に浮かび、再び吟味ぎんみとか言うと、いかにも倒錯とうさく的な世界が広がりそうだけど、あくまでも確認しただけだから。ヤンデレが好きな癖の強い美食家グルメを気取ってたりしないから。

「昨日とはまた違うよ?」

「違うんだ」

 ヤンデレ好きとしてはあえて言及せず、この独特な緊張感をスパイスに美味しくいただきましょう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る