病院は絶望の場所でなく遍く全員救うための(院外患者も含め)聖地だ

naka-motoo

創作病棟摂取不捨

 病院の待合室はどの受診科かによって雰囲気が違う。外科でも怪我や関節に関する受診科ならばたとえばギプスが外れるなどのはっきりとした治療目標と結果が明確な場合にはむしろ通院が心の安寧に繋がることもあるだろう。


 内科でも風邪やインフルエンザのように熱が下がるなどの目標がはっきりしている病気ならば治った後の楽しい出来事を想像すれば体がしんどくても気が滅入ることもないかもしれない。


 じゃあ。


 精神科は?


「どんな気持ちですか?」

「そうですね・・・・・・・『終わらない』っていう感覚ですね・・・・・」

「終わらない?」

「・・・・・なんて言うんでしょうか・・・・たとえばこの病気が治ったところで毎日の生活は続いていきますよね」

「そうですね。むしろ毎日の生活を続けていくために病気を治すということなんだろうと思いますよ」

「でも、毎日の生活を続けていたら・・・・どうしたってまた今の病気みたいな気持ちになることってありますよね」

「そういうこともあるかもしれませんね」

「じゃあやっぱり根本の原因は解決されないってことですよね・・・・・・やっぱり『終える』しかないんですかね・・・・」

「『終える』というのは自ら終えるという意味ですよね?」

「はい・・・・先生、どうでしょうか?」

「それでも終わらないと思いますよ・・・・・」

「・・・・・そうですか・・・・・」

「わたしは医師ですから『死後の世界』みたいなことを職業上申し上げることはできません。ですけれどもこれを個人的なわたしのつぶやきとして聴いていただけるのならお話しますよ」

「・・・・・・・お願いします・・・・・」

「あなたの本当の悩みを解決しようとしたら世の中を変えるしかありません」

「世の中を?」

「あなたが典型的なうつ病になった原因は子供時代に遡ればいじめがあり、その際にあなたの心に根を這わせてしまっている『対人恐怖』や『自ら失敗を呼び寄せてしまう感情』と言ったものは多かれ少なかれどの人でも持ってしまう可能性のある心です。そしてそれはあなた自身が心の持ちようでどうにかなるものではなく、そもそもいじめやいじめに準じたパワハラや『競争を煽る世界』といったものを根こそぎひっくり返さないといけません」

「先生。それって無理じゃないですか」

「普通に考えたならば。でも、たとえば人間は何十万人という人間の頭上に使用したら明らかに下にいる人間が死ぬ、という兵器を投下する判断を下して実行するような生物です。ならば『いじめを全員でやめよう』という判断・実行など本来はたやすいはずではないですか?」

「・・・・・・そうだといいんですが・・・・・」

「やるかやらないか。その二択でしかないはずなんです。あなたや多くの精神疾患に苦しんでいるひとたちを本当に救おうとしたら、世の中全体を救わないと間に合いません」

「世の中全体ですか?」

「そうです。『責任』というものは一見とても普遍的でそれを果たしている方達はとても素晴らしい人間だと思われがちですが、そもそもそれは果たすべき責任かどうか、吟味する必要があります」

「どういう意味ですか?」

「家に介護すべき親が居て、その介護を放棄して自己実現のために仕事のキャリアを積んでいる人は、自分の職責を果たしていたとしても、本当の責任を果たしているといえますかね?」

「・・・・・わかりません」

「たとえばあなたにしても、職責を果たす以前のもっと大事な責任から逃げずにそれを果たそうとしたことから病気になってしまったと思うんですけど」

「なんでしょう。僕がそんな大それた責任を果たしたでしょうか」

「同僚をいじめない、という責任です」

「・・・ああ・・・・・なるほど」

「得心しましたか?あなたは職場で同僚をいたぶったり、人のせいにして競争に打ち勝って給与や職位を引き上げたりしないという『責任』を果たしたんです。『義務』とすら言っていいと思います。そのあなたが結果的に報われずにこうしてわたしの診察を受けている。矛盾だと思いませんか?」

「そうかもしれません」

「根本の義務、老身の扶養義務や他人をいたぶったりしないという義務を果たしている人たちが『自分で自分を終わらせる』という選択をしようとしているのだとしたらこの世そのものが矛盾ということでしょう」

「矛盾」

「この世は虚仮、でしょう」


 僕は現実の病気の治療としてはこの医師と抗うつ剤や睡眠導入剤やそれらの服用の結果荒れる胃の炎症を抑えるための薬等に頼らなくてはいけないわけで、そういう面ではこの医師は僕を救おうとしてくれてるけど、矛盾の世、虚仮の世を正すことはこの医師のそれこそ職責の範疇じゃない。


 大きく逸脱というか完全に超えている。


 医師はこうも言った。


「あなたのせいではありません。誰が『お前のせいだ』と言ってきても取り合ってはいけません」


 ならば僕は小説を書こう。


 世の中の矛盾がひっくり返るほどの凄まじい小説を。


 僕のようなどうにもならない状況を生き続けている人間からまず優先的に救うような小説を書こう。


 プロットが浮かんだ。


 ココロを病む商社マンとどの神社にも属さずに無償で巫女としての奉仕を自主的に行う生活保護受給の少女。


 神が実現を目指す高天原をついぞ人間たちが身勝手な自己都合で虚仮のままの状態においているこの世を。


 人知れず遍く全員救うための小説を。


 書かずにはいられない。

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