種明かし、そして天空の結婚式。

 で、どっちがパパでどっちがママなの、って聞くんかい!


 そりゃ君にとっては重要な問題だとは思うけど、ここはさあ、「どうして初めて会ったのに相手が判ったのか」って、聞くべきところでしょ?

 はいはい、まだ小さいくせに気を使ってくれてありがとう。それじゃ改めてタネ明かししようじゃないか。


 君も見たことがあるはずのアニメに、主人公が呪いでモンスターに変えられて、ラストに元の王子様に戻るシーンがあるの、覚えてる?

 ヒロインにとっては、逆に唐突に変身した彼なのに、すぐ主人公であったと気付く。たぶん、それはモンスターと同じ目の色とか、愛の奇跡(笑)とかいう理由なんだろうと思うけど、それだけで本当に納得すんのかと言われたら、ちょっとムリだよね。まだ「魔法だから」と言うほうがマシだと思うくらい。


 でも、ボクたちには魔法ではない理由があった。そして奇跡もあった。

 このことは後日、ベアさんと話し合って、たぶん真相はこういうことなんだろうな、と結論付けたことでもあるんだ。


 ボクらはおたがいを好きになったのは、キャラのスキンもそうなんだけど、まずその性格を好ましいと思ったのは確かだ。でも実はもうひとつ、好きになっていた要素があったんだ。

 それは「仕草しぐさ」だ。立ち振る舞い……身体の表情だね。「ミラーリング」という言葉があるように、相手の仕草と好意には密接な関係があることは知ってるよね?


 シュヴァルリアには、最新の「モーション・リアクター」が搭載されている。これはハイテク義手に使われていた技術を発展させたものだ。おむつ付き全身スーツで「動いたつもり」の筋電位を読み取って、VR内のモーションに再変換リアクションするシステムのことだね。だから慣れればベッドで寝たままプレイできる。タイマー必須だけど。


 身体の動かし方とは、筋肉の動かし方だ。それは手足だけではなく、表情筋や声帯の筋肉も含まれる。シュヴァルリアのプレイヤーキャラは、そのスキンは違っていても、表情、声、姿勢、仕草は、本人に似る仕組みになっていたんだよ。


 その「個性」を、ボクたちは無意識に覚えていた。魅かれていた。

 ハチコウ202の前で、ボクはベアさんの駆け寄る動きを、ベアさんはボクがうずくまる動きを、そしてその声とマヌケヅラを、おたがいの脳が読み取った。初めて会ったのに、相手のことを特定できたのは、そういう理由だったんだよ。

 

 だから、本当の奇跡は、そこには無い。

 じゃあ、「奇跡」はこの話のどこにあるのか、というと……


 二人の結婚式は、シュヴァルリア内で挙げた。

マチュ・ピチュを模した天空都市にある小さな城を借り切って、ネクタイを締めたゴブリン音楽隊が結婚行進曲を奏でるなか、ボクらは大司教様に結婚の誓いをたてた。白銀のフリルがたなびくバトルドレスで着飾ったベアさんは、本当に綺麗だった……


 おかしな人が声をかけてきたのは、披露パーティの最中だった。たぶん何か偏ったマスメディアか、でなかったらそれを気取ったヴィチューバーの人だったんじゃないかな。


「恥ずかしいと思わないのか」


 かなり課金してそうなキャラを使ったその人は、断りもせずスクショのアイコンを煌かせながら、ボクたちに話かけてきた。

 ボクは精霊仕立てのスーツを見直して、彼に答えた。


「似合いませんか?」

「そうじゃなくて、判らないかなあ。

 ゲームの中で結婚するなんて、キミらは何を考えてるんだ。

 こんなこと、社会が許すと思ってるのか?

 ゲームのキャラが、リアルな子どもを産めるはずもないし、

 非生産的極まりないだろ」

「ん? 私たちはいつでも、何かを産むことができるぞ。

 それは単にささやかな幸せかも知れないし、

 何かの作品かも知れないし、文明や文化かも知れないし、

 ひょっとしたらそれはAIの子どもかも知れないが、

 どれもみんなリアルな子どもと同じくらい大事なことだ」


 ベアさんが落ち着いて答えた。よかった。まだこの人キレてない。キレてたらこの城が半壊してた。


「それは本物じゃない。ただのフィクション。

 ゲームと同じで、作り物に過ぎないだろう」

「ボクたちの奇跡の物語は、本物ですよ」

「あの、初めて会ったのにお互いが特定できた、って嘘松か」

「いいえ。そこに奇跡は無い。起きて当然のことが起きただけだ。

 奇跡はですね、ボクたちの『覚悟』にあったんですよ。

 男とか女とか年齢とか国籍とか、年収とか地位とかブランドとか、

 主義とか主張とか権利とか義務とか決まりとか、

 そんなもんで計ることなく……

 愛が続く限り、すべて受け入れようと思うこと。

 そんなこと普通できやしない。

 口だけの貴方と同じように、やろうとも思わない。

 だからこそ、それを覚悟することは、奇跡に他ならない。

 だからこそ、リアルな(笑)見かけに惑わされなかった。

 と、ボクは……」

「私たちは、思ってる。さて、運営と連絡が取れたようだ」


 不正に招待状をコピーしていた彼はつつがなくBANされ、宴は平穏を取り戻した。かたずを飲んで見守っていたNPCも友人たちも、微笑みを取り戻す。

 さあ、幸せな時間の続きをしよう。


 そんな幸せなど本物じゃない、フィクションに過ぎないって言う人に、もしまた会ったなら……

 ボクらはこう答えるだけさ。物語の登場人物らしく、ね。


 そして、彼らはいつまでも幸せに暮らしましたとさ。


 奇跡のものがたりは、これでおしまい。

 めでたしめでたしハッピーエンド






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今日、僕は初めて恋人と会う。 尻鳥雅晶 @ibarikobuta

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