プシュコポンポス 三十と一夜の短篇第56回

白川津 中々

 彼が立川天使と呼ばれているのを知ったのはかなり後である。


 バイトとして私のチームに配属された彼は川上と名乗り、私は彼を川上君と呼んだ。


 川上君は異様に明るく、事ある毎にオーバーなリアクションを取り、静寂に染まりきっていたチームが少し騒がしくなった。それに伴い失笑や冷笑が向けられる事もあったが、軽く頭を下げて回るに留めていた。


 当初はそれで上手くいっていた。適当に誤魔化しておけば、誰もそれ以上うるさくは言わなかった。けれどある日、同僚が私を呼び出してから事態が変わる。


「彼ね。辞めてもらった方がいいんじゃないかな」


 そう切り出して述べたのは、彼の素性に関する内容であった。


「彼の知人という方から電話があったんだが、どうも、川上君、逮捕歴があるらしい。暴行と大麻所持。それなりの犯罪者だとさ」


 その発言に一瞬息を呑む。けれど私は、何故だか彼を庇った。


「とはいえ、今は更生されたんでしょう? 賞罰への記載がなかったのは、確かに問題ですが……」


「そうだといいんだけれどもね。人間なんてのはそう変わらないでしょう。適当に理由をつけて円満退社という形が一番だと思うが、まぁ、小林さんがそう言うなら、好きにしたらいいさ」


 私は同僚の言葉を受けて、正直少し揺らいだ。反射的に擁護こそしたが、犯罪者という言葉が不快に響くのだ。それまで関わってこなかった人種に恐怖が存在しないはずもなく、以来、川上君と距離を取るようになる。




 川上君が会社を辞めたのは程なくしてだった。なんでも会社の上役に事が露見し、内々に処理されたとの通達が後ほど伝えられた。この時、少しホッとした。



 それから少しして、思わぬところで彼の名を目にした。市から地域調査の依頼を受けた私はツールを使って立川に関するSNSや掲示板の投稿を集めていたのだが、その時、妙な単語が目に入ったのである。


 立川天使の今。


 何のことやらと思い開いてスレッドを追ってみると、一つのURLが書き込まれていた。それを開くと、見るも悍しい履歴がツラツラと書かれていた。最新のものはつい一ヶ月前である。そして、最後に……





 以上、立川天使こと川上祐君の犯罪履歴。





 私はマウスを離し震えた。こんな人間が自分の身近にいたと思うと寒気がした。



「あぁ。見ちゃった」



 後ろでそう言ったのは、川上君の事を私に吹き込んだ同僚だった。


「まぁ、こういう奴だったんだよ。幸い代わりのバイトも入ったんだし、さっさと忘れるといい」


「……」


 私は何も言えず、吐き戻しそうになりながらも必死に堪えてタブを閉じる。しかし。



 ひょっとしたら、彼の標的は私だったんじゃないか。私の代わりに、誰か別の人が悍しい目に遭っているんじゃないか。




 そう考えると、胃液がキーボードを汚した。

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