星型の消しゴム
猫田パナ
星型の消しゴム
人は誰しも、黒歴史というものを抱えている。
私にも、忘れられない黒歴史がある。あれは私が小学四年生の頃のことだった。
私の友達に、マユミちゃんという子がいた。マユミちゃんは少しポッチャリとして色白で、真っ黒な髪はウエーブがかっていて、いつもどこか陰鬱さを秘めた瞳をしていた。
彼女は占いや少女漫画が大好きで、よく休み時間になるとクラスメイトを占ったり、漫画本を貸したりしていた。私も占いと漫画は大好きだったから、彼女と遊ぶのはとても楽しかった。
ある日の放課後、マユミちゃんは私を含めた五人の友人を呼び出した。放課後、学校の体育館裏に来いと言うのだ。それを伝える時のマユミちゃんの表情は深刻そのもので、私と友人たちは「これはただ事ではないね」と言いながら、放課後体育館裏に向かった。
体育館裏に着くと、まだマユミちゃんは来ていなかった。体育館裏は焼却炉とゴミ捨て場のある殺風景な場所だ。一体何の用事だろうねと私たちが話していると、マユミちゃんがやって来た。マユミちゃんはとても暗い表情をしていた。
「具合でも悪いの? 大丈夫?」
私たちが駆け寄ると、マユミちゃんは一呼吸おいてから話を始めた。
「今からみんなに、大切なお話があります……。ここに集まってもらったみんなは、実は選ばれた戦士たちなんだ」
「選ばれた、戦士?」
私たちは顔を見合わせた。どう反応すべきか迷っていた。でも私たちはマユミちゃんの友達だから、彼女をぞんざいには扱えない。だから誰も茶化したりはせずに、黙りこくっていた。
「みんな、輪になって」
マユミちゃんにそう言われて、私たちは彼女を囲むように輪になった。やはり誰も空気を乱すものはいない。
「今から、とあるものを配ります」
そう言ってマユミちゃんは、私たち一人一人に、それぞれ違う色の星型の消しゴムを配って回った。
私にはピンク色の星型の消しゴムが配られた。とてもファンシーな色使いで、ラメが入っている、可愛い小さな消しゴムだった。
「これから先の未来で、世界を救うためにみんなの力が必要になる時が来る。……その時にこのアイテムが重要な役割を果たすから、それまでみんな大事に持っていてね」
そう言い終わると、マユミちゃんは静かに去って行った。
マユミちゃんが去ると、みんなは談笑を始めた。
「ねえ、どう思った、今のこと?」
「えー、私は意味がわからなかったけど」
「大事なものなんだったら、マユミちゃんが持っていればいいのにー。私なくしちゃいそう」
みんな口々にそう言って、マユミちゃんのしたことを馬鹿にしていた。
でも私だけは、心のどこかで思っていた。
もしかしたら本当に、この消しゴムには不思議な力が宿っているのかもしれない。
私は選ばれた戦士なのかもしれない、と。
それから二十二年の時が経ち、私は三十一歳になった。
世界は、終わりを迎えようとしていた。
はじまりは新型ウイルスの流行だった。その後世界恐慌となり、異常気象もみるみる増えた。
氷河期が始まり、弱った所を狙ったかのように、高度な文明を持った宇宙人が空から責めて来た。どうやら地球を侵略するつもりらしい。
もう終わりなんだと、誰もがそう思っていた。
その時、見慣れない番号から電話がかかってきた。
こんな時に誰だろうと電話に出ると、どこか懐かしい、聞き覚えのある声がした。
「選ばれた戦士よ、今こそ戦う時がきたのです」
それはマユミちゃんの声だった。
「あのアイテム、無くしてないよね?」
彼女の問いに私は答えた。
「もちろん、まだ大切にとってあるよ」
「良かった。他の子はみんな、無くしてしまっていたから」
みんなはマユミちゃんのいう事など、信じていなかったのだろう。
でも私だけは違った。この時のために私は生きていたんだと、そう思った。
アメリカのスポンジみたいなキャラクターが描かれたボロボロの薄汚れたペンケースから、私は消しゴムを取り出した。
あの時マユミちゃんから貰った、ピンク色の星型の消しゴムだ。
私は消しゴムを天高く掲げ、叫んだ。
「スタープリズムパワー、メイクアップ!」
するとピンク色の消しゴムの表面が青白く光りだし、星型の表面にテトラグラマトンが描き出され始めた。
自分の身体に力がみなぎるのを感じ、ふと手足を見る。キラキラ光るピンク色のリボンで肢体は覆われていき、みるみる変形して美少女戦士の着ていそうなピンク色の衣装になった。星型の消しゴムはステッキになり、宇宙人への攻撃をすることが出来た。私は宇宙人と交戦したが、相手は数が多くて一匹ずつやっつけたのでは時間がかかりすぎる。これでは埒があかないと思い立ち、空に向かって一筋のビームを放った。しばらく経つと夜空の向こうから、光り輝くピラミッド型の浮遊物が現れた。彼らこそが、この力を私たち地球人に授けたものの正体だったのだ。
ピラミッド状の物体は地球を侵略しようとしていた悪い宇宙人を攻撃し、あっという間に壊滅させてくれた。
「よかった」
私は宇宙人が地球侵略を諦めて去っていくのを見届けて、その場に倒れ込んだ。
全ての自分のエナジーを、ピラミッド型のものを呼ぶために使い果たしてしまったのだ。
それからみるみる眠くなり、私はゆっくりと瞳を閉じた。自分の命が終わろうとしているのを感じていた。
薄れゆく意識の中で、そっと呟く。
マユミちゃん、戦士としての役目、果たしたよ。
星型の消しゴム 猫田パナ @nekotapana
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