四年に一度の結婚記念日

麻木香豆

四年に一度の結婚記念日

「そもそもなんで結婚記念日をこの日にしたの」

 僕はおじいちゃんの家にいる。壁にかけてあるカレンダーを見ると、二月二十九日のところに赤く丸が囲ってあって結婚記念日、と。


「四年に一度しか来ないこの日にしたかったんだ」

「毎年祝うものじゃないの? 普通」

「お互いそんなに記念日にはこだわりなかったからな」

 僕はじいちゃんの肩を叩く。ありがとう、と小さく言ったように聞こえたが昔よりもだいぶ老けたじいちゃんに僕はなんとも言えない感情が込み上げてくる。


「それにお互い結婚した頃はお金がなくてな、四年に一度なら四年のうちに少しずつ積み立てれば四年でドーンとお祝いできると思ったのさ」

「へぇー、どーんとか。一回目はどうだったの?」

「一回目は……四年目にして初めての子供を授かったから子供の祝いが優先でな」

「自分たちよりも子供の方か。一緒にお祝いすればよかったのに」

「それはダメだろ、子は宝だ。お祝いだ! ワッショイ!」

 たまにテンションが高くなるからびっくりするんだよ。


「二回目は下の子が小さくてね」

「三回目は?」

「妻が子供二人を連れて実家に帰ってしまった」

「えええっ! おばあちゃんが?!」

 仲のいい夫婦だと思ってたのに。

「大丈夫、四回目は無事に迎えたが上の子が思春期でな」

「五回目の時は……」

「子育ても落ち着いた、と思った矢先に妻が病気で倒れた」

 ああ、確か蜘蛛膜下出血。でも後遺症残らなかったってばあちゃんは言っていたな。


「六回目の時はなー今度は私が」

「屋根から落ちた」

「そうなんだよぉ……」

 その事故でおじいちゃんは車椅子になった。


「七回目はお前が生まれた」

「子宝じゃー、ワッショイ!」

 とじいちゃんの真似をしたけど、ん?て顔された。恥ずかしい……やるんじゃなかった。


「八回目からは旅行に行った。ようやくお祝いができた」

 覚えている。じいちゃんの車椅子を小さいながらも押した記憶がある。


「十回目は二人の還暦パーティーも兼ねて」

 写真たてにも飾ってある。


 それから四回、親戚揃って家族旅行でお祝いしたっけ。僕の弟や従姉妹も途中結婚して子供も増えて……。



「本当は今日の十五回目の結婚記念日はおばあちゃんも一緒に……」

「そうだなぁ」

 部屋にある仏壇で微笑む婆ちゃんの写真。去年亡くなってしまった。おじいちゃんは目を細めておばあちゃんの写真を見つめる。


「おい、哲太。早くじいちゃん連れてこいよ」

「はいはい、連れて行くよ」

 いとこの健太に呼ばれて僕はじいちゃんの車椅子をひく。


 


「四年に一度の結婚記念日もいいもんだね」

「だろ?」

 おじいちゃんは親指をグッと立てた。



 だけどおじいちゃんは一年後に死んだ。今年は天国でおばあちゃんと十六回目の結婚記念日お祝いしているのかな。




「ねえ知ってた? 二月二十九日って円満離婚の日って」

 と、妻が四歳になる娘をあやしながら目の前に座っている。


 僕らは四年前に入籍した。四年前のあのパーティーでも一緒にお祝いしたのだ。

 お腹の中にも娘がいて、じいちゃんが死ぬ前に抱かせてやることもできた。


 じいちゃんばあちゃんみたいな仲良し夫婦に憧れて、妻にお願いしてこの日を選んだ。でも妻はお祝い事好きだから閏年でない日は前後の日でお祝いをしようって。違うんだよ、それは。


 そして正式に一回目の結婚記念日。目の前に突き出された離婚届。


 弁護士さんも挟んで名の通り『円満離婚』をした。親権は妻。面会は四年に一度、という冗談は置いといて、定期的にできる。父親としての責任をもって娘を見守りたいと思う。ちなみに離婚の原因は夫婦間の価値観の違いだった。


 一人で離婚届を出して市役所から出ると父さんが待ってた。今回は親戚で集まらないそうだ。僕らの離婚が決まってたから気を遣って。


「集まりはないが二人で飲みに行こうや、お疲れさん」

「ありがとう」

 じいちゃんのひょうきんな笑顔にそっくりな父さんと今夜は飲むことにした。




 終

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

四年に一度の結婚記念日 麻木香豆 @hacchi3dayo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ