今日、僕は初めて恋人と会う。

尻鳥雅晶

今日、僕は初めて恋人と会う。

 ハチコウ202の周りは、とても混雑していた。

 しまった、とボクは思ったよ。

 近くで大きなイベントがあったのかも知れないね。


 こんな人ごみの中では、目印にと胸につけた「シュヴァルリアの勲章バッジ」ですらよく見えないじゃないか。いくらコミュ障のボクたちとはいえ、ウカツにもほどがある。おたがいが知っている、人が少なめで、確実な場所を待ち合わせに選んだつもりだった。でも、これではリアルな知り合いでさえ、出会うのは難しいかも。その証拠に、みんな「いまどこコール」をしているようだ。

 今日が初対面で、しかもお互いの電話番号やメアドさえ知らないボクたちなら、なおさら会うのは難しい。これじゃ「ベアさん」が言ったギャグ……


「判らなかったら、私がハチコウに跨って剣を振り回すよ」


ってのがホントに必要になるかも。でもハチコウ202はホログラフだから、上には乗れないんだよなあ。


 今日、ボクは初めて恋人と会う。


 オンのベアさんとの出会いは、いわゆるVRMMOゲーム「シュヴァルリア・オンライン」の中だった。大剣を背負った身長2mのケモノビト女戦士「ベアトリネイサン」というメイクで、通称「ベアさん」。

 対するボクは、イケメン(笑)なチビエルフ精霊マギ「コランダム」、通称「コラ君」。ボクたち二人は、所属していたギルドの中で恋人同士、という役割ロールプレイをしていたんだ。


 VRMMOを知らない人には奇異に感じるかも知れないけれど、もともとゲームなんだから、それが職業にしろ人間関係にしろ、ロールを遊ぶのは普通だよね。VRMMO以外のあらゆるゲームでも、自分とかけはなれた「主人公」になり切ってプレイするのが当たり前なんだから。

 もちろん、そういうフンイキを許さないゲームもあるけれど、シュヴァルリアはそうじゃなかった。ロマンスや性差を必須キィにしたイベントがメジロで、「カップルメーカー」とも呼ばれていたしね。


 そして、何時間も恋人プレイしているうちに、ボクはいつのまにか、ベアさんのことが本当に好きになったように感じたんだ。それはベアさんも……


 作りもののキャラを好きになるなんて変だ、という考えもあることは知ってるよ。でも、ファンが沢山いるアイドルグループだってそのウラじゃ、カネもうけ大好きのハゲのオジサンたちが、セッセとキャラ作りメイク操作コントロールをしているのが現実リアルってヤツさ。

 もっと言うなら誰だって、好きになった相手に、普段の自分っぽくないエエカッコシィをしてしまうことだってあるよね?

 そして、極端なことを言えば、みんな「自分ロール」をしているよね。

  

 それが判ってて、それでも、好きだ、と言えるなら、他人が口をはさむことじゃない。ボクはそう思っている。ベアさんも同意見だった。


 どちらが先に言い出したのか、もう覚えていない。ボクとベアさんは、オフでも会おうと約束した。ああ、判ってる判ってる。そんなの悲劇しか生まない、って断言している人も多いさ。


 でも。

 ボクは、ボクたちは、どうしてもリアルで会いたかった。


 それでも、ボクたちには大きな不安があった。自分の本当の姿を、どうしても相手に言えなかったからだ。プロフィールも非公開にしていた。その理由は二人とも同じ。ルックスも、声も、能力も、その他モロモロも、ゲームキャラと自分が違いすぎていたからだ。

 きっとガッカリさせる。ガッカリする……?


 だから、ボクたちは覚悟した。

 初めて会うときの第一印象ファースト・インプレッションを尊重したんだ。


 作り物の、美しすぎる夕焼けを見ながら、朽ちた城壁に並んで座り、屈強な女戦士と小柄な少年魔術師は語り合った。


「本当のコラ君がどんな姿でも、私は受け入れるよ。たとえハゲのオッサンでも、少なくとも大親友になれる自信はある」

「ひでー。ハゲのオッサンに謝れ!……でも、言いたいことは判るよ」

「だから……」

「うん。ボクも、本当のベアさんを受け入れるよ……」


 そして、今日、ボクたちは初めて恋人と出会う。


 そろそろ時間だ。

 ボクは目印のバッジの位置を直そうとして……落っことした。


「しまったぁーっ!」


 すみませんすみませんと声をかけながら、慌てて探した。しかし、王様から貰った(という設定の)勲章バッジは誰かに蹴られたのか、全然見つからない。これじゃ、ベアさんと会えない……!


「あっ……」


 一度も聴いたことない声がした。確かに、初めて聴いた声だった。

 なのに……

 ボクは立ち上がり、すぐそばまで駆け寄ってきた人を、


 ボクの今の顔は、きっとものすごいマヌケヅラをしているに違いない。目の前の、初めて会った人が、そういう顔をしているからだ。信じられないことが起きて、驚愕のあまりポカンと口を開けた顔を。


「ベアさん……」

「コラ君……」


 その後のセリフは、まったく同じだった。


「「どうしてすぐに判ったんだ!?」」


 そして、今日、ボクたちは本当リアルの恋人になった。

 そう、これは奇跡のものがたり。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る